【若菜上 27】若宮の成長 明石の御方と紫の上、親密に交際する

日々に、物をひきのぶるやうにおよすけたまふ。御|乳母《めのと》など、心知らぬはとみに召さで、さぶらふ中に品《しな》、心すぐれたるかぎりを選《え》りて、仕うまつらせたまふ。

御方の御心おきての、らうらうじく気《け》高くおほどかなるものの、さるべき方には卑下《ひげ》して、憎らかにもうけばらぬなどをほめぬ人なし。対の上は、まほならねど、見えかはしたまひて、さばかりゆるしなく思したりしかど、今は宮の御|徳《とく》にいと睦《むつ》ましくやむごとなく思しなりにたり。児《ちご》うつくしみしたまふ御心にて、天児《あまがつ》など御手づから作りそそくりおはするもいと若々し。明け暮れ、この御かしづきにて過ぐしたまふ。かの古代《こだい》の尼君は、若宮をえ心のどかに見たてまつらぬなむ飽かずおぼえける。なかなか、見たてまつりそめて恋ひきこゆるにぞ、命もえたふまじかめる。

現代語訳

日々に、物をひきのばすように若宮はご成長なさる。御乳母などは、事情を知らない者をあわてて召し寄せることはなさらず、前前からお仕えしている中で家柄や気立てがすぐれた者だけを選んで、お仕えさせなさる。

御方(明石の君)のお心用意が、洗練されて、気高く、おおらかではあるが、卑下すべき方面においては卑下して、憎らしげに我が物顔にふるまったりしないことなどを、誰もがほめる。対の上(紫の上)は、十分にではないが、顔をお合わせになって、あれほどまでに気を許せない御方と、明石の君のことをお思いになっていらしたが、今は若宮のおかげで、まことに睦まじく、大切な御方とお思いになっていらっしゃる。幼子をお可愛がりになるお気持ちで、天児《あまがつ》などを、御手づから作ってせわしく立ち回っていらっしゃるのも、まことに若々しい。明け暮れ、この若宮のお世話をしてお過ごしになっていらっしゃる。例の昔気質の尼君は、若君を落ち着いてゆっくり拝見できないことを物足りなく思っていた。なまじ若君を拝見したばかりに、恋い慕う気持は命にも障るほどになっている。

語句

■物をひきのぶりやうに 昔物語における慣用表現。 ■およすけ 「およすく」は成長する。 ■まほならねど 紫の上と明石の君の対面は【藤裏葉 10】に。 ■さばかりゆるしなく 紫の上はかつて明石の君に対して嫉妬心を抱いていた(【澪標 08】【松風 06】【同 12】【薄雲 07】【玉鬘 13】【初音 02】)。 ■宮の御徳にて 若宮のおかげで紫の上の明石の君に対するわだかまりは消失した。以前も紫の上は、明石の姫君を引き取る際に明石の君に対する嫉妬を弱めた(【薄雲 05】)。

朗読・解説:左大臣光永