【蓬生 11】源氏、惟光に先導されて末摘花の邸に入る

原文

「などかいと久しかりつる。いかにぞ。昔の跡も見えぬ蓬《よもぎ》のしげさかな」とのたまへば、「しかじかなむたどり寄りてはベりつる。侍従がをばの少将といひはべりし老人なん、変らぬ声にてはべりつる」と、ありさま聞こゆ。いみじうあはれに、「かかるしげき中に、何心地して過ぐしたまふらむ。今までとはざりけるよ」と、わが御心の情なさも思し知らる。「いかがすべき。かかる忍び歩《あり》きも難《かた》かるべきを。かかるついでならではえ立ち寄らじ。変らぬありさまならば、げにさこそはあらめと推しからるる人ざまになむ」とはのたまひながら、ふと入りたまはむこと、なほつつましう思さる。ゆゑある御|消息《せうそこ》もいと聞こえまほしけれど、見たまひしほどの口おそさもまだ変らずは、御使の立ちわづらはむもいとほしう、思しとどめつ。惟光も、「さらにえ分けさせたまふまじき蓬の露けさになむはべる。露すこし払はせてなむ、入らせたまふべき」と聞こゆれば、

たづねてもわれこそとはめ道もなく深きよもぎのもとのこころを

と独りごちて、なほ下りたまへば、御さきの露を馬《むま》の鞭《むち》して払ひつつ入れたてまつる。雨《あま》そそきも、なほ秋の時雨めきてうちそそけば、「御かささぶらふ。げに木《こ》の下露は、雨にまさりて」と聞こゆ。御指貫の裾はいたうそぼちぬめり。昔だにあるかなきかなりし中門など、まして形もなくなりて、入りたまふにつけても、いと無徳《むとく》なるを、立ちまじり見る人なきぞ心やすかりける。

現代語訳

(源氏)「どうしてこんなにも長かったのだ。どうだった。昔の跡も見えない蓬の茂りようであるな」とおっしゃると、(惟光)「こうこうしてたどり寄って参りました。侍従の叔母の少将と言っておりました老女房が、変わらぬ声でございました」と、その様子を申し上げる。

源氏の君はたいそう不憫にお思いになって、「このような草の茂った中に、どんなお気持ちでお過ごしだろう。今まで訪れもしないで」と、ご自身の御心の冷淡であったこともおのずと自覚されてくる。(源氏)「どうしたものか。こうした忍び歩きも難しいだろうに。このような機会がないと立ち寄ることはできない。姫君が以前と変わらぬご様子ならば、なるほど、そのようであろうと推し量られるお人柄であるよ」とはおっしゃいながら、すぐにお入りになることは、やはり気が引けるように思っていらっしゃる。

風情ある御消息もたいそう申し上げたいが、以前ご覧になった時の姫君の口重さもまだ変わっていなければ、御使が待ちあぐねるだろうことも気の毒で、思いとどめなさった。惟光も、「まったく踏み分けることのおできにならないような蓬の露の多さでございます。露を少し払わせてから、お入りなさるのがよろしいでしょう」と申し上げると、

(源氏)たづねても…

(探り尋ねてでも、私は訪問するのだ。踏み分ける道もなく深く茂った蓬の宿の、昔のままの姫君の心を)

と独り言をおっしゃって、やはり車からお降りになったので、惟光は、君の御足元の露を馬の鞭で払いつつお入れ申し上げる。

雨の雫も、やはり秋の時雨めいて降り注ぐので、(惟光)「お傘がございます。なるほど木の下露は、雨よりもまさりますな」と申し上げる。

御指貫の裾はひどく濡れてしまっているようだ。以前でさえもあるかなきかだった中門などは、まして今では形もなくなって、お入りになられるにつけても、何の役にも立たないのを、立ちまじって見る人のないのが気楽なことであった。

語句

■げにさこそ 省略されている惟光の報告の内容を受けて。 ■なほつつましう やはり躊躇される。今をときめく源氏が、荒れ果てた邸に入っていくことがためらわれるのである。 ■口おそさ 末摘花巻には、末摘花が歌を読むのにぐずぐずしたくだりがあった(【末摘花 13】)。 ■御使の立ちわづらはむ 源氏の歌を末摘花に取次ぎ、末摘花から返歌を受け取る使者。末摘花がなかなか歌をよめないので長々と待たされそうだと源氏は気をつかう。 ■たづねても… 「もと」は「(蓬の)下」に「もと(の心)」をかける。躊躇せず末摘花をたずねよと、自らを鼓舞するような歌。 ■なほ下りまたへば 前の「ふと入りたまはむこと、なほつつましう思さる」を受けて。 ■御さきの露 歩いていく先の露。 ■雨そそき 「東屋の、真屋(まや)のあまりの、その、雨そそぎ、われ立ち濡れぬ、殿戸(とのど)開かせ/かすがひも、戸ざしもあらばこそ、その殿戸、われささめ、おし開いて来ませ、われや人妻」(催馬楽・東屋)を引く。 ■秋の時雨めきて 現在は「卯月ばかり」だが、まるで秋の時雨めいている。 ■御かささぶらふ 「みさぶらひみかさと申せ宮城野の木の下露は雨にまされり」(古今・東歌)による。歌意は、お供の方、殿にお傘をさしてあげようと申せ、宮城野の木の下露は雨よりも強いのだから。『おくのほそ道』「宮城野」でもこの歌が引用されている。 ■中門 寝殿造の寝殿の大門の間にある門。「御車寄せたる中門の、いといたうゆがみよろぼひて」(【末摘花 14】)。 ■無徳 役に立たない。 ■立ちまじり見る人 お供の人など、一緒にこの場にいて見ている人。人目があると外聞が悪いというのである。

朗読・解説:左大臣光永