【松風 09】源氏、明石の君と歌を唱和 若君の将来を案ずる

【古典・歴史】メールマガジンはこちら

原文

御寺《みてら》に渡りたまうて、月ごとの十四五日、晦日《つごもり》の日行はるべき普賢講《ふげんかう》、阿弥陀《あみだ》釈迦《さか》の念仏の三昧《さんまい》をばさるものにて、またまた加へ行はせたまふべき事など、定めおかせたまふ。堂の飾《かざり》、仏の御具などめぐらし仰せらる。月の明かきに帰りたまふ。

ありし夜のこと、思し出でらるるをり過ぐさず、かの琴《きん》の御|琴《こと》さし出でたり。そこはかとなくものあはれなるに、え忍びたまはで掻き鳴らしたまふ。まだ調べも変らず、ひき返し、そのをり今の心地したまふ。

契りしにかはらぬことのしらべにて絶えぬこころのほどは知りきや

女、

かはらじと契りしことをたのみにて松のひびきに音《ね》をそへしかな

と聞こえかはしたるも、似げなからぬこそは、身に余りたるありさまなめれ。こよなうねびまさりにける容貌《かたち》けはひ、思ほし棄つまじう、若君、はた、尽きもせずまぼられたまふ。「いかにせまし。隠ろへたるさまにて生ひ出でむが、心苦しう口惜しきを、二条院に渡して、心のゆく限りもてなさば、後のおぼえも罪|免《まぬか》れなむかし」と思ほせど、また思はむこといとほしくて、えうち出でたまはで、涙ぐみて見たまふ。幼き心地に、すこし恥ぢらひたりしが、やうやううちとけて、もの言ひ笑ひなどして睦《むつ》れたまふを見るままに、にほひまさりてうつくし。抱きておはするさま、見るかひありて、宿世《すくせ》こよなしと見えたり。

現代語訳

源氏の君は、御寺においでになって、毎月の十四五日と月末の日に行われるべき普賢講、阿弥陀、釈迦の念仏の三昧はいうまでもなく、その他にも加えて行わせなさるべき事など、定め置かれる。堂の飾、仏の御装身具など書状をめぐらしてお命じになる。月が明るい時分に大堰邸にお帰りになる。

明石での夜のことを、源氏の君が自然と思い出されるようなこの折を見過ごさず、明石の君は、あの琴《きん》の御琴をさし出した。源氏の君は、何となくしみじみ心打たれて、我慢がおできにならず、琴をおかき鳴らしになる。まだあの時と調べも変わらず、繰り返しお弾きになると、昔に立ち返って、あの折がまさに今現在であるかのようなお気持ちになられる。

(源氏)契りしに…

(お約束したとおりに変わらない琴の調べに、私の絶えることない貴女への愛情のほどをわかってくださいましたか)

女、

(明石)かはらじと…

(心変わりはしないとお約束なさった言…琴を頼みにして、松のひびきに泣き声を添えてお待ちしてまいりましたよ)

と詠み交わし申し上げているのも、源氏の君のお相手としてまさにふさわしいのは、女君(明石の君)としては、身にあまる幸せであろう。

以前よりたいそう成熟した女君(明石の君)の容貌や物腰は、お見捨てになりがたく、また若君も、いつまでも飽きずに見守らずにはいらっしゃれない。(源氏)「どうしたものか。隠し子のように若君が成長することが、心苦しく残念であるので、二条院に移して、心ゆくまで大切に育てれば、後々、世間のおぼえも悪いものにはなるまい」とお思いになるが、そうなるとまた女君(明石の君)が物思いに沈むだろうことが気の毒で、切り出すこともおできにならず、涙ぐんで御覧になる。若君は幼な心地に、すこし恥じらっていたが、だんだん打ち解けて、ものを言い笑いなどして源氏の君に馴染んでこられるのを見るにつれて、ますます美しく可愛く思われる。

源氏の君が若君を抱いていらっしゃるようすは、見映えがして、父子の宿縁なみなみならぬものと見受けられる。

語句

■御寺 嵯峨野の御堂。 ■月ごとの 「十四日普賢講、十五日阿弥陀、晦日釈迦念仏。常行三昧也」(河海抄)。『河海抄』は室町時代初期の『源氏物語』の注釈書。 ■普賢講 普賢菩薩の功徳を説き称える法会。 ■阿弥陀釈迦の念仏 阿弥陀如来・釈迦の御名を唱えること。 ■三昧 ここでは念仏三昧。盲念をはらってひたすら念仏すること。 ■堂の飾り 「嵯峨野の御堂にも、飾なき仏の御とぶらひすべければ」(【松風 06】)。  ■めぐらし仰せらる 人々に触れ回って命じること。 ■ありし夜のこと 明石の岡辺の家で源氏が琴を弾いた夜のこと(【明石 17】)。 ■まだ調べも変らず 「逢ふまでのかたみに契る中の緒のしらべはことに変わらざらなむ この音違はぬさきに必ずあひ見む、と頼めたまふめり」(【明石 17】)。 ■かはらじと… 「こと」は「言」と「琴」を、「松」に「待つ」をかける。「音をそふ」は泣き声を添えるの意。 ■二条院に渡して 源氏は若君を紫の上の養女として育てようとしている。 ■罪免れなむかし 一つには身分が低いこと。一つには田舎育ちであることにより世間から浴びるだろう非難を免れるだろうの意。 ■幼き心地に 姫君は三歳。 ■見るかひありて… 以下、語り手の感想。

朗読・解説:左大臣光永

【古典・歴史】メールマガジンはこちら