第六十九段 書写の上人は、

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書写の上人は、法華読誦(ほっけどくじゅ)の功つもりて、六根浄(ろっこんじょう)にかなへる人なりけり。旅の仮屋に立ち入られけるに、豆の殻を焚きて豆を煮ける音の、つぶつぶと鳴るを聞き給ひければ、「うとからぬおのれらしも、恨めしく我をば煮て、辛き目を見するものかな」と言ひけり。焚かるる豆殻の、はらはらと鳴る音は、「我が心よりすることかは。焼かるるはいかばかり堪へがたけれども、力なき事なり。かくな恨み給ひそ」とぞ聞えける。

口語訳

書写山の性空上人は、法華経を読んだ功が積もって、人間をまどわす六つの感覚器官「六根」がすべて清浄になる境地に至った人である。

旅先で仮屋に立ち入った所、豆の殻を焚いて豆を煮る音がつぶつぶと鳴るをお聴きになられて、「他人でない者同士お前たちよ、恨めしくも私を煮て、辛い目を見せるものだなあ」と言った。焚かれる豆殻がはらはらと鳴る音は、「やりたくてこんなことやってるわけではないよ。自分の身が焼かれるのはどんなにかやりきれないことだけど。力が無いのでどうしようもない。そんなに恨みなさるな」と(上人の耳には)聞こえたということだ。

語句

■書写の上人 播磨国書写山円教寺を開いた性空上人(?-1007)。和泉式部を導いたことで有名。橘善根の子。『性空上人伝』『今昔物語』十二・三十四にその事績は詳しい。 ■六根浄 「六根」は人間を迷わせる六つの感覚器官。眼・耳・鼻・舌・身・意。それらが清浄となるにふさわしい人。 ■仮屋 旅先で泊まる一時的な宿。 ■豆の殻を焚きて 曹植の詩によるか。(魏文帝、令東阿王七歩中作詩。不成者行大法。応聞曰、「煮豆持作羹。濾鼓以為汁。箕在釜下燃、在釜中泣。本是同根生。相煎何太急」。帝有慙色)(魏の文帝、東阿王(曹植)をして七歩の中に詩を作らしむ。成らざれば大法を行はん。応じて聞くに曰く、「豆を煮て持って羹(あつもの)を作る。鼓(し。みそ)を濾して以って汁と為す。箕(まめがら)は釜下(ふか)に在りて燃(も)え、釜中(ふちゅう)に在りて泣く。本是同根より生ず。相煎(い)ること何ぞ太(はなは)だ急なる」。帝慙(は)ずる色有り) ■うとからぬおのれら 他人でないお前たち。豆と豆殻という近しい関係なので。

メモ

■曹植の詩

朗読・解説:左大臣光永

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