【少女 29】春、朱雀院に行幸 歌と音楽の宴

原文

朔日《ついたち》にも、大殿は御歩きしなければ、のどやかにておはします。良房《よしふさ》の大臣《おとど》と聞こえける、いにしへの例になずらへて、白馬《あをむま》ひき、節会《せちえ》の日、内裏《うち》の儀式をうつして、昔の例よりもこと添へて、いつかしき御ありさまなり。

二月《きさらぎ》の二十日あまり、朱雀院《すざくゐん》に行幸《ぎやうがう》あり。花盛りはまだしきほどなれど、三月《やよひ》は故宮の御|忌月《きづき》なり。とくひらけたる桜の色もいとおもしろければ、院にも御用意ことに繕《つくろ》ひみがかせたまひ、行幸に仕うまつりたまふ上達部親王《かむだちめみこ》たちよりはじめ、心づかひしたまへり。人々みな青色に、桜襲《さくらがさね》を着たまふ。帝は赤色の御|衣《ぞ》奉れり。召しありて太政大臣《おほきおとど》参りたまふ。同じ赤色を着たまへれば、いよいよ一つものとかかやきて見えまがはせたまふ。人々の装束用意、常に異《こと》なり。院もいときよらにねびまさらせたまひて、御さま用意、なまめきたる方にすすませたまへり。今日はわざとの文人《もんにん》も召さず、ただその才《ざえ》かしこしと聞こえたる学生《がくしやう》十人を召す。式部の司《つかさ》の試《こころ》みの題をなずらへて、御題賜ふ。大殿の太郎君の試み賜はりたまふべきゆゑなめり。臆《おく》だかき者どもは、ものもおぼえず、繋《つな》がぬ舟に乗りて池に離れ出でて、いと術《すべ》なげなり。日やうやうくだりて、楽《がく》の船ども漕《こ》ぎまひて、調子ども奏するほどの、山風の響きおもしろく吹きあはせたるに、冠者《くわざ》の君は、かう苦しき道ならでもまじらひ遊びぬべきものを、と世の中恨めしうおぼえたまひけり。

春鶯囀《しゆんあうでん》舞ふほどに、昔の花の宴のほど思し出でて、院の帝も、「またさばかりのこと見てんや」とのたまはするにつけて、その世のことあはれに思しつづけらる。舞ひはつるほどに、大臣、院に御|土器《かはらけ》まゐりたまふ。

鶯のさへづる声はむかしにてむつれし花のかげぞかはれる

院の上、

九重《ここのへ》をかすみ隔つるすみかにも春とつげくるうぐひすの声

帥宮《そちのみや》と聞こえし、今は兵部卿《ひやうぶきやう》にて、今の上《うへ》に御土器まゐりたまふ。

いにしへを吹き伝へたる笛竹にさへづる鳥の音《ね》さへ変らぬ

あざやかに奏しなしたまへる、用意ことにめでたし。取らせたまひて、

うぐひすの昔を恋ひてさへづるは木伝《こづた》ふ花の色やあせたる

とのたまはする御ありさま、こよなくゆゑゆゑしくおはします。これは御私ざまに、内々のことなれば、あまたにも流れずやなりにけん、また書き落してけるにやあらん。

楽所《がくそ》遠くておぼつかなければ、御前に御琴ども召す。兵部卿|琵琶《びは》、内大臣《うちのおとど》和琴《わごん》、箏《さう》の御琴院の御前に参りて、琴《きん》は例の太政大臣《おほきおとど》賜はりたまふ。さるいみじき上手《じやうず》のすぐれたる御手づかひどもの、尽くしたまへる音《ね》はたとへん方なし。唱歌《さうが》の殿上人《てんじやうびと》あまたさぶらふ。安名尊《あなたふと》遊びて、次に桜人《さくらびと》。月|朧《おぼろ》にさし出でてをかしきほどに、中島のわたりに、ここかしこ篝火《かがりび》どもともして、大御遊《おほみあそ》びはやみぬ。

現代語訳

元日にも、源氏の大臣は宮中へのお出ましもないので、のんびりくつろいでいらっしゃる。良房の大臣と申した、昔の人の例にならって、二条院に白馬を引き、節会の日には宮中の儀式を模して、先例よりもさらに行事を加えて、仰々しいご様子である。

