【玉鬘 05】玉鬘一行、筑紫を逃れ上京

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原文

姉おもとは、類《るい》ひろくなりてえ出で立たず。かたみに別れ惜《を》しみて、あひ見むことの難《かた》きを思ふに、年経つる古里《ふるさと》とて、ことに見棄てがたきこともなし、ただ松浦《まつら》の宮の前の渚《なぎさ》と、かの姉おもとの別るるをなむ、かへりみせられて、悲しかりける。

浮島を漕《こ》ぎ離れても行《ゆ》く方《かた》やいづくとまりと知らずもあるかな

行くさきも見えぬ波路に舟出して風にまかする身こそ浮きたれ

いとあとはかなき心地して、うつぶし臥したまへり。

かく逃げぬるよし、おのづから言ひ出で伝へば、負けじ魂《だましひ》にて追ひ来《き》なむ、と思ふに、心もまどひて、早舟《はやふね》といひて、さまことになむ構《かま》へたりければ、思ふ方《かた》の風さへ進みて、危《あやふ》きまで走り上《のぼ》りぬ。ひびきの灘《なだ》もなだらかに過ぎぬ。「海賊《かいぞく》の舟にやあらん、小《ちひ》さき舟の、飛ぶやうにて来る」など言ふ者あり。海賊のひたぶるならむよりも、かの恐ろしき人の追ひ来るにや、と思ふにせむ方なし。

うきことに胸のみ騒ぐひびきにはひびきの灘もさはらざりけり

川尻《かはじり》といふ所近づきぬ、と言ふにぞ、すこし生き出づる心地する。例の、舟子《ふなこ》ども、「唐泊《からどまり》より川尻おすほどは」と、うたふ声の情《なさけ》なきもあはれに聞こゆ。豊後介《ぶんごのすけ》、あはれになつかしううたびすさびて、「いとかなしき妻子《めこ》も忘れぬ」とて、思へば、「げにぞ、みなうち棄ててける。いかがなりぬらん。はかばかしく身のたすけと思ふ郎等《らうどう》どもは、みな率《ゐ》て来にけり。我をあしと思ひて追ひまどはして、いかがしなすらん」と思ふに、心幼くもかへりみせで出でにけるかなと、すこし心のどまりてぞ、あさましきことを思ひつづくるに、心弱くうち泣かれぬ。「胡《こ》の地の妻児《せいじ》をば虚《むな》しく棄《す》て捐《す》てつ」と誦《ず》ずるを、兵部の君聞きて、「げにあやしのわざや。年ごろ従ひ来《き》つる人の心にも、にはかに違《たが》ひて逃げ出でにしを、いかに思ふらん」とさまざま思ひつづけらるる。帰る方《かた》とても、そこ所と行《い》き着くべき古里《ふるさと》もなし。知れる人と言ひ寄るべき頼もしき人もおぼえず。ただ一ところの御ためにより、ここらの年月住み馴れつる世界を離れて、浮かべる波風に漂ひて、思ひめぐらす方なし。この人をも、いかにしたてまつらむとするぞ、とあきれておぼゆれど、いかがはせむとて、急ぎ入りぬ。

現代語訳

姉君のほうは、家族が多くなっているのでこの地を離れることができない。姉妹で別れを惜しみあって、ふたたび逢うことの難しさを思うにつけ、長年過ごした馴染みの地だからといって、べつだん見捨てがたいこともないが、ただ松浦の宮の前の渚と、この姉君との別れだけが、つい振り返って見ずにはおれなくて、悲しいのだった。

(兵部の君)浮島を…

(浮島を離れて、つらい場所から離れても、どこが次の港ともわからず、行く先もわからずに、途方に暮れることよ)

(玉鬘)行くさきも…

(行く先も見えない波路に船出して、風にまかせて流れ行くわが身の心細さよ)

まったく不安な気持がして、姫君(玉鬘)はうつ伏せに横になっていらっしゃる。

こうして逃げてしまったことが、自然と人から人に伝わって監の知るところになれば、負けん気を起こして追って来るだろうと思うにつけ、困惑して、早舟として、特別にしつらえた舟だったし、その上思うような順風まで吹いて舟は進んで、危ないほどまでに速く、都に走り上った。ひびきの灘も無事に過ぎた。「海賊の舟だろうか、小さい舟が、飛ぶようにやってくる」など言う者がある。無鉄砲な海賊よりも、あの恐ろしい人(監)が追ってくるのではないかと思うと、じっとしていられない。

