【野分 10】夕霧、大宮を見舞う 大宮と内大臣、語らう

原文

祖母宮《おばみや》の御もとにも参りたまへれば、のどやかにて御行ひしたまふ。よろしき若人などは、ここにもさぶらへど、もてなしけはひ装束《さうぞく》どもも、盛りなるあたりには似るべくもあらず。容貌《かたち》よき尼君《あまぎみ》たちの墨染《すみぞめ》にやつれたるぞ、なかなかかかる所につけては、さる方にてあはれなりける。内大臣《うちのおとど》も参りたまへるに、御殿油など参りて、のどやかに御物語など聞こえたまふ。「姫君を久しく見たてまつらぬがあさましきこと」とて、ただ泣きに泣きたまふ。「いまこのごろのほどに参らせむ。心づからもの思はしげにて、口惜しうおとろへにてなむはべめる。女子《をむなご》こそ、よく言はば、持ちはべるまじきものなりけれ。とあるにつけても、心のみなむ尽くされはべりける」など、なほ心解けず思ひおきたる気色してのたまへば、心憂《う》くて切《せち》にも聞こえたまはず。そのついでにも、「いと不調《ふでう》なるむすめまうけはべりて、もてわづらひはべりぬ」と、愁へきこえたまひて笑ひたまふ。「いで、あやし。むすめといふ名はして、性《さが》なかるやうやある」とのたまへば、「それなん。見苦しきことになむはべる。いかで御覧ぜさせむ」と、聞こえたまふとや。

現代語訳

中将(夕霧)は、祖母大宮の御もとにもおいでになると、大宮は、もの静かにお勤めをしていらっしゃる。しっかりした若い女房たちなどは、ここにもお仕えしているが、物腰・気配・装束などは、華やかな六条院のそれとは雲泥の差である。顔立ちのよい尼君たちが墨染の衣をまとった簡素な姿こそ、かえってこうした場所がらでは、それなりにしみじみ風情があるのだった。

内大臣もおいでになって、御灯りなどおともしになって、ゆったりと御物語など申し上げなさる。(大宮)「姫君(雲居雁)を長らく拝見しないのが、ひどいことですよ」といって、大宮はひたすらお泣きになる。(内大臣)「今にそのうち、そちらにうかがわせましょう。姫君は自ら求めて物思いに沈んでいるようすで、はた目にも気の毒なほど、やつれているようでございます。娘というものは、よく言えば、持つべきでないものでございましたな。なにかにつけて、悩みの種がつもるばかりでございます」などと、内大臣はいまだに大宮に対してのわだかまりが解けず、心に距離をおいていらっしゃるふうにおっしゃるので、大宮は残念で、そう熱心にも姫君(雲居雁)に会わせてくれともお願いにならない。その話のついでにも、(内大臣)「ひどく出来の悪い娘(近江の君)ができまして、持て余してしまいました」と、気落ちして申し上げなさって苦笑なさる。(大宮)「さあ、妙なことですね。貴方の娘というからには、出来の悪いはずはないでしょうに」とおっしゃると、(内大臣)「そのことです。見苦しいことがございまして。どうにかしてそのうち御覧に入れます」と、申し上げなさったとかいうことだ。

語句

■御行ひ 仏事のおつとめ。大宮は剃髪している。 ■尼君たち 女主人が出家するとお仕えする女房たちも出家する。待賢門院に仕えた女房堀河(小倉百人一首八十番)などが有名。 ■かかる所 高齢の大宮が主人である三条邸。華やかな六条院とは対極にある。 ■さる方にて 尼姿という点において。 ■内大臣も 野分の見舞いに来た。 ■ただ泣きに泣きたまふ 大宮は年を取って涙もろくなっている(【野分 04】)。 ■心づからもの思はしげにて 雲居雁は夕霧への思いによりふさぎこんでいる。 ■女子こそ 内大臣は娘の弘徽殿女御を立后しようとしたが源氏の養育する秋好中宮に先をこされ、つづいて雲居雁を東宮后に立てようとしたが夕霧との関係によってそれも破綻した。加えて、最近引き取った近江の君も言動がめちゃくちゃである。よって娘を持つことにへきえきしている。 ■心解けず 大宮の監督不行届きのために雲居雁と夕霧が恋仲になった件(【少女 14】)を内大臣はいまだに根に持っている。 ■切にも聞こえたまはず 雲居雁に会わせてくれということを。 ■不調 欠点が多いこと。 ■むすめといふ名はして 皮肉が入っている。 ■それなん 下に「困ったことです」などを補い読む。 ■いかで御覧ぜさせむ 内大臣は近江の君を大宮に押し付けてしまおうという狙いがあるが、こちらからお願いするのでなく、大宮の希望によって…という形にもっていきたい。 ■聞こえたまふとや 語り手が伝聞の形で話をしめくくる。

朗読・解説:左大臣光永

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