【初音 08】つづけて空蝉を訪ねる

原文

空蝉《うつせみ》の尼衣《あまごろも》にも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらず、かごやかに局住《つぼねず》みにしなして、仏ばかりに所えさせたてまつりて、行ひ勤めけるさまあはれに見えて、経《きやう》、仏の飾《かざり》、はかなくしたる闘伽《あか》の具なども、をかしげになまめかしく、なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり。青鈍《あをにび》の几帳《きちやう》、心ばへをかしきに、いたくゐ隠して、袖口ばかりぞ色ことなるしもなつかしければ、涙ぐみたまひて、「松が浦島を遙かに思ひてぞやみぬべかりける。昔より心憂かりける御契りかな。さすがにかばかりの睦《むつ》びは、絶ゆまじかりけるよ」などのたまふ。尼君も、ものあはれなるけはひにて、「かかる方に頼みきこえさするしもなむ、浅くはあらず思ひたまへ知られはべりける」と聞こゆ。「常に、をりをり重ねて心まどはしたまひし世の報《むくい》などを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思し知るや。かくいと素直《すなほ》にしもあらぬものを、と思ひあはせたまふことも、あらじやはとなむ思ふ」とのたまふ。かのあさましかりし世の古事《ふるごと》を、聞きおきたまヘるなめりと恥づかしく、「かかるありさまを御覧じはてらるるより外《ほか》の報《むくい》は、いづこにかはべらむ」とて、まことにうち泣きぬ。いにしへよりも、もの深く恥づかしげさまさりて、かくもて離れたること、と思すしも、見放ちがたく思さるれど、はかなき言《こと》をのたまひかくべくもあらず。おほかたの昔今《むかしいま》の物語をしたまひて、かばかりの言ふかひだにあれかしと、あなたを見やりたまふ。

かやうにても、御蔭に隠れたる人々多かり。みなさしのぞきわたしたまひて、「おぼつかなき日数つもるをりをりあれど、心の中《うち》は怠らずなむ。ただ限りある道の別れのみこそうしろめたけれ。命ぞ知らぬ」など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけて、あはれと思したり。我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど、さしもことごとしくもてなしたまはず、所につけ人のほどにつけつつ、あまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりの御心にかかりてなむ、多くの人々年を経《へ》ける。

現代語訳

尼姿の空蝉のもとにも顔をお出しになった。えらそうなさまではなく、ひっそりと部屋住みにして、仏様ばかりに広い場所をお譲りになっていらして、仏事のお勤めをなさっているようすはしみじみと情深く見えて、経、仏像の飾り、質素にしつらえた閼伽のお道具なども、風情ありげに美しく、やはり心配りがあると見えるお人柄である。

尼君(空蝉)が、青鈍の几帳の、趣味のいいのに、すっかり身を隠して座って、袖口だけを色違いなのもしみじみと心惹かれるので、源氏の君は涙ぐまれて、(源氏)「松が浦島を遥か遠くから思いやるだけでやめておけばよかったのですが。昔から、心苦しい貴女との御縁でしたね。そうはいってもやはり、今のこのていどの仲は、絶えるはずもなかったのですよ」などとおっしゃる。

尼君も何となく切ない様子で、(空蝉)「こんなふうに貴方様をお頼り申しあげておりますのも、浅からぬご縁なのだと、思い知られてございます」と申し上げる。

(源氏)「昔、貴女が何度も心を乱された、あの頃の報いとして、今私はこんなにも悩んでいるのですが、そのことをいつも仏さまにおわび申し上げるのが辛いのですよ。おわかりですか、私の胸の内を…。男というものは、私のように必ずしも素直ではないのだということを、貴女は思い知られることも、あろうかと思うのです」とおっしゃる。尼君(空蝉)は、あのあきれた男女間の昔の出来事を、源氏の君は聞いておられたのだろうと恥ずかしく思って、(空蝉)「こんな酷い姿を最後までお目に入れるよりも酷い報いが、どこにございましょう」といつて、心底から泣くのだった。昔よりも、奥ゆかしく、こちらが気後れしてしまうほどの魅力が加わって、「こうしてこの方は男女の道から外れてしまったのだ」とお思いになるにつけても、関係を断ちがたくお思いになるが、いいかげんな言葉をかけるわけにもいかない。ありふれた昔や今の話をなさって、せめてこの程度の話しがいがあればよいのだが…と、あちら(末摘花)のおすまいの方にお目をおやりになる。

このようにして、源氏の君のご庇護の下で暮らしている人々が多いのである。そういう方々の所に、源氏の君は一とおりお顔をお出しになつて、(源氏)「顔を出さない日数が重なる折々もありますが、心の内ではいつも想っているのですよ。ただ限りある今生の別れだけが心配ですよ。人の寿命はわからないものですから」など、優しくおっしゃる。

どの御方に対しても、それぞれの身分応じて、しみじみとした愛情をお持ちになっていらっしゃるのだ。自分こそはと思い上がったとて無理もないご身分だが、それほど尊大なおふまいもなさらず、場所に応じて、人の身分に応じて、まんべんなくお優しくしていらっしゃるので、ただその程度の御心を頼りに、多くの御方々が年を過ごしてきたのだった。

語句

■閼伽 仏様に供える水。 ■なほ心ばせあり 出家の身になってもやはり。 ■青鈍 縹色(薄藍色)の青色がかったもの。 ■袖口 几帳からはみ出した袖口。 ■松が浦島 「音にきく松が浦島今日ぞ見るむべも心あるあまは住みけり」(後撰・雑一 素性)(【賢木 30】)。「松が浦島」は陸奥国の歌枕。宮城県宮城郡七ケ浜町大字菖蒲田浜の南海岸の小島。「尼」に「海人」をかける。源氏の台詞の意図は、「貴女との結婚生活をはるかに思い描くだけで関係が途絶えていればよかったのに(そうすれば尼姿になった貴女を見ることもなかったでしょうから)そうはいっても、こうした、夫婦関係ではなく、たまに物腰に会うくらいの関係ならば、続けていける運命だったのでしょう」。 ■かばかりの睦び 夫婦関係でなく、物を隔てて会うていどの仲。 ■心まどはしたまひし世の報い 源氏がかつて空蝉に心惑いをさせたことの報いとして、今、源氏が空蝉のことで心惑いをしている。 ■かのあさましかりし世の古事 空蝉は夫の伊予介に死別した後、継子の河内守に言い寄られ、思い悩んだ末に出家した(【関屋 03】)。 ■かくもて離れたること 出家していることをさす。 ■見放ちがたく 夫婦の関係を断ち切りがたく。 ■はかなき言をのたまひかくべくもあらず 相手は出家しているので、色めいた誘いをするわけにもいかないの意。 ■あなたを 末摘花の居所の方を。末摘花の無粋と空蝉の優雅さが対照的に描かれている。 ■かやうにても 末摘花や空蝉のように。 ■御蔭 源氏の庇護。 ■怠らずなむ 下に「思っています」の意を補って読む。 ■限りある道の別れ 「限りあるわかれのみこそ悲しけれ誰も命を空に知らねば」を引くとするが(『異本紫明抄』以下)、歌の出典は未詳。『異本紫明抄』は、鎌倉時代に成立した『源氏物語』の注釈書。  ■命ぞ知らぬ 「ながらへむ命も知らぬ忘れじと思ふ心は身にそはりつつ」(信明集 敦慶のみこの女)。 ■御身 源氏は太政大臣。 ■かばかり 直前の「さしもことごとしく…あまねくなつかしくおはしませば」を受ける。

朗読・解説:左大臣光永