【鈴虫 04】源氏、女三の宮の後々までを気遣う

今しも心苦しき御心添ひて、はかりもなくかしづききこえたまふ。院の帝は、この御|処分《そうぶん》の宮に住み離れたまひなんも、つひのことにてめやすかりぬべく聞こえたまへど、「よそよそにてはおぼつかなかるべし。明け暮れ見たてまつり聞こえ承《うけたま》らむ事怠らむに、本意《ほい》違《たが》ひぬべし。げに、ありはてぬ世いくばくあるまじけれど、なほ生けるかぎりの心ざしをだに失ひはてじ」と聞こえたまひつつ、かの宮をもいとこまかにきよらに造《つく》らせたまひ、御封《みふ》のものども、国々の御庄《みさう》、御牧《みまき》などより奉る物ども、はかばかしきさまのは、みなかの三条宮の御倉《みくら》に収めさせたまふ。またも建て添へさせたまひて、さまざまの御|宝物《たからもの》ども、院の御|処分《そうぶん》に数もなく賜りたまへるなど、あなたざまの物はみなかの宮に運びわたし、こまかにいかめしうしおかせたまふ。明け暮れの御かしづき、そこらの女房の事ども、上下のはぐくみは、おしなべてわが御あつかひにてなむ急ぎ仕うまつらせたまひける。

現代語訳

院(源氏)は、今だからこそ宮に対する愛しいお気持ちがまして、どこまでも宮(女三の宮)のお世話をなさる。院の帝(朱雀院)は、宮(女三の宮)が、あの御相続された三条宮に別居なさるというのも、結局はそうなることになるのだから、今のうちが世間体が良さそうだと院(源氏)にお勧め申されるが、(源氏)「夫婦が別々に暮らすのでは心細いでしょう。明け暮れお目にかかって御用をうかがい、こちらからも申し上げるということでなければ、本来の志からはずれてしまいましょう。なるほど古歌にいうように、永遠には生きられない命ですから、残された時間はどれほどもありますまいが、それでもやはり生きている間だけはせめて心ざしを最後まで失わないようにしたいのです」と申し上げられては、一方でそちらの三条宮をもまことに細かに美しくお手入れなさって、宮の御封や、国々の御荘園、御牧などから奉るもののうち、価値のあるものは、みな三条宮の御蔵にお納めさせになる。倉をまたも建て増しされて、さまざまの御宝物どもや、朱雀院からのご相続として無数にお受けになられたものなど、宮(女三の宮)に属すべき物はみな三条宮に運び移しになり、こまかに立派に、整えていらっしゃる。朝夕の身の回りのお世話や、大勢の女房たちの事、上から下までの経費は、すべて院(源氏)のご負担で、急いでご増築のことをお進めになるのだった。

語句

■今しも 源氏は女三の宮を若くして出家させたのは自分の責任と考え、だからこそ女三の宮に対する執着が強くなっていく。「などかうはなりにしことぞと罪得ぬべく思さるれば」(【横笛 02】)とあった。 ■御封 「封」は「封戸」の略。皇族以下臣下に官位に応じて与えられる民戸。所得。 ■あなたざまの物 女三の宮に属すべき物。朱雀院関係の物とする説も。 ■そこらの女房 女房は「五六十人ばかり」(【鈴虫 02】)とあった。

朗読・解説:左大臣光永