【横笛 02】朱雀院、女三の宮に山菜に添えて歌を贈る

山の帝は、二の宮も、かく人笑はれなるやうにてながめたまふなり。入道の宮もこの世の人めかしき方はかけ離れたまひぬれば、さまざまに飽かず思さるれど、すべてこの世を思し悩まじと忍びたまふ。御行ひのほどにも、同じ道をこそは勤《つと》めたまふらめなど思しやりて、かかるさまになりたまて後《のち》は、はかなき事につけても絶えず聞こえたまふ。

御寺のかたはら近き林にぬき出でたる筍《たかうな》、そのわたりの山に掘れる野老《ところ》などの、山里につけてはあはれなれば奉れたまふとて、御文こまやかなる端《はし》に、「春の野山、霞《かすみ》もたどたどしけれど、心ざし深く掘り出でさせてはべる、しるしばかりになむ。

世をわかれ入りなむ道はおくるとも同じところを君もたづねよ

いと難《かた》きわざになむある」と聞こえたまへるを、涙ぐみて見たまふほどに、大殿《おとど》の君渡りたまへり。例ならず御前近き櫑子《らいし》どもを、「なぞ、あやし」と御覧ずるに、院の御文なりけり。見たまへば、いとあはれなり。「今日か明日かの心地するを、対面《たいめん》の心にかなはぬこと」など、こまやかに書かせたまへり。この同じところの御|伴《ともな》ひを、ことにをかしきふしもなき聖言葉《ひじりことば》なれど、「げにさぞ思すらむかし。我さへおろかなるさまに見えたてまつりて、いとどうしろめたき御思ひの添ふべかめるをいといとほし」と思す。

御返りつつましげに書きたまひて、御|使《つかひ》には青鈍《あをにび》の綾《あや》一|襲《かさね》賜ふ。書きかへたまへりける紙の御几帳《みきちやう》の側《そば》よりほの見ゆるをとりて見たまへば、御手はいとはかなげにて、

うき世にはあらぬところのゆかしくてそむく山路に思ひこそ入れ

「うしろめたげなる御|気色《けしき》なるに、このあらぬ所もとめたまへる、いとうたて心憂し」と聞こえたまふ。

今はまほにも見えたてまつりたまはず、いとうつくしうらうたげなる御|額髪《ひたひがみ》、頬《つら》つきのをかしさ、ただ児《ちご》のやうに見えたまひて、いみじうらうたきを見たてまつりたまふにつけては、などかうはなりにしことぞと罪得ぬべく思さるれば、御几帳ばかり隔てて、またいとこよなうけ遠くうとうとしうはあらぬほどに、もてなしきこえてぞおはしける。

現代語訳

山の帝(朱雀院)は、ニの宮(落葉の宮)も、こうして世間の物笑いの種となるようにして物思いに沈んでいらっしゃるというし、入道の宮(女三の宮)も、俗世の人めいた方面からはかけ離れてしまわれたので、さまざまにご不満でいらっしゃるが、いっさい俗世のことで思い悩むまいとこらえていらっしゃる。仏事の勤行の間も、「宮(入道の道)も、同じ仏の道をこそお勤めだろう」とお思いやりになられて、宮がこうしてご出家姿になられてからは、些細なことにつけても絶えずお便りをさしあげられる。

御寺のそば近い林で顔を出した筍や、そのあたりの山で掘った野老《ところ》などが、山里住まいらしくて風情があるので、これを差し上げようということで、御文をこまやかにお書きになられた端に、(朱雀院)「春の野山は、霞がかってぼんやりしていますが、貴女にお喜びいただきたい一心で掘り出させました、ほんのしるしばかりのものですが。

世をわかれ……

(この世を別れて入っていく道は、貴女は私よりは遅くなるでしょうが、同じ野老…所…極楽浄土を貴女も訪ねてください)