(乳母)うきことに…

(辛いことに胸が騒ぐ、その響きにくらべると、ひびきの灘も大したことはなかった)

川尻という所が近づいた、と言う声を聞いて、すこし生き返った心地がする。例によって、舟子たちが、「唐泊より川尻おすほどは」と歌う声が荒っぽいのも、しみじみ情緒深く聞こえる。

豊後介は、見事に聞き惚れる調子で気ままに歌って、(豊後介)「まことに可愛い妻も子も忘れてしまった」といって、考えてみると、「なるほど、みな捨ててきてしまったのだな。どうなるのだろう。しっかり者で、身の助けになると思う郎党たちは、みな連れてきてしまったし。監が、私を憎く思って、残してきた妻子を追いまどわして、どんなことをするだろうか」と思うにつけ、軽率にも妻子を振り捨てて出てきてしまったものよと、すこし気持が落ち着いてから、自分のしでかした呆れたことを思いつづけると、気が弱くなり、つい泣いてしまった。「胡の地の妻児《せいじ》をば虚しく棄《す》て捐《す》てつ」と口ずさむのを、兵部の君が聞いて、「なるほどわけのわからないことをしたものだわ。長年従ってきた夫の心にも、急にそむいて逃げ出してきたことを、どう思っているかしら」とさまざまに思いつづけずにはいられない。

帰る所といっても、そこここと行き着けるような昔馴染みの里もない。知っている人として身を寄せることのできる頼みになる人も思いうかばない。ただ姫君御一方の御ために、直近の年月を住み馴れてきた土地を離れて、あてもない波風に漂って、思いめぐらす方法もないのだ。

この姫君のことも、どうしてさしあげたいのかと、途方に暮れる思いだが、今更仕方あるまいと、急いで都に入った。

語句

■姉おもと 乳母の長女。兵部の君の姉。「おもと」は女性への敬愛をこめた呼び方。中流の女性などに使う。 ■年経つる 十六年以上九州に住んでいた。 ■松浦の宮 鏡神社のことか。佐賀県唐津市鏡にある。 ■浮島を… 「浮島」は普通、宮城県塩竈市の歌枕。ここでは山口県大島郡周防大島町浮島。「浮島」に「憂き」をかける。 ■行くさきも… 「浮き」に「憂き」をかける。 ■あとはかなき 不安な気持を波の上に跡が残らないことにことよせて言ったもの。 ■うつぶし臥したまへり 波にただよう舟の姿と、うつ伏せになっている玉鬘の姿とを重ね合わせる。 ■早舟 艪を多く立てて速く進むようにした舟。 ■ひびきの灘 播磨灘。「伊予に行きたるに、よしある浮かれ女のいひたる/音に聞き目にはまだ見ぬ播磨なるひびきの灘ときくはまことか」(忠見集)。 ■なだらかに 「灘」から「なだらか」を導く。 ■海賊の舟にや 瀬戸内海は海賊が出没することで有名。「このわたり、海賊の恐りあり、といへば、神仏を祈る」(土佐日記)。 ■ひたぶるならむ 「盗人などいふひたぶる心ある者」(【蓬生 03】)。 ■うきことに… 兵部の君の歌とする説も。 ■川尻 淀川の河口。尼崎の北東部。ここから神崎川(三国川)を経て淀川をさかのぼり鳥羽・伏見あたりで上陸し京都に入る。 ■唐泊より川尻おすほどは 当時の舟歌。「唐泊」は「韓泊」とも。姫路市的形町福泊の旧称とも。 ■いとかなしき妻子も忘れぬ 前の「唐泊より川尻おすほどは」からつながる。唐泊から川尻までの船路は難所なので最愛の妻子のことも忘れてしまった、の意。 ■げにぞ 歌の文句のとおり。 ■あさましきこと 妻子を捨ててきたこと。 ■故の地の妻児をば… 「涼原ノ郷井ヲモ見ルコトヲ得ズ 胡ノ地ノ妻児ヲバ虚シク棄テ捐テツ」(白氏文集巻三・縛戎)。 ■げに なるほど詩にいうとおり。 ■知れる人と 国司が地方に赴任する時は都の邸の管理を誰かに任せておくのが普通だが、豊後介一行は十六年ぶりの帰京であり、住むところもない。 ■浮かべる波風に漂ひて あてもなく航海してきたことをいう。

朗読・解説:左大臣光永

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