【松風 10】源氏、大堰邸を去る 明石の君、見送る 靫負の尉、女房に色目

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原文

またの日は京へ帰らせたまふべければ、すこし大殿籠《おほとのごも》り過ぐして、やがてこれより出でたまふべきを、桂の院に人々多く参り集ひて、ここにも殿上人あまた参りたり。御|装束《さうずく》などしたまひて、「いとはしたなきわざかな。かく見あらはさるべき隈《くま》にもあらぬを」とて、騒がしきに引かれて出でたまふ。心苦しければ、さりげなく紛らはして立ちとまりたまへる戸口に、乳母《めのと》若君抱きてさし出でたり。あはれなる御気色にかき撫たまひて、「見ではいと苦しかりぬべきこそいとうちつけなれ。いかがすべき。いと里遠しや」とのたまへば、「遙かに思ひたまへ絶えたりつる年ごろよりも、今からの御もてなしのおぼつかなうはべらむは心づくしに」など聞こゆ。若君手をさし出でて、立ちたまへるを慕ひたまへば、突いゐたまひて、「あやしう、もの思ひ絶えぬ身にこそありけれ。しばしにても苦しや。いづら。などもろともに出でては惜しみたまはぬ。さらばこそ人心地もせめ」とのたまへば、うち笑ひて、女君にかくなむと聞こゆ。なかなかもの思ひ乱れて臥したれば、とみにしも動かれず。あまり上衆《じやうず》めかしと思したり。人々もかたはらいたがれば、しぶしぶにゐざり出でて、几帳にはた隠れたるかたはら目、いみじうなまめいてよしあり。たをやぎたるけはひ、皇女《みこ》たちと言はむにも足りぬべし。帷子《かたびら》ひきやりて、こまやかに語らひたまふとて、とばかりかへり見たまへるに、さこそしづめつれ、見送りきこゆ。言はむ方なきさかりの御|容貌《かたち》なり。いたうそびやぎたまへりしが、すこしなりあふほどになりたまひにける御姿など、かくてこそものものしかりけれと、御|指貫《さしぬき》の裾《すそ》まで、なまめかしう愛敬《あいぎやう》のこぼれ出づるぞ、あながちなる見なしなるべき。

かの解けたりし蔵人《くらうど》も、還りなりにけり。靫負《ゆげひ》の尉《じよう》にて、今年|冠《かうぶり》得てけり。昔に改め、心地よげにて御|佩刀《はかし》取りに寄り来たり。人影を見つけて、「来《き》し方のもの忘れしはベらねど、かしこければえこそ。浦風おぼえはべりつる暁の寝覚にも、おどろかしきこえさすべきよすがだになくて」と気色ばむを、「八重たつ山は、さらに島がくれにも劣らざりけるを、松も昔の、とたどられつるに、忘れぬ人もものしたまひけるに頼もし」など言ふ。「こよなしや。我も思ひなきにしもあらざりしを」など、あさましうおぼゆれど、「いまことさらに」とうちけざやぎて参りぬ。

現代語訳

源氏の君は、翌日京へ帰ることになっていらっしゃったので、すこしお寝過ごしになられて、そのままここ(大堰邸)から出発なさるべきところを、桂の院に人々が多く参り集まって、ここ(大堰邸)にも殿上人が多く参上していた。

源氏の君は御装束などお召しになって、(源氏)「ひどくきまりの悪いことだ。こんなふうに見つけられるような隠れ家でもないのに」といって、騒がしいのに引かれてご出発になる。後に残していく女君のことが気の毒なので、それとなく紛らわして立ち止まりなさった戸口に、乳母が若君を抱いて差し出している。

源氏の君は、しみじみ優しいご様子で若君の髪をおかき撫でになり、(源氏)「これまで若君見ないでいた内は何ともなかったが、これからは見ないことがとても苦しいことになるに違いない。考えのないことだ。どうしたものか。ひどく「里通し」であることよ」とおっしゃると、(乳母)「女君(明石の君)は、遠くに離れてあきらめていらっしゃった年月よりも、今後の御扱いがどうなるかわからないことのほうが、きっと物思いを尽くされることになるでしょう」など申し上げる。

若君は手をさし出して、源氏の君がお立ちになっている後をお慕いになるので、源氏の君は膝をお突きになって、(源氏)「不思議に、もの思いの絶えないわが身であるよ。ほんの少し別れるのでも辛いことよ。母君はどうなさった。どうして一緒に出てきて別れを惜しんではくださらぬのか。それでこそ人心地もつくというものだろう」とおっしゃると、乳母は笑って、女君(明石の君)にこうこうと申し上げる。

女君は源氏の君にお会いしてかえってもの思いに乱れて横になっていたので、すぐに動くこともできない。

「あまりに上臈の女房ぶっている」と源氏の君はお思いになる。女房たちもやきもきするので、女君はしぶしぶいざり出てきて、几帳に隠れている横顔は、たいそう優美で品格がある。たおやかな物腰は、皇女と言っても足りるだろう。

