【行幸 09】源氏、内大臣に玉鬘の件を打ち明ける

原文

大臣《おとど》も、めづらしき御対面《たいめん》に昔の事思し出でられて、よそよそにてこそ、はかなき事につけて、いどましき御心も添ふべかめれ、さし向ひきこえたまひては、かたみにいとあはれなる事の数数思し出でつつ、例の隔てなく、昔今の事ども、年ごろの御物語に日暮れゆく。御|土器《かはらけ》などすすめまゐりたまふ。「さぶらはではあしかりぬべかりけるを、召しなきに憚《はばか》りて。承《うけたまわ》り過ぐしてましかば、御|勘事《かうじ》や添はまし」と申したまふに、「勘当《かんだう》はこなたざまになむ。勘事《かうじ》と思ふこと多くはベる」など、気色《けしき》ばみたまふに、このことにや、と思せば、わづらはしうて、かしこまりたるさまにてものしたまふ。「昔より、公私《おほゆけわたくし》の事につけて、心の隔てなく、大小の事聞こえ承り、羽翼《はね》を並ぶるやうにて、朝廷《おほやけ》の御|後見《うしろみ》をも仕うまつる、となむ思うたまへしを、末の世となりて、その上《かみ》思ひたまへし本意《ほい》なきやうなる事うちまじりはべれど、内《うち》々の私事《わたくしごと》にこそは。おほかたの心ざしは、さらに移ろふことなくなむ。何ともなくてつもりはべる年齢《としよはひ》にそへて、いにしへの事なん恋しかりけるを、対面《たいめん》賜はることもいとまれにのみはべれば、事限りありて、よだけき御ふるまひとは思ひたまへながら、親しきほどには、その御勢をもひきしじめたまひてこそは、とぶらひものしたまはめとなむ、恨めしきをりをりはべる」と聞こえたまへば、「いにしへはげに面馴《おもな》れて、あやしくたいだいしきまで馴《な》れさぶらひ、心に隔つることなく御覧ぜられしを、朝廷《おほやけ》に仕うまつり羽翼《はね》を並べたる数にも思ひはべらで、うれしき御かへりみをこそ、はかばかしからぬ身にてかかる位に及びはべりて、朝廷《おほやけ》に仕うまつりはべることにそへても、思うたまへ知らぬにははベらぬを、齢《よはひ》のつもりには、げにおのづからうちゆるぶことのみなむ、多くはべりける」など、かしこまり申したまふ。

そのついでにほのめかし出でたまひてけり。大臣、「いとあはれに、めづらかなる事にもはべるかな」と、まづうち泣きたまひて、「その上《かみ》より、いかになりにけむ、と尋ね思うたまへしさまは、何のついでにかはべりけむ、愁へにたヘず、漏《も》らし聞こしめさせし心地なむしはべる。今かくすこし人数《ひとかず》にもなりはべるにつけて、はかばかしからぬ者どもの、かたがたにつけてさまよひはべるを、かたくなしく見苦しと見はべるにつけても、またさるさまにて、数々につらねては、あはれに思うたまへらるるをりにそへても、まづなむ思ひたまへ出でらるる」とのたまふついでに、かのいにしへの雨夜《あまよ》の物語に、いろいろなりし御|睦言《むつごと》の定めを思し出でて、泣きみ笑ひみ、みなうち乱れたまひぬ。夜いたう更《ふ》けて、おのおのあかれたまふ。「かく参り来《き》あひては、さらに、久しくなりぬる世の古事《ふるごと》思うたまへ出でられ、恋しきことの忍びがたきに、立ち出でむ心地もしはべらず」とて、をさをさ心弱くおはしまさぬ六条殿も、酔《ゑひ》泣きにや、うちしほれたまふ。宮はた、まいて、姫君の御ことを思し出づるに、ありしにまさる御ありさま勢《いきほひ》を見たてまつりたまふに、飽かず悲しくてとどめ難く、しほしほと泣きたまふ。あま衣は、げに心ことなりけり。

かかるついでなれど、中将の御ことをば、うち出でたまはずなりぬ。一ふし用意なしと思しおきてければ、口入れむことも人わるく思しとどめ、かの大臣はた、人の御気色なきに、さし過ぐし難くて、さすがにむすぼほれたる心地したまうけり。「今宵も御供にさぶらふべきを、うちつけに騒がしくもやとてなむ。今日のかしこまりは、ことさらになむ参るべくはべる」と申したまへば、さらば、この御悩みもよろしう見えたまふを、必ず聞こえし日|違《たが》へさせたまはず渡りたまふべきよし、聞こえ契りたまふ。

