【松風 06】源氏、大堰邸に出かける言い訳 紫の上、女の影を疑い不服

原文

かやうにものはかなくて明かし暮らすに、大臣、なかなか静心なく思さるれば、人目をもえ憚りあへたまはで渡りたまふを、女君は、かくなむとたしかに知らせたてまつりたまはざりけるを、例の、聞きもやあはせたまふとて消息聞こえたまふ。「桂に見るべきことはべるを、いさや、心にもあらでほど経にけり。とぶらはむと言ひし人さへ、かのわたり近く来ゐて待つなれば、心苦しくてなむ。嵯峨野の御堂《みだう》にも、飾《かざり》なき仏の御とぶらひすべければ、二三日《ふつかみか》ははべりなん」と聞こえたまふ。桂の院といふ所、にはかに造らせたまふと聞くは、そこに据《す》ゑたまへるにやと思《おぼ》すに、心づきなければ、「斧の柄《え》さへあらためたまはむほどや、待ち遠に」と、心ゆかぬ御気色なり。「例のくらべ苦しき御心。いにしへのありさまなごりなし、と世人《よひと》も言ふなるものを」何やかやと御心とりたまふほどに、日たけぬ。

現代語訳

このように女君(明石の君)はなんとなく心細く毎日を暮らしていたが、一方源氏の大臣は、かえって落ち着かないお気持ちで、人目もお気にしてばかりもおできにならず大堰邸においでになるのを、二条の女君(紫の上)には、こういう次第とはっきりお知らせになっていらっしゃらなかったので、例によって、他から聞き合わせることもあるかもしれぬと心配してご挨拶なさる。

(源氏)「桂に面倒を見るべきことがございますのを、いやもう、不本意にも時間が経ってしまいました。訪問しましょうとこちらから言った人さえ、あのあたり近くに来て待っているそうですから、気の毒でしてね。嵯峨野の御堂にも、まだ飾りつけていない仏像の御訪問をしなければなりませんので、ニ三日はかかりましょう」と申し上げなさる。

女君(紫の上)は、「君は桂の院という所を急に造営していらっしゃると聞くが、そこに女性をお住まわせになるのだろうか」とお思いになり、面白くないので、「斧の柄さえおすげ替えになられるほどの長い間でしょうね。待ち遠しいこと」と、不満なご様子である。

(源氏)「例によって付き合いにくいご性分ですな。私は以前の浮気者とはすっかり違う者になったと、世間の人も言っているといいますのに」と、何のかのとご機嫌を取っていらっしゃるうちに日が高くなってしまった。

語句

■なかなか静心なく 明石の君を上京させたので本来一安心のはずが、訪ねていけないのでかえって落ち着かない。 ■かくなむと 明石の君が上京して大堰邸に住んでいるということ。 ■桂 京都市右京区桂。源氏はここに別邸を作っていた。これは「大堰邸」とも「嵯峨の御堂」とも別の、ここではじめて物語に登場する邸。桂離宮のあたりを当てる説も。 ■いさや ためらいをあらわす感動詞。 ■とぶはらむと言ひし人 暗に明石の君をさす。 ■かのわたり近く 桂の別邸の近く。 ■嵯峨野の御堂 源氏が嵯峨野に造営中の御堂。現清凉寺あたり(【松風 02】)。 ■飾りなき仏の御とぶらひ 仏に着色したり装身具を着ける必要があるという言い訳。対象が仏だから敬語を用いる。 ■ニ三日ははべりなん 明石の君の大堰邸にニ三日滞在するつもりでその口実をいうのである。 ■そこに据ゑたまへるにや 紫の上は明石の君の存在を源氏から知らされ、すねていた(【澪標 08】)。しかし大堰邸のことはまだ知らない。 ■斧の柄さへあらたまる 晋の王質が山中で童子が碁を打つのに見とれていると斧が腐ってしまった。驚いて家に戻ると七世の孫がいたという故事(述異記)による。 ■くらべ苦しき 「比べ苦し」は扱いづらい。付き合いにくい。 ■いにしへのありさま 過去の源氏の好色なところ。

朗読・解説:左大臣光永

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