源氏の君は、帷子をひきのけて、情をこめてお語らいになろうと、しばらくの間振り返って御覧になると、女君はあれほど気持ちを抑えていたとはいってもやはり、お見送り申し上げる。

源氏の君は、言いようもないほど今を盛りの御容貌である。以前はたいそう長身でほっそりしていらしたが、今は少し背丈と肩幅が釣り合うぐらいにがっしりなさっている御姿など、これでこそ貫禄もあることと、御指貫の裾まで、優美で魅力がこぼれ出ていると見るのは、女君の一途なひいき目だろう。

あの解任されていた蔵人も、復職しているのだった。靫負《ゆげい》の尉《じょう》で、今年五位になっていた。昔とうって変わって、さっそうと御佩刀を取りに源氏の君のお側に寄って来ていた。そこでこの靫負の尉は女房の姿を見つけて、(靫負)「かつてのことを忘れはしませんが、畏れ多いので、なかなかお便りもできませんでした。明石の浦風を思い出します暁の寝覚めにも、ご連絡申し上げるべき手立てすらなくて」と気取って言うのを、(女房)「八重に雲が立つ山里は、明石の浦の島隠れにも劣らず寂しい所でしたから、松も昔のの歌のように、昔の友はもういないものと途方に暮れておりましだか、忘れぬ人もいらっしゃったのですね心強いことです」などと言う。(靫負)「これではとても自分の手に負えない。私も愛情がなかったわけではないのに」などと、靫負は興ざめな気持ちになるが、「そのうち、改めて」ときっぱり返事してから源氏の君のもとに参った。

語句

■大殿籠り 「大殿籠る」は「寝る」の尊敬語。 ■さりげなく紛らはして 従者たちに気取られないように。 ■見ではいと苦しかりぬべき これまでは若君を見ないでも平気だったが、いったん見てしまったからには、今後は見ないことが苦しくなるに違いないの意。 ■いと里遠しや 「里遠みいかにせよとかかくのみはしばしも見ねば恋しかるらむ」(元真集)。元真集(もとざねしゅう)は、藤原元真の私家集。 ■遥かに思ひたまへ… 明石にいた頃は京にいる源氏と遠く隔たっていたから明石の君はあきらめもついていたが、なまじ近くになった現在では、今後の扱いがどうなるかわからないでは明石の君は落ち着きませんよ。明石の君を大事になさってくださいの意。 ■慕ひたまへば 「慕ふ」は後を追う。 ■いづら 人を促す言葉。 ■人心地 生きた心地。生きているという実感。 ■ゐざり出でて 「居ざる」は膝行。膝を立てて進むこと。 ■はた隠れたる 「はた隠る」で一語。 ■さこそしづめつれ 下に「感情を抑え切れずに」といった意を省略。 ■そびやぎたまへりしが 「聳ゆ」は背が高くほっそりしていること。 ■なりあふ 背丈と肩幅の釣り合いが取れる。 ■愛敬 魅力。滲み出すやさしい雰囲気。 ■こよなし はなはだしく違う。靫負は明石でかつて見知った女房に色目を使ったのだが、女房は古歌をふんだんにおりまぜた気取った返事をした。それが、靫負からすると予想外で、とても自分の手には負えないという期待はずれな気持ちになるのである。 ■かの解けたりし蔵人 源氏の従者。空蝉の夫伊予介と前妻との間の子。右近将監。(【須磨 08】【澪標 12】【関屋 02】)。 ■冠得てけり 従五位下に叙せられること。「…右近将監の蔵人、得べき冠もほど過ぎつるを」(【須磨 08】)。 ■御佩刀 太刀の敬称。源氏を警護するため警護用の太刀の携行をゆるされ与えられる。 ■人影 明石の君つきの女房。靫負の尉が明石にいた時に関係を持った。その具体的な内容は物語中には描かれていない。 ■来し方 明石の浦にいたころ。 ■えこそ 下に「訪れ奉らね」を省略。 ■浦風おぼえはべりつる 大堰邸の松風に、明石の松風を思い出した。 ■おどろかしきこえさすべき… 「おどろかす」は「寝覚」の縁語。連絡するの意だが、目を覚まさせるの意もある。 ■八重たつ山 大堰の里のこと。「白雲の八重たつ山の峰にだに住めば住まるる世にこそありけれ」(源氏釈)、「白雲の絶えずたなびく峰にだに住めば住みぬる世にこそありけれ」(古今・雑下 惟喬親王)。 ■島がくれ 明石の浦のこと。「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ」(古今・羇旅 読人しらず)。 ■松も昔の 「誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」(古今・雑上 藤原興風/小倉百人一首三十四番)。 ■こよなし はなはだしく違う。靫負が予想していたのと全然違って、女房の返事は古歌をふんだんに引用した、気取ったものだったのである。 ■我も思ひなきにしもあらざりしを 下に「だがこんな気取った文面ではがっかりだ。やめておこう」などを補う。 ■うちけざやぎて 「けざやぐ」はきっぱりする。際立つ。靫負は口では「また今度」と言っているが、二度とこの女と関わりを持つつもりはない。

朗読・解説:左大臣光永

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