二月の二十日すぎに、朱雀院に行幸がある。花盛りにはまだ早い時期だが、三月は亡き藤壺宮の亡くなられた月なのである。早咲きの桜の色もたいそう風情があるので、朱雀院でも格別にお心遣いをなさって、手入れをなさって、飾り立てられ、行幸にお仕え申し上げる上達部や親王たちよりはじめ臣下一同、ご用意をなさった。人々はみな青色の袍衣に、桜襲をお召になる。

帝は赤色のお召し物をご着用になる。お召しがあって太政大臣(源氏)がおいでになる。帝と同じ赤色のお召し物をご着用なので、いよいよひとつのもののように輝いて、見分けがつかないようでいらっしゃる。

人々の装束も心遣いも、ふだんとは違っている。院(朱雀院)もたいそう美しくおなりあそばして、お姿もお心づかいも、ますます優雅になっておられる。

今日は専門の学者も召さず、ただ文才があると評判の学生十人を召す。式部省の文章博士の試験の題を模して、帝から御題を賜る。源氏の大臣のご長男が試験をお受けになられるためらしい。

臆しがちな者たちは、取り乱して、繋がない舟に乗ってそれぞれ離れて池に漕ぎ出して、まるでなす術もないといった様子である。

日がしだいに傾いてくる頃、一対の楽の舟が、あたりを漕ぎまわって、調子などを奏している時、山風の響きが興深く吹き合わせるので、冠者の君(夕霧)は、「こんな苦しい学問の道を歩まずとも、楽しく人と交際して遊ぶことはできように」と、世の中を恨めしくお思いになるのだった。

春鶯囀《しゅんおうでん》を舞う時に、源氏の君は昔の花の宴のことをお思い出されて、院の帝(朱雀院)も、「二度とあれほどのものが見れるだろうか」と仰せになるにつけて、その世のことがしみじみ感慨深くお思いつづけられる。舞が終わった時、源氏の大臣が、院に御盃を差し上げなさる。

(源氏)鶯の…

(鶯のさえずる声…春鶯囀は昔のままですが、親しく遊びかわした花の蔭は、すっかり変わりました)

院の上(朱雀院)、

九重を…

(都からかすみで遠く隔たったこの仙洞御所にまで、春の到来を告げに来るうぐいすの声よ)

以前は帥宮と申された、今は兵部卿であるその方が、今上帝にお盃を差し上げて、

(兵部卿)いにしへを…

(昔の音色を吹き伝える楽の音に加えて、さえずる鳥の声…春鶯囀の調べまで、昔と変わらぬ素晴らしさでございます)

見事に奏上しておまとめになった、その心遣いは実にすぐれている。帝はお盃をお取りになって、

(帝)うぐひすの…

(鶯が昔を恋い慕ってさえずるのは、木々の間を飛び回る、その木の花の色があせたからだろうか。春鶯囀の曲が゜昔をなつかしく思わせるのはわが治世のいたらないからだろうか)

と仰せになるご様子は、たいそう奥深くていらっしゃる。この日の歌が多くは伝わっていないのは、この催しが非公式の、内々のことだから、多くはお盃が流れなかったからだろうか、または書き落としてしまったのだろうか。

楽所が遠くて楽の音がはっきり聞こえないので、帝は御前に御琴の類をお取り寄せになる。兵部卿宮は琵琶、内大臣は和琴、箏の御琴は院の御前に差し上げて、琴は例によって太政大臣(源氏)がお受け取りになる。これほどのすぐれた名手の方々が、すばらしい御手並の数々をを尽くされた音色はたとえようもない。

唱歌の得意な殿上人たちが多く控えている。まず「安名尊《あなとおと》」を歌って、次に「桜人《さくらびと》」である。月がおぼろにさし出でて興趣深い折に、中島のあたりに、あちこちに篝火を灯して、大御遊びは終わりになった。

