【初音 04】源氏、玉鬘を訪ね、その美しさに目をみはる

原文

まだ、いたくも住み馴れたまはぬほどよりは、けはひをかしくしなして、をかしげなる童《わらは》ベの姿なまめかしく、人影あまたして、御しつらひあるべきかぎりなれども、こまやかなる御|調度《てうど》は、いとしもととのへたまはぬを、さる方にものきよげに住みなしたまへり。正身《さうじみ》も、あなをかしげ、とふと見えて、山吹にもてはやしたまへる御|容貌《かたち》など、いと華やかに、ここぞ雲れると見ゆるところなく、隈《くま》なくにほひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへる。もの思ひに沈みたまへるほどのしわざにや、髪の裾《すそ》すこし細りて、さはらかにかかれるしも、いとものきよげに、ここかしこいとけざやかなるさましたまへるを、かくて見ざらましかばと思ほすにつけても、えしも見過ぐしたまふまじくや。かくいと隔てなく見たてまつり馴れたまへど、なほ思ふに、隔たり多くあやしきが、現《うつつ》の心地もしたまはねば、まほならずもてなしたまへるもいとをかし。「年ごろになりぬる心地して、見たてまつるも心やすく、本意《ほい》かなひぬるを。つつみなくもてなしたまひて、あなたなどにも渡りたまへかし。いはけなき初琴《うひごと》ならふ人もあめるを、もろともに聞きならしたまへ。うしろめたく、あはつけき心もたる人なき所なり」と聞こえたまへば、「のたまはむままにこそは」と聞こえたまふ。さもある事ぞかし。

現代語訳

まだ、それほど住み馴れていらっしゃらないわりには、風情ある雰囲気にこしらえて、可愛らしい女童たちの姿が瑞々しく、女房たちの人影が多く、お部屋の設備は最低限ではあるが、こまごましたお手回り品は、それほど調えてはいらっしゃらないが、それはそれで、さっぱりと住みなしていらっしゃる。姫君(玉鬘)ご自身も、ああ美しいと、ふと見えて、山吹のお召し物に引き立っている御姿など、たいそう華やかに、ここがくすんでいると見えるところがなく、どこからどこまで美しい色合いに輝いており、見ばえがするお姿でいらっしゃる。長い間もの思いに沈んでいらっしゃったせいだろうか、髪の裾がすこし細くなって、お召し物の上にさらりとかかっているのが、たいそう清楚な感じで、どこもかしこもあざやかなようすでいらっしゃるのを、源氏の君は、もしもこうして自分が引き取らなかったらとお思いになるにつけても、このまま娘としてお見過ごしにはおできにならないのではないか。

姫君(玉鬘)はこうしてたいそう隔てなく源氏の君にお逢い申し上げることに馴れていらっしゃるが、それでもやはり考えてみると、遠慮が多く、しっくりこないのが、夢のようなお気持でいらっしゃるので、まだ心底から君にお気をおゆるしにならない。そういう態度も、源氏の君は、興をそそられるのだ。

(源氏)「貴女をお迎えしてからまが日が浅いのに、もう長い年月が経ったような気がして、貴女を拝見することも気兼ねなくできるし、念願がかないましたよ。何も遠慮なさらずに、あちらなどにもおいでくださいな。はじめて琴を習う幼い人(明石の姫君)もいるのですから、一緒にお稽古なさい。あちらには気のゆるせない、思いやりのない人は誰もおりません」と申しあげなさると、(玉鬘)「仰せのままに」と申しあげなさる。もっともな返事ではある。

語句

■まだ 玉鬘の六条院移転は昨年十月のこと(【玉鬘 14】)。 ■童べ 「よろしき童若人など求めさす」(同上)。 ■さる方に 「さ」は「御しつらひありべきかぎりなれども…ととのへたまはぬ」をさす。 ■正身 玉鬘。 ■山吹 襲の色目。面は朽葉、裏は紅梅または黄色など。 ■にほひ 美しい色つや。 ■きらきらしく 父内大臣について「人柄いとすくよかに、きらきらしくて…」とあった(【少女 09】)。 ■もの思ひに沈みたまへるほど 筑紫以来の辛い境遇のこと。 ■すこし細りて 心労で髪が抜けて髪束が細くなっている。 ■さはらかに さらりと。 ■見ざらましかば 下に「この娘はどうなっていたことか」の意を補って読む。 ■えしも見過ぐしたまふまじくや 源氏は玉鬘に対して、親として庇護するだけでなく、恋人としてわが物にしたいという欲望もおぼえるのである。 ■隔たり多く 実父でないから。 ■現の心地もしたまはねば 玉鬘は源氏の気持が純粋無私のものではなく、その奥底に色めいた欲情があることを何となく感じ取っている。 ■あなた 紫の上方。辰巳の町。 ■あはつけき 「あはつけし」は軽々しい。玉鬘のことを悪くいう者のこと。 ■ままにこそは 下に「はべらめ」を補って読む。

朗読・解説:左大臣光永