【藤裏葉 13】内大臣、太政大臣に、夕霧、中納言に昇進

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原文

内大臣あがりたまひて、宰相中将、中納言になりたまひぬ。御よろこびに出でたまふ。光いとどまさりたまへるさま容貌《かたち》よりはじめて、飽かぬことなきを、主の大臣も、なかなか人におされまし宮仕《みやづかへ》よりはと思しなほる。

女君の大輔《たいふ》の乳母《めのと》、「六位宿世」とつぶやきし宵《よひ》のこと、もののをりをりに思し出でければ、菊のいとおもしろくうつろひたるを賜はせて、

「あさみどりわか葉の菊をつゆにてもこき紫の色とかけきや

からかりしをりの一言葉《ひとことば》こそ忘られね」と、いとにほひやかにほほ笑みて賜へり。恥づかしういとほしきものから、うつくしう見たてまつる。

「二葉《ふたば》より名だたる園の菊なればあさき色わく露もなかりき

いかに心おかせたまへりけるにか」といと馴れて苦しがる。

現代語訳

内大臣がご昇進なさって、宰相中将(夕霧)は、中納言になられた。お礼のご挨拶のため御邸をお出になった。いよいよ光り輝くような御顔立ちからはじめて、何の不足もないのを、主人の大臣(前内大臣)も、「娘(雲居雁)も、なまじ人に後れを取るかもしれない宮仕えをするよりは、この君(夕霧)の妻になったほうが幸せだろう」と、お考え直しになっておられる。

女君(雲居雁)におつきの大輔の乳母が、「六位ふぜいが」とつぶやいた宵のことを、中納言(夕霧)は折々につけてお思い出しになられたので、菊がまことに美しく色あせているのをお与えになって、

(夕霧)「あさみどり……

(浅緑の若葉の菊を見て、いつか濃い紫の花を咲かせると予想したことがあったか)

辛かったあの頃、貴女から浴びせかけられた一言葉は忘れられない」と、まことに美しげに微笑んで歌をお与えになった。乳母は、恥ずかしく、あの時は気の毒なことをしたとは思ったが、またこうした振る舞いを可愛らしいとも存じ上げる。

(大輔)「二葉より……

(二葉の昔から名高い園に生えでた菊ですから、浅緑だからといっていつまでも分け隔てするつもりはまったくございませんでした=貴方がご出世なさることはわかっておりました)

どれほど不愉快に思われましたことか」と、まことに物慣れた苦しい言い訳をする。

語句

■内大臣あがりたまひて 太政大臣に昇進したことが後の記述からわかる(【藤裏葉 15】)。 ■御よろこびに 任官昇進のお礼を申すために。 ■出でたまふ 夕霧・雲居雁のすむ前内大臣(新太政大臣)邸を出る。 ■飽きぬことなき 二重否定は肯定で訳す。「飽きぬことなき」=「飽く(満足な状態)」。満ち足りて不足がないこと。 ■なかなか人におされまし 前内大臣は雲居雁を宮中に出仕させようとしていた。が、その願いはやぶれた。一時はそれを悔しく思っていたが、こうやって夕霧の妻になってみると、中途半端な宮仕えをして人に後れを取るよりは、かえってこのほうがよかったと満足するのである。 ■六位宿世 夕霧はこれをずっと根に持っていた(【少女 21】)。 ■菊のいとおもしろくうつろひたるを 菊の花は色あせてからが見どころとされる。昇進した自分をなぞらえる。 ■あさみどり… 「あさみどり」は六位の袍の浅葱色。「わか葉」はその縁語。「こき紫」は中納言の袍の色。「菊」「つゆ」「紫」も縁語。「つゆ」は「露」と「少しでも」の意をかける。 ■二葉より… 「名だたる園の菊」は名門に生まれた夕霧をいう。「露」に「少しも」の意をかける。

朗読・解説:左大臣光永

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