【篝火 03】源氏、柏木ら若者にまじって合奏 玉鬘、兄弟たちの演奏をきく

原文

御|消息《せうそこ》、「こなたになむ、いと影涼しき篝火にとどめられてものする」とのたまへれば、うち連れて三人参りたまへり。「風の音秋になりにけり、と聞こえつる笛の音《ね》に忍ばれでなむ」とて、御琴《こと》ひき出でて、なつかしきほどに弾きたまふ。源中将は、盤渉調《ばんしきてう》にいとおもしろく吹きたり。頭中将、心づかひして出だしたて難《がた》うす。「おそし」とあれば、弁《べんの》少将拍子《ひやうし》うち出でて、忍びやかにうたふ声、鈴虫にまがひたり。二返《ふたかへ》りばかりうたはせたまひて、御琴は中将に譲《ゆづ》らせたまひつ。げにかの父大臣の御|爪音《つまおと》に、をさをさ劣らず、華やかにおもしろし。「御簾の内に、物の音聞き分く人ものしたまふらんかし。今宵《こよひ》は盃《さかづき》など心してを。盛り過ぎたる人は、酔《ゑひ》泣きのついでに、忍ばぬこともこそ」とのたまへば、姫君もげにあはれと聞きたまふ。絶えせぬ仲の御契り、おろかなるまじきものなればにや、この君たちを人知れず目にも耳にもとどめたまへど、かけてさだに思ひ寄らず、この中将は、心の限り尽くして、思ふ筋にぞ、かかるついでにも、え忍びはつまじき心地すれど、さまよくもてなして、をさをさ心とけても掻《か》きわたさず。

現代語訳

お使いを出して、(源氏)「こちら(西の対)で、まことに涼しい篝火の火影にひきとめられています」とおっしゃると、三人ひき連れておいでになった。(源氏)「笛の音を聞いていると、風の音が秋になったなあと感じられて、我慢できなくなってね」といって、御琴をひき出して、心惹きつけられるふうにお弾きになる。源中将(夕霧)は、盤捗調《ばんしきちょう》にまことに趣深く笛を吹いている。頭中将(柏木)は、気をつかって、なかなか歌い出すことができない。源氏の殿が「遅い」とご催促なさるので、弁少将が拍子を打ち出して、声を抑えて歌う声は、鈴虫とききまがうほどだ。殿は弁少将に二度ばかり繰り返しお歌わせになって、御琴は中将(柏木)にお譲りになられた。まことにあの父大臣の御爪音に、ほとんど劣らず、華やかでおもしろい。

(源氏)「御簾の内に、楽器の音を聞き分ける人がいらっしゃるようだ。今宵は盃などは注意して控えるようにしよう。私のような盛りを過ぎた者は、酔い泣きのついでに、抑えきれなくなることがあるから」とおっしゃると、姫君(玉鬘)もいかにも胸にせまる思いで聞いていらっしゃる。血のつながった姉弟のご関係は、並々ではないものだからだろうか、姫君は、この君たちを人知れず目にも耳にもおとめになっていらっしゃるが、君たちのほうではまったく自分たちがそのような間柄とは思いもよらず、この中将(柏木)は、心の限りを尽くして姫君のことを思っている筋のことだから、このような機会にでも、気持を抑え通すことができないように思われるが、そこは体裁よくとりつくろって、そうそう気をゆるして御琴を弾きつづけることもできないのだ。

語句

■影涼しき 直前に「御前の方は、いと涼しくをかしきほどなる光に」(【篝火 02】)。 ■三人 夕霧・柏木・弁少将が。 ■風の音秋になりにけり 「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(古今・秋上 藤原敏行)。三人は「秋風楽」を演奏していた。 ■御琴 和琴。 ■盤捗調 雅楽の六調の一。律(短調)の音階。 ■心づかひして 玉鬘を意識しているため。 ■弁少将 柏木の弟。 ■拍子 笏拍子。笏を二つに折った形の楽器を鳴らして拍子を取ること。 ■鈴虫 今の松虫。 ■かの父大臣の御爪音に 内大臣は和琴の名手(【常夏 02】)。 ■心してを 「を」は強調・感動の助詞。 ■忍ばぬことも 玉鬘が内大臣の娘であることや、自分が玉鬘に恋心を寄せていることを酔った勢いで口走ってしまうかもしれないと源氏は危惧するのである。 ■げにあはれと聞きたまふ 「げに」は「忍ばぬこともこそ」を受ける。玉鬘は、いよいよ今夜兄弟たちに自分の正体が明かされてしまうのかと考えて胸にせまる。 ■掻きわたさず 柏木は内心の乱れゆえに和琴をスムーズに弾くことができず、時々演奏が止まる。

朗読・解説:左大臣光永

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