【若菜上 33】源氏、明石の女御に、紫の上への感謝を忘れぬよう訓戒する 明石の君、わが身を省みる

「これは、また具《ぐ》して奉るべきものはべり。今、また、聞こえ知らせはべらむ」と、女御には聞こえたまふ。そのついでに、「今は、かくいにしへの事をもたどり知りたまひぬれど、あなたの御心ばへをおろかに思しなすな。もとよりさるべき仲、え避《さ》らぬ睦《むつ》びよりも、横さまの人のなげのあはれをもかけ、一言《ひとこと》の心寄せあるは、おぼろけのことにもあらず。まして、ここになどさぶらひ馴れたまふを見る見るも、はじめの心ざし変らず、深くねむごろに思ひきこえたるを。いにしへの世のたとへにも、さこそはうはべにははぐくみげなれと、らうらうじきたどりあらむも賢きやうなれど、なほあやまりても、わがため下《した》の心ゆがみたらむ人を、さも思ひよらずうらなからむためは、ひき返しあはれに、いかでかかるには、と罪得がましきにも、思ひなほることもあるべし。おぼろけの昔の世のあたならぬ人は、違《たが》ふふしぶしあれど、一人ひとり罪なき時には、おのづからもてなす例《ためし》どもあるべかめり。さしもあるまじきことに、かどかどしく癖《くせ》をつけ、愛敬《あいぎやう》なく、人をもて離るる心あるは、いとうちとけがたく、思ひ隈《くま》なきわざになむあるべき。多くはあらねど、人の心の、とあるさまかかるおもむきを見るに、ゆゑよしといひ、さまざまに口惜しからぬ際《きは》の、心ばせあるべかめり。みなおのおの得たる方ありて、取るところなくもあらねど、またとりたてて、わが後見《うしろみ》に思ひ、まめまめしく選び思はむには、あり難きわざになむ。ただまことに心の癖《くせ》なくよきことは、この対をのみなむ、これをぞおいらかなる人と言ふべかりける、となむ思ひはべる。よしとて、また、あまりひたたけて頼もしげなきも、いと口惜しや」とばかりのたまふに、かたへの人は思ひやられぬかし。

「そこにこそ、すこしものの心得てものしたまふめるを、いとよし、睦《むつ》びかはして、この御後見をも同じ心にてものしたまへ」など、忍びやかにのたまふ。「のたまはせねど、いとあり難き御気色を見たてまつるままに、明け暮れの言《こと》ぐさに聞こえはべる。めざましきものになど思しゆるさざらんに、かうまで御覧じ知るべきにもあらぬを、かたはらいたきまで数まへのたまはすれば、かへりてはまばゆくさへなむ。数ならぬ身のさすがに消えぬは、世の聞き耳もいと苦しくつつましく思ひたまへらるるを、罪なきさまに、もて隠されたてまつりつつのみこそ」と聞こえたまへば、「その御ためには何の心ざしかはあらむ。ただ、この御ありさまを、うち添ひてもえ見たてまつらぬおぼつかなさに、譲りきこえらるるなめり。それも、また、とりもちて掲焉《けちえん》になどあらぬ御もてなしどもに、よろづのことなのめに目やすくなれば、いとなむ思ひなくうれしき。はかなきことにても、もの心得ずひがひがしき人は、たちまじらふにつけて、人のためさへからきことありかし。さなほしどころなく誰もものしたまふめれば、心やすくなむ」とのたまふにつけても、さりや、よくこそ卑下しにけれなど思ひつづけたまふ。対へ渡りたまひぬ。「さも、いとやむごとなき御心ざしのみまさるめるかな。げに、はた、人よりことにかくしも具《ぐ》したまへるありさまの、ことわりと見えたまへるこそめでたけれ。宮の御方、うはべの御かしづきのみめでたくて、渡りたまふこともえなのめならざめるは、かたじけなきわざなめりかし。同じ筋にはおはすれど、いま一際《ひときは》は心苦しく」としりうごちきこえたまふにつけても、わが宿世《すくせ》はいとたけくぞおぼえたまひける。やむごとなきだに思すさまにもあらざめる世に、まして、立ちまじるべきおぼえにしあらねば、すべて、今は、恨めしきふしもなし。ただ、かの絶え籠《こも》りにたる山住みを思ひやるのみぞあはれにおぼつかなき。尼君も、ただ福地《ふくぢ》の園《その》に種まきて、とやうなりし一言《ひとこと》をうち頼みて、後の世を思ひやりつつながめゐたまへり。

