【関屋 02】源氏と空蝉、右衛門佐を介して歌の贈答

原文

石山より出でたまふ御迎へに右衛門佐参れり。一日《ひとひ》まかり過ぎしかしこまりなど申す。昔、童にていと睦ましうらうたきものにしたまひしかば、かうぶりなど得しまで、この御徳に隠れたりしを、おぼえぬ世の騒ぎありしころ、ものの聞こえに憚《はばか》りて常陸に下りしをぞ、すこし心おきて年ごろは思しけれど、色にも出《い》だしたまはず。昔のやうにこそあらねど、なほ親しき家人《いへびと》の中《うち》には数へたまひけり。紀伊守《きのかみ》といひしも、今は河内守《かうちのかみ》にぞなりにける。その弟の右近将監《うこんのぞう》解けて御供に下りしをぞ、とり分きてなし出でたまひければ、それにぞ誰も思ひ知りて、などてすこしも世に従ふ心をつかひけん、など思ひ出でける。

佐《すけ》召し寄せて御消息あり。今は思し忘れぬべきことを、心長くもおはするかな、と思ひゐたり。「一日《ひとひ》は契り知られしを、さは思し知りけむや。

わくらばに行きあふみちをたのみしもなほかひなしやしほならぬ海

関守の、さもうらやましく、めざましかりしかな」とあり。「年ごろのと絶えもうひうひしくなりにけれど、心にはいつとなく、ただ今の心地するならひになむ。すきずきしう、いとど憎まれむや」とてたまへれば、かたじけなくて持て行きて、「なほ聞こえたまへ。昔にはすこし思し退《の》くことあらむと思ひたまふるに、同じやうなる御心のなつかしさなむ、いとどあり難き。すさびごとぞ用なきことと思へど、えこそすくよかに聞こえかへさね。女にては負けきこえたまヘらむに、罪ゆるされぬべし」など言ふ。今はましていと恥づかしう、よろづの事うひうひしき心地すれど、めづらしきにや、え忍ばれざりけむ、

「あふさかの関やいかなる関なれば繁《しげ》きなげきの中をわくらん

夢のやうになむ」と聞こえたり。

あはれもつらさも忘れぬふしと思しおかれたる人なれば、をりをりはなほのたまひ動かしけり。

現代語訳

石山からお帰りになる御迎えに、右衛門佐が参った。先日素通り申したお詫びなどを申し上げる。昔、童であった時に、源氏の君がたいそう親しく可愛がっていらしたので、五位に叙爵するまで、君の御愛顧に庇護されていたのだが、思いもせぬ世の騒ぎがあった時に、世間への聞こえを憚って常陸に下ったのを、源氏の君は長年少し心隔てなさっておられたが、そんなことは素振りにもお出しにならない。昔のようにとまではいかないが、それでもやはり源氏の君は、右衛門佐のことを、親しい家人の中にはお数えになっておられたのだ。

紀伊守といったのも、今は河内守になっていた。その弟の右近将監が官位を解かれて源氏の君の御共に須磨に下ったのを、とりわけお引き立てになったので、そのことを誰もが思い知って、「どうして少しでも世に追従する心を持ったのだろう」などと当時を思い出して悔いるのだった。

源氏の君は、右衛門佐を召し寄せて女君(空蝉)へ御消息することある。(右衛門佐)「今は(姉空蝉のことを)お忘れになっていらしても当然であるものを、長くおぼえていらっしゃるものだ」と右衛門介は思って控えている。(源氏)「先日は貴女と私の前世からの宿縁が思い知られたことですが、貴女はそうは思われませんでしたか。

わくらばに…

(たまたま貴女と行きあったのが近江路とは、その「あふ」という言葉に期待しておりましたのに、やはりかいのないことでしたね。塩のない海=琵琶湖には貝もすんでいないですから。

関守(常陸介)が、さてもうらやましく、いまいましいことでしたよ」とある。

(源氏)「長年のご無沙汰につけて、初めてお逢いするような気持ちになりましたが、心の中ではいつとなく貴女のことを想いつづけて、たった今お逢いしているような気持ちがするのが習慣になっておりました。色めいたことだと、ひどくお嫌いになりましょうか」とおっしゃってお手紙をお渡しになったので、右衛門佐は畏れ多く存じ上げて、それを姉(空蝉)のところに持って行って、(右衛門佐)「やはりお返事ください。昔よりも私のことをすこし疎んじておいでだろうと存じておりましたが、昔と変わらぬ御心のおやさしさは、とてももったいないことです。こうしたかりそめの関係など無用なものとは思いますが、私にはきっぱりお断り申し上げることなどできません。女の身としてはお誘いに乗ってお返事申し上げることを世間が悪く言うものでもないでしょう」などと言う。今は以前にもましてたいそう恥ずかしく、万事気後れする気持ちがするが、この珍しいお便りに、女君(空蝉)は思いを抑えることができなかったのだろうか。

(空蝉)「あふさかの…

(逢うという名を持つ逢坂の関とは、いったいどんな関だからといって、木の繁った中をかきわけてこんなにも深い嘆きがわいてくるのでしょう)

夢のようで」と申し上げた。

源氏の君は、愛しさも、辛さも、忘れられないものと御心をおとどめになっている方なので、折々はやはりお便りをして女君(空蝉)の御心をおゆすぶりになるのだった。

語句

■石山より出でたまふ 源氏は京から石山寺に向かい、参籠の後、石山寺を後にしてまた京に戻っていった。 ■一日まかり過ぎし 先日、逢坂関で源氏の一行と行きあったこと。 ■かうぶりなど得しまで 従五位下に叙せられるまで。 ■おぼえぬ世の騒ぎ 源氏の須磨下向。 ■右近将監 須磨巻に「右近将監の蔵人、得べき叙位もほど過ぎつるを、つひに御簡削られ、官もとられてはしたなければ、御供に参る中なり」(【須磨 08】)とあった。しかし帰郷後の澪標巻には「右近将監も靫負になりて、ことごとしげなる随身具したる蔵人なり」(【澪標 12】)とある。 ■世に従ふ心 当時の右大臣家の権勢の前にへつらい、源氏を見捨てていたこと。 ■契り 源氏と空蝉の前世からの宿縁。 ■わくらばに… 「わくらばに」はたまたま。まれに。「逢《あ》ふ道《みち》」に「近江路」を、「効《かひ》」に「貝」をかける。「しほならぬ海」は琵琶湖のこと。 ■関守 常陸介を逢坂関を守る関守と見立てた。恋路をはばむ者を「関守」とする趣向は多い。「人しれぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ」(伊勢物語五段「関守」)、「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ 」(小倉百人一首六十ニ番 清少納言)など。 ■めざましかりし 「めざまし」はいまいましい。 ■うひうひしくなりにけれど 長く逢ってないので、まるで初めて逢うような初々しい気持ちであること。 ■すさびごと ここでは男女のかりそめの関係のこと。 ■罪ゆるされぬべし 世間も非難しないでしょうの意。 ■あふさかの… 「あふさかの関」に「逢う」を、「繁き」に「木」をかける。

朗読・解説:左大臣光永