第百三段 大覚寺殿にて、近習の人ども、
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大覚寺殿にて、近習(きんじゅう)の人ども、なぞなぞを作りて解かれける処へ、医師(くすし)忠守参りたりけるに、侍従大納言(じじゅうのだいなごん)公明卿(きんあきらきょう)、「我が朝(ちょう)の者とも見えぬ忠守かな」と、なぞなぞにせらけにけるを、「唐瓶子(からへいじ)と解きて笑ひあはれければ、腹立ちて退(まか)り出(い)でにけり。
口語訳
後宇多法皇の御所で、法皇側近の者たちが、なぞなぞを作って解いていた処に、典薬頭忠守が参った所、侍従大納言公明卿が、「わが国のものとも見えない忠守だなあ」となぞなぞにしたのを、「唐瓶子(中国風の徳利)」と解いて笑いあったので、典薬頭忠守は(『平家物語』で平忠盛が伊勢平氏であることをからかわれていることに事寄せて自分が渡来人であることをからかわれているとわかったので)腹が立って退出してしまった。
語句
■大覚寺殿 後宇多法皇の仙洞御所。嵯峨にあった。もと嵯峨天皇の離宮であったが貞観18年(876年)寺院となる。 ■近習 後宇多法皇のお側に仕える人々。 ■医師忠守 くすしただもり。典薬頭、宮内卿丹波忠守。歌人・古典研究家としても知られる。中国からの渡来人。 ■侍従大納言公明卿 権大納言三条公明。延元元年(1336年)権大納言。侍従を兼任。しかし四か月後に没。五十五歳。歌人としても知られ『続千載集』に十二首採られる。 ■唐瓶子 中国風徳利。『平家物語』で平忠盛が伊勢平氏であることを「伊勢瓶子はすが目なりけり」と囃されたことをふまえ、忠守が中国からの渡来人であることをからかっている。
メモ
●平家物語「殿上闇討」
●大覚寺、大沢の池、なこその滝
●からかうにも学がいる。貴族も大変だ。