現代語訳

(源氏)「これには、他にも一緒にして差し上げなければならないものがございます。そのうちまたお話し申しあげましょう」と、女御(明石の女御)には申しあげなさる。そのついでに、(源氏)「貴女は今こうして、昔のことを筋道をたどってお知りになられましたが、あちらの御方(紫の上)の御親切を、軽くお考えになられますな。もともとのしかるべき仲や、避けることのできない親しい間柄以上に、赤の他人がかりそめにも情をかけてくれたり、一言でも好意を寄せてくれるのは、並たいていのことではないのですから。まして、御方(明石の君)がいつもお付き添いなさっているのをしょっちゅう見ていながら、上(紫の上)は当初の愛情が変わらず、深く親切に貴女さまを存じ上げているのですから。昔からの世間の言い草にも、「ああして上辺には大切にお世話しているようであるが」とあるように、気を回してさぐりを入れるのも賢いようですが、やはりまかり間違っても、自分に対して内心悪意を持っているような継母を、そうも勘ぐらず裏表ない気持で接すれば、継母もそのような人に対しては、ひるがえって愛情がわいて、こんな子をどうして憎めよう、そんなことをしては罰が当ると、改心することもあるでしょう。はっきりとした昔からの仇敵ではない人なら、それぞれ違う考え方はいろいろあっても、お互いに欠点のない時には、自然と仲直りする例が多くあるにちがいないのです。大してどうこういうべきでないことに、角を立てて難癖をつけ、無愛想に、人を遠ざける気持のある人は、ひどく打解けづらく、思いやりがないと言うべきでしょう。私も多くの例を知っているわけではございませんが、人の心のあれこれの有様や動きを見るにつけ、気性といい、才覚といい、さまざまですが、そう残念ではない程度の、心得は備えているようです。皆おのおの長所があって、取り柄がないわけでもないが、また取り立てて、自分が頼みにすべき相手と考えて、本気で選び取ろうということになると、これはと思う相手は、滅多にいないものです。ただまことに癖がなく人柄がよいことにおいては、この対の上(紫の上)だけをその例とします。この人こそ穏やかな人と言うべきであった、と思っております。ご気性がよいとしても、またあまりに締まりがなく、頼もしげがないのも、ひどく残念なことでして」と対の上のことばかりおっしゃるので、自然と、もう一人の御方(女三の宮)のことが推量されるのである。

(源氏)「貴女(明石の君)は、すこしは物がわかっていらっしゃるようですから、とてもよいです。対の上と仲良くお付き合いして、女御の御後見を、御二人で御心をあわせて、なさってください」など、こっそりと仰せになる。(明石の君)「お言葉はなくても、まことにこの世にまたとない対の上(紫の上)のお人柄を拝見いたしまして、明け暮れの口癖のようにお噂申しあげております。私のことを目障りなものとしお許しにならないなら、こうまでお目にかけていただけるはずもないのに、居心地が悪いほどまでに私のことを一人前の者として扱いくださり、お言葉をかけてくださいますので、かえってまばゆくさえございます。取るに足らぬわが身の、そうはいっても消えてしまうわけではないのは、世間が何と噂するかということも、まことに苦しく気が引けますのに、それもひとえに私の至らなさをいつもおかばいいただいているからでございます」と申しあげなさると、(源氏)「対の上(紫の上)は、貴女に対して別段好意があるわけでもないでしょう。ただ、女御の御様子を、側に寄り添って拝見できないことが気がかりなので、貴女にお任せ申しあげられるのでしょう。それについてもまた、貴女が取り仕切ってはっきりと目に立つように振る舞いをなさらないから、万事波風立たず円満に運ぶので、私はとても安心でうれしいのです。ちょっとした事につけても、ものの道理を心得ない変わり者は、人と交際する際に、その相手まで迷惑をこうむることがあります。どなたもそんな直すべき欠点もなくていらっしゃるようですから、私は安心なのです」とおっしゃるにつけても、(明石の君)「そうであった、よくぞこれまで自分を卑下してきたものだ」などと思いつづけていらっしゃる。院(源氏)は、対(紫の上の居所)にお越しになられた。