往生することはまことに難しいことであります」と申し上げられるのを、宮(女三の宮)が涙ぐんでご覧になっているうちに、大殿の君(源氏)がおいでになった。大殿(源氏)は、いつもと違って御前近くに器がいくつもあるのを、「何ですか。妙なものがありますね」とご覧になると、院(朱雀院)のお手紙なのであった。ご覧になると、まことに胸打たれる内容である。(源氏)「今日か明日かというお気持ちであるのに、思うままにお会いすることもできないとは」など、細々とお書きになっている。この「同じところ」へお連れになるという一節を、別段おもしろいところもない出家者の言葉ではあるが、「なるほどそうお思いになっておられよう。私までもが宮を疎んじているように思われるのであれば、院は、ひどくご心配がつのるだろう。ひどくおいたわしいことだ」とお思いになる。

宮(女三の宮)はご返事を控えめにお書きになられて、御使には青鈍の綾一襲をお与えになる。殿(源氏)が、お書き直しになられた紙が御几帳の側から少し見えているのをとってご覧になると、ご手跡はまことに頼りない感じで、

(女三の宮)うき世には……

(この辛い現世にはないところ…極楽浄土に行きたいので、父上が世を背いてお入りになられた山路に心惹かれております)

(源氏)「院(朱雀院)がご心配しておられるご様子なのに、この「あらぬ所」…極楽浄土をお求めになるのは、まことにひどく情けないことで」と申し上げなさる。

今は御几帳を隔てて、殿(源氏)は、宮(女三の宮)のお姿を直接はご覧にならない。まことに可愛らしく可憐なな感じの御額髪、顔立ちの美しさは、まるで幼な子のようにお見えになって、まことにおかわいらしいのをごらんになられるにつけては、どうしてこうなってしまったのかと、ご自分の過失であるようにお思いになるので、御几帳だけを隔ててはいるものの、そうはいってもまたそれほど他人行儀で疎遠ではない程度に、お相手申し上げていらっしゃったのである。

語句

■山の帝 朱雀院。「西山なる御寺」に住むので(【若菜上 12】)。 ■さまざまに飽かず 落葉の宮についても女三の宮についても。 ■すべてこの世を思し悩まじ 出家者はあらゆる煩悩から解き放たれるべき。 ■筍 たけのこ。 ■野老 山芋科の蔓草。 ■端に 文末に。 ■たどたどしけれど 霞がおぼろにかかっているの意と、次の文にまたいで、つたないけれど心をこめて掘り出させたの意をかける。 ■世をわかれ… 「おなじところ」は極楽。「野老」をかける。 ■櫑子 酒器。高坏のようなものか。 ■今日か明日かの心地するを… 前に朱雀院が下山した折源氏に語った「世の中の、今日か明日かにおぼえはべりしほどに、…」(【柏木 05】)。 ■対面の心にかなわぬこと 出家者は肉親にむやみに会うものではない。前に下山の折も「あるまじき事とは思しめしながら…」(【同上】)とあった。 ■同じところ 直前の朱雀院の歌より。 ■我さへおろかなるさまに 朱雀院は源氏が女三の宮を大切に扱っていないと考えていた。前に下山の折も、「さしも心ざし深からず、…」(【同上】)といっている。 ■青鈍の綾一襲 青みがかった縹色の綾絹を一着ぶん。 ■書きかへたまへりける紙 書き直した紙。書き損じである。 ■うき世には… 「ところ」は朱雀院の歌の「ところ」を受ける。 ■このあらぬ所もとめたまへる… 女三の宮は出家の身とはいっても六条院に住み続けている。この上山籠りまでされたら源氏の立場はない。 ■まほにも見えたてまつりたまはず 出家の身の女三の宮は源氏と会うのも物越しである。 ■御額髪 前に「御髪は惜しみきこえて長うそぎたりければ、…」(【柏木 08】)とあった。 ■ただ児のやうに 前に「うつくしき子どもの心地して」(【同上】)とあった。 ■罪得ぬべく 源氏は女三の宮が出家したのは自分の過失であるように感じる。

朗読・解説:左大臣光永