【若菜下 03】柏木、弘徽殿女御を訪ね、女三の宮を想う

女御の御方に参りて、物語など聞こえ紛らはしこころみる。いと奥《おく》深く、心恥づかしき御もてなしにて、まほに見えたまふこともなし。かかる御仲らひにだに、け遠くならひたるを、ゆくりかにあやしくはありしわざぞかしとは、さすがにうちおぼゆれど、おぼろけにしめたるわが心から、浅くも思ひなされず。

現代語訳

衛門督(柏木)は、女御(弘徽殿女御)の御方に参って、世間話などを申し上げて御心を紛らわそうとする。女御はたいそう御心用意が深く、こちらが気後れしてしまうほどのお扱いで、直接御姿をお見せなさることもない。(柏木)「こうした兄妹の御関係ですら、ふつうは身分が違うと他人行儀にするのが常であるのに、あの時は思いもかけず奇妙なことになったものだ」と、さすがにそうも思われるのだが、並たいていでなく思い詰めている恋心であるので、宮(女三の宮)を軽率な御方と考えるほどの心の余裕はない。

語句

■女御 弘徽殿女御。柏木の妹。 ■ゆくりかにあやしくはありしわざ 女三の宮を垣間見たこと(【若菜上 37】)。 ■さすがにうちおぼゆれど… 弘徽殿女御の奥ゆかしさと比較して、女三の宮が人前に姿をさらしたのは軽率にすぎる。しかし今の柏木は女三の宮への恋心で盲目になっており、それを批判的に見る心の余裕はない。

朗読・解説:左大臣光永