語句

■朔日 源氏三十四歳。 ■御歩きしなければ 太政大臣は元日の節会などに参加しなくてよい。 ■良房 藤原良房(804-872)。人臣ではじめて摂政・太政大臣となった。白馬の節会のことは出典不明。 ■白馬引き 白馬節会《あをうまのせちえ》は正月七日の宮中行事。邪気払いのため、左右馬寮からそれぞれ馬を出して天皇はじめ東宮、中宮などを引き回す。古くは青馬(黒馬)を引いた。後に白馬に変わった。そのため白馬と書いてあおうまと読む。白馬節会は宮中行事であるのに源氏の邸で行われるのは、源氏がそれほど特別な存在であることをしめす。 ■節会の日 「節会」は節日に天皇が賜う宴。元日・白馬・踏歌(正月十四、十六日)・端午・重陽・豊明など。 ■昔の例 良房の大臣の先例。 ■朱雀院に行幸 朝勤行幸。朝勤とは、天皇が正月に上皇・皇太后の御所に行幸して、拝礼すること。正月二日に行われた。 ■故宮 冷泉帝の母宮、藤壺宮。一昨年の三月に崩御(【薄雲 11】)。 ■青色 行幸などの晴れの席では皆一様に青い袍衣を着る。 ■桜襲 桜の下襲。桜襲は表は白、裏は赤色、または葡萄染。 ■いよいよ一つものと もともと似ていたが(実は父子)、ますます見分けがつかなくなる。 ■見えまがはせたまふ 帝は源氏と見分けがつかないの意。 ■わざとの文人 漢詩文を専門とする人。 ■式部の司の試み 式部省試。及第すると文章生となる。 ■繋がぬ舟に乗りて 放島の試み。受験生一人一人を別の舟に乗せてお題の詩文を作らせる。 ■楽の船ども 龍頭鷁首《りゅうとうげきしゅ》の一対の船。 ■調子 本格的な演奏前に調子を取るために奏する管楽器による短い曲。 ■苦しき道 学問。夕霧は源氏のあまりの教育熱心に辟易して学問嫌いになりつつある。 ■春鶯囀 舞楽の曲名。昔の花の宴で、皇太子であった朱雀院が春鶯囀に興をそそられ、源氏に舞楽を舞わせた。その折に文章もなぞらえてある。「楽どもなどは、さらにもいはず調へさせたまへり。やうやう入日になるほど、春の鴬囀るといふ舞、いとおもしろく見ゆるに…」(【花宴 01】)。 ■鶯の… 「鶯のさへづる声」は春鶯囀。「むかし」は桐壷帝の御代。「睦《むつ》る」は親しく遊び交わす。「花のかげ」はかつての花の宴のときは南殿の花の蔭だったが今は仙洞御所の花の蔭であるの意。 ■九重を… 「九重をかすみ隔つるすみか」は宮中から遠く離れた仙洞御所で上皇としてすまっている境遇。「春とつげくるうぐひすの声」は帝と源氏の来訪をさす。あでやかな中にも現在の境遇をはかなむ影がやや入り込む。 ■帥宮 花宴の時の帥宮《そちのみや》。螢兵部卿宮。源氏の弟宮。 ■いにしへを… 「いにしへ」は桐壷帝の御代の花の宴の音色のすばらしさ。「笛竹」は笛。または音楽全般。「さへづる鳥の音」は春鶯囀の調べ。 ■あざやかに 源氏の歌は桐壷院の御代をなつかしみ、朱雀院の歌は上皇としての境遇を嘆いている。これでは今上帝の御代を批判する形になりかねないので、兵部卿宮は「今の御代も昔とかわらず素晴らしいものです」とまとめた。その気遣いの妙。 ■これは御私ざまに 以下、草子文。 ■あまたにも流れず 盃がまわってきたら、それを受ける者は歌を詠まなくてはならない。 ■楽所 音楽を奏する所。 ■御琴 「琴」は弦楽器の総称。 ■和琴 内大臣が和琴の名手であることは前述(【少女 11】)。 ■箏の御琴 十三弦。 ■琴 七弦。 ■賜りたまふ 帝からいただく。 ■唱歌 歌の旋律をタリララと口ずさむことだがここでは歌詞を乗せて歌ったのだろう。 ■安名尊 「あな尊、今日の尊さ、や、昔《いにしへ》も、はれ、昔も、斯くやありけむ、や、今日の尊さ、あはれ、そこよしや、今日の尊さ」(催馬楽・あな尊)。 ■桜人 「桜人、その舟|止《ちぢ》め、島つ田を、十町《とまち》作れる、見て帰り来んや、そよや、あす帰り来ん、そよや(ここまで夫の詞)。言《こと》をこそ、明日ともいはめ、遠方《をちかた》に、妻ざる夫《せな》は、明日もさね来じや、そよや、さ、明日もさね来じや、そよや(ここまで妻の詞)」(催馬楽・桜人)。 ■大御遊び 天皇・上皇が加わった遊興なので「大御」がつく。

朗読・解説:左大臣光永

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