【行幸 08】内大臣、子息らを引き連れて三条宮へ参る
君たちいとあまたひきつれて入りたまふさま、ものものしう頼もしげなり。丈《たけ》だちそぞろかにものしたまふに、太さもあひて、いと宿徳《しうとく》に、面《おも》もち、歩《あゆ》まひ、大臣といはむに足らひたまへり。葡萄染《えびぞめ》の御|指貫《さしぬき》、桜の下襲《したがさね》、いと長う裾《しり》ひきて、ゆるゆるとことさらびたる御もてなし、あなきらきらしと見えたまへるに、六条殿《ろくでうどの》は、桜の唐《から》の綺《き》の御|直衣《なほし》、今様色の御|衣《ぞ》ひき重ねて、しどけなきおほぎみ姿、いよいよたとへんものなし。光こそまさりたまへ、かうしたたかにひきつくろひたまへる御ありさまに、なずらへても見えたまはざりけり。
君たち次々に、いとものきよげなる御仲らひにて、集《つど》ひたまへり。藤《とう》大納言、春宮大夫《とうぐうのだいぶ》など今は聞こゆる御子どもも、みな成り出でつつものしたまふ。おのづから、わざともなきに、おぼえ高くやむごとなき殿上人《てんじやうびと》、蔵人頭《くらひとのとう》、五位の蔵人《くらうど》、近衛の中少将、弁官など、人柄華やかにあるべかしき十余《じふよ》人集ひたまへれば、いかめしう、次々のただ人《うど》も多くて、土器《かはらけ》あまたたび流れ、みな酔《ゑ》ひになりて、おのおの、かう幸ひ人にすぐれたまへる御ありさまを物語にしけり。
現代語訳
内大臣が君達をたいそう大勢引き連れて入ってこられるさまは、ものものしく、頼もしげである。背丈も高くていらっしゃる上、お立場相応に恰幅もよく、まことに威厳があり、お顔立ちといい、歩まれ方といい、大臣というのにふさわしくていらっしゃる。葡萄染の御指抜に、桜の下襲の袖をたいそう長く引いて、ゆったりと、ことさらめいた御ふるまいは、たいそう際立ってご立派にお見えになられるが、いっぽう、六条殿(源氏)は、桜の唐《から》の綺《き》の御直衣に、今風の色の御衣を何枚も重ねて、落ち着いた王者のご風格は、いよいよたとえようもなくご立派であられる。光り輝く美しさということでは六条殿のほうがまさっていらっしゃるが、こうして内大臣が格別に綺羅をつくしていらっしゃるご様子は、六条殿と比較するようなものとはお見えにならないのだった。
内大臣のご子息らが次々に、たいそうご立派なご兄弟で、集まっておいでになる。藤大納言や、東宮大夫などと今は申し上げる御子たちも、みな立派にご成人なさってお供をなさっている。別に呼んだわけでもないのに、名声が高く身分の高い殿上人、蔵人頭《くろうどのとう》、五位の蔵人《くろうど》、近衛府の中少将、弁官などで、人柄も派手で立派な方々が十余人、自然にお集まりになっておられるので、おごそかで、それより身分の劣る地下人も多くて、盃が何度も上座から下座まで流れ、みな酔って、めいめい、このように幸いが誰よりもまさっていらっしゃる大宮のご境涯を話題にするのだった。
語句
■宿徳 しゅうとく。落ち着いて威厳があること。 ■葡萄染 襲の色目。表は紫、裏は赤。一説に表は蘇芳、裏は縹色。 ■唐の綺 唐綾の薄織物。源氏は内大臣よりくつろいだ装束。 ■しどけなきおほぎみ姿 源氏は若いころも「あざれたるおほぎみ姿」とあった(【花宴 06】)。 ■かうしたたかにひきつくろひたまへる 源氏は内面から湧き出す光り輝きがすばらしいが、内大臣はことさらに飾り立てた仰々しさがまさっているという語り部の批評。 ■藤大納言、東宮大夫 内大臣の異母弟。「左衛門督、権中納言」であった人々(【少女 19】)。 ■おのづから 少し先の「集ひたまへれば」にかかる。 ■弁官 太政官に属する官名。左右それぞれ上・中・下がある。各一人。太政官内の庶務をつかさどる。