【梅枝 05】東宮の元服 姫君、入内が延期となる 源氏、姫君入内後の調度類をととのえる

春宮《とうぐう》の御|元服《げんぷく》は、二十|余日《よひ》のほどになんありける。いと大人しくおはしませば、人の、むすめども競《きほ》ひ参らすべきことを心ざし思すなれど、この殿の思しきざすさまのいとことなれば、なかなかにてやまじらはんと、左大臣《ひだりのおとど》なども思しとどまるなるを聞こしめして、「いとたいだいしきことなり。宮仕《みやづかへ》の筋は、あまたある中に、すこしのけぢめをいどまむこそ本意《ほい》ならめ。そこらの警策《きやうざく》の姫君たち引き籠《こ》められなば、世に栄《はえ》あらじ」とのたまひて、御参り延びぬ。次々にもとしづめたまひけるを、かかるよし所どころに聞きたまひて、左大臣殿の三の君参りたまひぬ。麗景殿《れいけいでん》と聞こゆ。

この御方は、昔の御|宿直所《とのゐどころ》、淑景舎《しげいさ》を改めしつらひて、御参り延びぬるを、宮にも心もとながらせたまへば、四月にと定めさせたまふ。御|調度《てうど》どもも、もとあるよりもととのへて、御みづからも、物の下形《したかた》絵様《ゑやう》などをも御覧じ入れつつ、すぐれたる道々の上手《じやうず》どもを召し集めて、こまかに磨《みが》きととのへさせたまふ。草子の箱に入るべき草子どもの、やがて本《ほん》にもしたまふべきを選《え》らせたまふ。いにしへの上《かみ》なき際《きは》の御手どもの、世に名を残したまへるたぐひのも、いと多くさぶらふ。

現代語訳

東宮の御元服は、二十日すぎ頃であった。東宮はまことに大人びていらっしゃるので、しかるべき人々が、娘を競って入内させようと狙っていらっしゃるということだが、この大臣(源氏)が計画しはじめているさまはたいそう他とは異なって本気なので、なまじしないほうがましな宮仕えになってしまうだろうと、左大臣なども思いとどまっていらっしゃるらしいということを、大臣(源氏)はお聞きになられて、(源氏)「ひどく不心得なことだ。宮仕えというものは、大くの人がいる中で、わずかな優劣の差を競い合うことこそ本来のありようだろう。そこらじゅうの優れた姫君たちを自邸に引き込められてしまっては、姫君がまったく引き立たなくなってしまう」とおっしゃって、姫君の御参内は延期となった。

人々は、大臣(源氏)の姫君が入内なさった後に順番に入内させようと、遠慮なさっていたのだが、こうした事の次第をあちこちでお聞きになって、左大臣家の三の君がまず参内なさった。麗景殿と申し上げる。

この姫君(明石の姫君)の御在所は、大臣(源氏)の昔の御宿直所である、淑景舎《しげいさ》を改修して、その設備をととのえて、ご参内が延期になったのを、東宮も待ち遠しくおぼしめすので、四月に参内することにお決めになられる。数々のお道具類も、もとからある物よりも立派にととのえて、大臣ご自身も、物の雛形や図案なども御覧になっては、それぞれの道にすぐれた名人たちを召し集めて、こまかに磨きととのえさせなさる。そうした立派な草子箱に入れてしかるべき数々の草子の、そのまま習字の手本になさることができそうなものをお選びになる。その中には、昔の最上のご手跡で、後世に名をお残しになられた類のものも、とても多くおありである。

語句

■人の 「人」はしかるべき身分の人々。権勢家。 ■左大臣 ここにのみ登場。 ■たいだいしき 「怠怠《たいだい》し」は、不都合だ。もってのほかだ。 ■警策 「策」は馬に当てる鞭が原意。「警策」で人をおどろかせるほどすぐれていること。 ■麗景殿 後に宿木巻で「藤壺女御」と称される。 ■昔の御宿直所 【桐壺 16】。 ■淑景舎 桐壺。後宮五舎の一。庭に桐を植えてあった。内裏の東北のはずれ。 ■下形 物を作る雛形。小さな模型。 ■絵様 図案。ラフスケッチ。 ■道々の上手ども 調度品・絵などそれぞれの道の名人。 ■草子の箱 草子を入れておく箱。草子は歌集・物語など。 ■本 習字の手本。

朗読・解説:左大臣光永