第百七十六段 黒戸は

黒戸(くろど)は、小松御門(こまつのみかど)位につかせ給ひて、昔ただ人におはしましし時、まさな事せさせ給ひしを忘れ給はで、常にいとなませ給ひける間なり。御薪にすすけたれば、黒戸といふとぞ。

口語訳

宮中の黒戸の御所は、小松御門こと光孝天皇がご即位なさって、昔臣下の身分でいらっしゃった時、戯れ事の料理などなさっていたのをお忘れにならず、常に料理などをなさった間である。薪ですすけていたので、黒戸というということだ。

語句

■黒戸 黒戸の御所。宮中の一間。清涼殿から弘徽殿に通じる廊。その中央西向きに黒戸とよばれる戸口があった。 ■小松御門 光孝天皇。素行に問題があったとされる陽成天皇にかわって、藤原基経によって即位させられた。即位時の御歳55歳。自分を推挙した藤原基経を関白にすえた。政治向きのことはほとんど関白藤原基経が行い自由はきかなかったが、学問風流を愛するおだやかな人柄は人々から慕われた。治世4年でお隠れになった。百人一首に「君がため春の野に出でて若菜つむわが衣手に雪はふりつつ」が採られている。陵墓は京都市右京区宇多野馬場町の小松山陵。このため、「小松の帝」とも呼ばれる。『伊勢物語』第百十四段にも登場。 ■ただ人 臣下の身分。親王ではあったが、官職についていなかったため。 ■まさな事 まさなき事。「まさなし」は「正無し」で、不適当なこと。ふさわしくない戯れ事。光孝天皇が自炊していたことを指すらしい。 ■いとなませ給ひける 料理などをなさった。 ■御薪 みかまぎ。薪の敬称。 ■

メモ

●君がため春の野に

朗読・解説:左大臣光永

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