御気色どもようて、おのおの出でたまふ響きいといかめし。君たちの御供の人々、「何ごとありつるならむ。めづらしき御|対面《たいめ》に、いと御気色よげなりつるは、またいかなる御譲りあるべきにか」など、ひが心を得つつ、かかる筋とは思ひ寄らざりけり。

現代語訳

内大臣も、久しぶりのご対面に昔の事が自然とお思い出されて、隔たっていればこそ、つまらない事につけて、はりあうお気持も起こるだろうが、さし向かいになってお語らいになられると、お互いにしみじみと胸にせまる数々のをお思い出しになられては、以前と同じように心の隔てもなく、昔や今の多くの事や、長い年月のお話をなさって日が暮れてゆく。お盃などおすすめになられる。(内大臣)「おうかがいしないではいけなかったのですが、お召しがないので遠慮しておりました。今日のご来訪を存ぜぬままにすごしてございましたら、ご不興がさらにましておりましたでしょう」と申し上げなさると、(源氏)「お叱りを受けるのはこちらでございまして。お咎めを受けるのではないかと思うことが多くございます」などと、意味ありげにおっしゃるので、さてはこのことかと、内大臣はお思いになって、わずらはしくて、恐縮したふうをよそおっていらっしゃる。

(源氏)「昔から公私にわたって、心の隔てなく、重要なことも些細なこともご相談申しあげて、貴方と私で、羽翼を並べるように、朝廷のお世話役をもおつとめ申し上げるのだと、存じてまいりましたが、それから長い年月をへまして、昔思っておりましたこととは違う不本意な事が起こってきたりしましたが、それは内々の私事にすぎません。おおむねの気持は、まったく変わっていないのです。何ということもなく年齢が積もりますにつれて、昔の事が恋しくございますのを、お会いいただけることも実にまれになるばかりですので、ご身分ゆえの決まりがあって、仰々しいお振る舞いは当然とは存じながら、私どものような親しき間柄においては、その仰々しさをも抑えていただいて、ご訪問いただけたらと、恨めしく存ずる折々がございます」と申し上げられると、(内大臣)「昔は仰せのとおり、馴れ馴れしく、並外れて失礼なまでにお親しみ申し上げて、心に隔てなくおつきあいさせていただきましたが、朝廷にお仕え申し上げた当初は、私など羽翼を並べる数にも入るまいと存じておりましたのに、取るに足らぬ身ながらもこのような位に及びまして、朝廷にお仕え申し上げておりますにつけても、貴方さまのうれしいお引き立てを、ありがたく存知せぬわけではございませんが、年をとると、なるほど自然と気持がゆるむことばかり、多くなってしまいました」など、恐縮して申し上げなさる。

こうしたついでに、大臣(源氏)は、姫君(玉鬘)のことを、それとなくお言い出しになるのであった。内大臣は「ひどく胸にしみる、珍しい事をうかがうものですね」と、まずはお泣きになって、(内大臣)「当時から、あの娘はどうなったのだろうと心配して探しておりましたことは、何かのついででございましたでしょうか、心配をこらえきれず、貴方にお話し申し上げたような気がいたします。今は私もこうしてすこしは人並の立場になりましたのにつけても、取るに足らぬ子供たちが、ほうぼうの縁故を訪ねてさまよってございますのを、みっともなく見苦しいと思いますにつけても、それはそれとして、多くの子供たちをならべてみると、しみじみ胸にしみて感じられる折もあるのですが、それにつけても第一にあの娘のことが思い出されるのです」とおっしゃるついでに、例の、昔の雨夜の物語に、さまざまであったその満ちの品定めをお思い出しになって、泣いたり、笑ったり、源氏も内大臣も、おくつろぎになった。

夜がすっかり更けてから、それぞれお帰りになる。(源氏)「こうして参ってお会いしましては、久しくなりました世の古事が思い出されまして、恋しいことの耐え難さに、まったく、帰ろうという気もいたしません」といって、普段あまり心弱くはいらっしゃらない六条殿(源氏)も、酔い泣きだろうか、涙ぐんでいらっしゃる。

大宮は、まして、姫君(葵の上)の御ことをお思い出しになられて、姫君の生前にもまさってご立派になられた源氏の大臣のご様子、ご権勢を拝見するにつけ、どこまでも悲しく、お気持をおさえがたく、ざめざめとお泣きになる。尼衣は、まことにこういう場合は格別の風情である。

