【匂宮 04】薫、冷泉院と秋好中宮の庇護下で栄進

二品《にほん》の宮の若君は、院の聞こえつけたまへりしままに、冷泉院《れいぜいゐん》の帝とりわきて思しかしづき、后の宮も、皇子《みこ》たちなどおはせず心細う思さるるままに、うれしき御後見にまめやかに頼みきこえたまへり。御元服なども、院にてせさせたまふ。十四にて、二月に侍従《じじゆう》になりたまふ。秋、右近中将になりて、御|賜《たう》ばりの加階などをさへ、いづこの心もとなきにか、急ぎ加へて大人びさせたまふ。おはします殿《おとど》近き対《たい》を曹司《ざうし》にしつらひなど、みづから御覧じ入れて、若き人も、童《わらは》、下仕《しもづかへ》まで、すぐれたるを選《え》りととのへ、女の御儀式よりもまばゆくととのへさせたまへり。上《うへ》にも宮《みや》にも、さぶらふ女房の中にも容貌《かたち》よくあてやかにめやすきは、みな移し渡させたまひつつ、院の内《うち》を心につけて、住みよくありよく思ふべくとのみ、わざとがましき御あつかひぐさに思されたまへり。故致仕《こちじ》の大殿《おほいどの》の女御ときこえし御腹に、女宮ただ一ところおはしけるをなむ限りなくかしづきたまふ御ありさまに劣らず。后《きさい》の宮の御おぼえの年月にまさりたまふけはひにこそは。などかさしも、と見るまでなむ。

現代語訳

二品の宮(女三の宮)の若君(薫)は、院(源氏)がお願いなさったとおりに、冷泉院の帝が格別にお思いになってお可愛がりになって、后の宮(秋好中宮)も、皇子たちがいらっしゃらないことを心細くお思いになるのにまかせて、うれしい御後見役として実直に若君(薫)のことをお頼み申し上げていらっしゃる。御元服なども、冷泉院でおさせになる。十四歳で、二月に侍従になられる。秋、右近中将になって、恩賜の御昇進などまでも、どこがお気がかりなのだろうか、急いで加えてご立派にご昇進される。院(冷泉院)がいらっしゃる殿近い対の屋を部屋として整えるなどといって、院ご自身が御覧になって、若い女房も、童、下人まで、すぐれた者を選びそろえて、女宮の御儀式よりもご立派におととのえになった。院(冷泉院)も、宮(秋好中宮)も、お仕えしている女房の中でも顔立ちがよく品があって見映えがする者は、みな若君(薫)のもとにお移しになっては、若君が冷泉院の内を気に入って、住みやすく居心地よく思うようにとばかり、格別に御心をこめて御世話をすべき者として、冷泉院は、若君をお考えになるのだった。故致仕の大臣の女御と申し上げた御方(弘徽殿女御)の御腹に、女宮がただお一人いらっしゃったのを、院(冷泉院)は限りなく大切にしていらっしゃるが、若君をおかわいがりになるのは、その御ようすにも劣らない。院がここまで若君(薫)をお可愛がりあそばすのは、后の宮(秋好中宮)へのご寵愛が年月とともに深まっていらっしゃるからであろう。どうしてそこまで、と世間の人が見るまでであった。

語句

■二品の宮 女三の宮(【若菜下 11】)。 ■院の聞こえつけたまへりし 源氏が薫の将来を冷泉院に託したこと。この話は初出。 ■とり分きて 冷泉院は実は自分が源氏の子であることを知っている。したがって薫は弟にあたると知っている。しかしそれを表に出すわけにはいかない。 ■皇子たちなどおはせず 不倫の子であるため一代限りの帝位と定めた作者の意図か(【若菜下 07】)。 ■うれしき御後見 秋好中宮は薫を養子格にしている。 ■侍従 従五位相当。 ■右近中将 従四位下相当。 ■御賜ばりの加階 朝廷から特別に下賜される昇進。薫は准太上天皇であった源氏の息子だから皇族並みの四位とされた。 ■いづこの心もとなきにか 文意不明瞭。「何か昇進させるべき心もとない理由でもあったのか」の意か、「何の心もとなさもなくスムーズに昇進していった」の意か。ふわっとした表現ばかりなので解釈にこまる。 ■おはします御殿 冷泉院が住む上皇御所。 ■若き人 薫付きの若い女房。 ■女の御儀式よりも 女宮の成人の儀式はとくに華やかに行われる。薫の元服は女並に華やかだというのである。 ■故致仕の大臣 ここで故人となっていることが初めて明かされる。 ■女御 弘徽殿女御。 ■女宮 冷泉院の女一の宮。初出。 ■けはひにこそは 「かくあらめ」などを補い読む。

朗読・解説:左大臣光永