(明石の君)「ああして、まことにご熱心な御寵愛が、いよいよまさっていくようだ。なるほど、対の上(紫の上)は、ほかの方より格別に、ああまで何もかも備わっていらっしゃるお人柄だから、殿のご寵愛も当然と拝見されることは結構なことだ。宮の御方(女三の宮)は、上辺の御寵愛ばかりご熱心だが、殿がおいでになられることもそうたびたびではないようなのは、畏れ多いことではある。同じ血筋ではいらっしゃっても、宮の御方(女三の宮)はもう一段上であるのに、おいたわしいことで」と、あれこれご本人のいない所でお噂申しあげなさるにつけても、御方(明石の君)は、自分の運命は、まことに見上げたものとお思いになる。高貴な御方でさえ、お思い通りにはならないらしい男女の仲であるのに、まして自分は、御方々の間に立ち交じることのできるような境遇ではないので、すべて、今は、恨めしいと思うところはない。ただ、あの入道が、すっかり山に籠もって住んでいることを思いやると、それだけが、切なく気がかりである。尼君も、ただ「福地の園に種まきて」とかあった一言を頼みにして、後の世を思いやっては、物思いに沈んでいらっしゃった。

語句

■具して奉るべきものはべり 源氏のほうにも入道の願文に添えて女御に差し上げるべき願文があるというのである。 ■聞こえ知らせはべらん 自分の願文の趣旨を。 ■今は… 以下、源氏は女御が自分の宿運を知り、その結果慢心を起こし紫の上を軽視するようになるのを戒める。 ■さるべき仲、え避らぬ睦び 親子・兄弟・夫婦など。 ■横さまの人 他人。 ■さこそはうはべにははぐくみげなれと… 継母の継子に対する愛情はうわべだけだと利口ぶって邪推するの意。 ■らうらうじき 「らうらうじ」は洗練された。物事にたくみな。物慣れした。 ■なほあやまりても 以下、たとえ冷酷な継母であっても、子の側で素直に接しているうちに継母の邪心がとける場合もあるという話。これは一般論であり紫の上が冷酷な継母だといっているわけではない。 ■おぼろけの 「おぼろけ」は「おぼろけならず」に同じ。 ■ゆゑよし 性分と才覚。 ■わが後見に思ひ 本意は源氏の妻選びの話だが、一般論の体裁でそれを言う。このくだり、一般論と具体論が入り混じって読みにくい。 ■この対をのみなむ 下に「その例とする」の意を補い読む。 ■ひたたけて 「ひたたく」は締りがないという意味の俗語。暗に女三の宮をさす。 ■かたへの人は思ひやられぬかし 源氏が紫の上を絶賛する一方、女三の宮については一言も語らない。そこに、女三の宮がいかにとりえがないか想像されるというのである。 ■すこしものの心得て 源氏は、明石の君が、自分の分をわきまえて出しゃばらないことをほめる。 ■睦びかはして 紫の上と仲良くして。 ■忍びやかに 女御の御前であるから女御に聞こえないようにこっそり言う。 ■かうまで御覧じ知るべきにもあらぬ 【若菜上 27】。 ■世の聞き耳もいと苦しく 明石の女御の実母は受領階級の娘だと世間に噂されることを思うと女御のために心苦しい。 ■その御ためには何の心ざしかはあらむ ともすれば紫の上と対等と錯覚しがちな明石の君に対して釘をさす源氏の意図。 ■とりもちて掲焉になどあらぬ御もてなしども 明石の君が実母であることをふりかざして出しゃばらないことをほめた。 ■さなほしどころなく誰も 紫の上も明石の君も直すべき欠点がなく立派なので。 ■さりや 明石の君はいつも卑下しがちであるが、源氏の言葉をきいて改めて自分のその態度が正しかったことを確認する。 ■御心ざし 源氏の紫の上に対する愛情。 ■具したまへる 長所が生まれつき備わっていること。 ■ことわりと 源氏の愛情が深いのも当然だと。 ■同じ筋にはおはすれど 女三の宮と紫の上はともに皇族で従姉妹同士。 ■いま一際は心苦しく 女三の宮は皇女で、紫の上は女王(親王の子)。本来身分上は女三の宮のほうが上のはずなのにそれ相応の扱いを受けていないことがおいたわしいの意。 ■しりうごち 「しりうごつ」は本人のいないところで噂すること。 ■わが宿世 娘(明石の女御)が東宮妃となり、若宮を生んだ。 ■やむごとなき 女三の宮や紫の上。 ■福地の園に種まきて 「耶輸多羅《やしゆたら》が福地の園に種まきてあはん必ず有為《うい》の都に」(古注)。「耶輸多羅」は釈迦が出家する前、シッダールタ太子だった時の妃。「福地」は幸いの地。「有為」は現世。 ■一言 入道が尼君に当てた手紙の中に「明らかなる所にて、また対面はありなむ」(【若菜上 28】)とあった一言のことか。

朗読・解説:左大臣光永

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