このような機会ではあったが、中将(夕霧)の御一件を、お出しにならずじまいであった。大臣は、ひととおり内大臣を思いやりがないと思い定めていらっしゃるので、中将のご結婚について口をはさむのも人聞きが悪いと思いとどまられて、かの内大臣はまた、むこうにその様子がないのに、差出たことも言い出しがたくて、さすがに晴れないお気持ちで思いでいらっしゃった。

(内大臣)「本来ならば、今夜にもお供して六条院におうかがいすべきところですが、不意にお騒がせしてもなんですから。今日のお礼は、日を改めて参上いたそうと存じます」と申されると、ならば、大宮のご病状も悪くないようにお見受けされるので、必ず約束した日を違えずおいでくださるようにと、お約束申される。

御二方ともご機嫌がよく、おのおのお帰りになる響きが、たいそう騒がしい。御二方の御供の人々は、「何事があったのだろう。滅多にないご対面に、たいそうご機嫌がよさそうなのは。またどういった御譲りがあったのだろう」など、見当違いな想像をしつつ、こうした話とは思いも寄らなかったのである。

語句

■大臣も 源氏な大宮と同じく。 ■いとあはれなる事の数々 青春時代の思い出。 ■すすめまゐりたまふ 主である内大臣が、客である源氏に。 ■さぶらはでは… 源氏の大宮訪問に際して自分もうかがうべきだったと。 ■御勘事 ご不興。かしこまった言い方。■勘当 源氏もかしこまった言い方で応ずる。内大臣と源氏のぎこちない関係を、このやり取りはしめしている。 ■このことにや 夕霧に雲居雁を妻として迎えさせてくれという話かと内大臣は思う。 ■かしこまりたるさまにて 「さまにて」に注意。内大臣は源氏に本心を見せない。ぎこちない二人の関係。 ■羽翼を並ぶるやうにて 商山の四皓(秦末漢初の乱をさけて、商山に隠れた四人の隠士。東園公(とうおんこう)・綺里季(きりき)・夏黄公(かこうこう)・角里先生(ろくりせんせい))の故事「羽翼已ニ成ル」(史記・留侯世家)による。源氏と内大臣が冷泉帝を右大臣・弘徽殿皇太后の陰謀から守ったことをなぞらえる。また源氏が須磨に謫居していた時、内大臣が訪ねてきて「たづがなき雲ゐにひとりねをぞ泣くつばさ並べし友を恋ひつつ」と詠んだ(【須磨 21】)ことも響く。 ■内々の私事 夕霧の一件もたいした問題ではないとの意をふくむ。 ■さらに移ろふことなく 「さらに…なし」で強い否定。 ■よだけき 「弥猛《よだけ》し」は大げさ、仰々しい。 ■羽翼を並べたる 源氏の「羽翼を並ぶるやうにて」に対応。 ■うれしき御かへりみ 内大臣は、自分が内大臣にまで出世できたのは源氏の引き立てがあったからこそだと謙遜してみせる。 ■かかる位 内大臣の位。 ■齢のつもりには 源氏の「つもりはべる歳齢」に対応。 ■そのついでに 内大臣の気持が解けてきた頃合いを見計らって、玉鬘の一件を告白するのである。しかしその具体的内容ははぶかれている。源氏の性格からして、大幅に事実を改ざんして、自分に都合のよいように嘘をならべまくったと想像される。 ■その上より 夕霧母娘が行方をくらました直後から。 ■何のついでにか 雨夜の品定め(【帚木 08】)のことをぼかして言う。 ■人数にもなりはべる 内大臣になったことを謙遜していう。 ■はかばかしからぬ者ども 取るにたらない子供たち。昔、あちこちの女に産ませた隠し子。近江の君のことが念頭にある。 ■かたくなしく 「頑なし」は、見苦しい。みっともない。 ■さるさまにて 「さ」は「かたくなしく見苦し」をさす。 ■まづなむ思ひたまへ出でらるる 玉鬘のことがまっさきに思い出されると。前も「かの撫子を忘れたまはず」(【螢 12】)とあった。 ■おのおのあかれたまふ 源氏は六条院へ。内大臣は二条邸へ。 ■さらに 「立ち出で心地もしはべらず」にかかる。 ■あま衣 大宮は出家している。尼衣と海人衣をかけ、涙に濡れていることを強調。 ■人わるく 内大臣に結婚の一件で頭を下げるとなると源氏にとっては世間体が悪い。■ 必ず聞こえし日違へさせたまはず 源氏は内大臣に玉鬘の腰結役をなしくずし的に承諾させた。 ■いかなる御譲り すでに源氏は内大臣に実務の権限を譲っている。この上もしや太政大臣の位まで譲ろうというような話か、などと供人たちはあれこれ想像するのである。

朗読・解説:左大臣光永