【藤裏葉 11】源氏、後顧の憂いなく、出家の念願を遂げんと思う

大臣《おとど》も、長からずのみ思さるる御世のこなたにと思しつる御参り、かひあるさまに見たてまつりなしたまひて、心からなれど、世に浮きたるやうにて見苦しかりつる宰相の君も、思ひなくめやすきさまに静まりたまひぬれば、御心落ちゐはてたまひて、今は本意《ほい》も遂《と》げなん、と思しなる。対の上の御ありさまの見棄《みす》てがたきにも、中宮おはしませば、おろかならぬ御心寄せなり。この御方にも、世に知られたる親ざまには、まづ思ひきこえたまふべければ、さりともと思しゆづりけり。夏の御方の、時々に華やぎたまふまじきも、宰相のものしたまへばと、みなとりどりにうしろめたからず思しなりゆく。

現代語訳

大臣(源氏)も、そう長くはないと思っていらっしゃるご存命中にとお思いになっていらした姫君ご入内のことも、よい具合に見おおせることがおできになったし、自業自得とはいえ身が固まらず世間体が悪かった宰相の君(夕霧)も、今はなんの心配もなく安心できる形に落ち着かれたので、御心がすっかり落ち着かれて、今はかねてからの出家の願いを遂げようというお気持ちになられる。対の上(紫の上)のご様子の見捨てがたいことも、中宮(秋好中宮)がいらっしゃれば、たのもしいお味方である。この姫君(明石の姫君)にしても、世間に知れている親としては、まず対の上(紫の上)をお考えなさるだろうから、自分が出家したとしても…とこの御方々に親としての役目をおまかせするつもりで、頼りにしていらっしゃるのだった。夏の御方(花散里)が、その時々に華やかさがなくなってしまわれるのも、宰相がいらっしゃるのだからどうにかなるだろうと、みなさまざまに後顧の憂いがないと、お考えになってゆかれる。

語句

■静まりたまひぬれば 夕霧が雲居雁との結婚生活に入ったこと。 ■本意も遂げなん 源氏は前々から出家の希望を持っていた(【絵合 11】)。 ■対の上の御ありさまの見棄てがたき 前の「残りたまはむ末の世…」(【藤裏葉 07】)に対応。 ■中宮 秋好中宮。紫の上は中宮の親代わり。 ■世に知られたる親ざまには 姫君の実母は明石の御方だが、世間に知られた公上の母親としては紫の上である。だから母方の身分としても姫君は安泰だと源氏は考える。 ■さりとも 自分が出家したとしても。または自分が出家した後のことが心配だとしても。 ■時々に華やぎたまふまじき 花散里は経済力が乏しいので、季節季節の行事などにも華やかないでたちをすることができなくなるかもしれない、しかし夕霧がいるからそれも何とかしてくれるだろうの意。

朗読・解説:左大臣光永