貴公子たちの求婚

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世界の男(をのこ)、あてなるも、賤(いや)しきも、いかでこのかぐや姫を得てしかな、見てしかなと、音(おと)に聞きめでて惑(まと)ふ。

そのあたりの垣(かき)にも家の門(と)にも、をる人だにたはやすく見るまじきものを、夜(よる)は安(やす)きいも寝ず、闇(やみ)の夜(よ)にいでても、穴をくじり、垣間見(かいまみ)、惑(まと)ひあえり。さる時よりなむ、「よばひ」とはいひける。

現代語訳

世の中の宮仕えの男たちは、身分の高いものも、低いものも、どうにかして、かぐや姫を手に入れ、見てみたいものだと願って、その美貌の評判を聞き、恋い慕い心を乱していた。

かぐや姫の家の近くの垣根近くに住む人でも、また、家のすぐ外に住む人でさえも簡単には見ることができないものを、男たちは夜は安眠もせず、闇夜に出かけていって、土塀などに姫を見るための穴を、くじりあけ、垣根越しにのぞき見をし、心を乱し合っていた。こうしたことがあったとき以来(妻呼ばい[求婚]することを。)「夜這い」と言うようになったそうだ。

語句

■をのこ-- 「をのこ」は「おとこ」と違って「仕えている男」の意。「宮仕人」■世界-- 世の中。世間 ■あて(貴)-- 身分が高い。家柄が良い。高貴である。■賤しき-- 身分が低い。■てしか-- 願望を表す終助詞「てしか」に詠嘆の終助詞「な」のついた語。…たいものだ。■いかで-- どうにかして。なんとかして。  ■音-- 評判。噂。■めでて惑ふ-- 「めづ」は、「愛づ」、「賞づ」、「珍づ」などの字をあてる。愛する。賞賛するの意。「惑ふ」は、心が乱れる。途方にくれるの意。■そのあたりの垣にも-- かぐや姫のあたりの、垣根近くに(住むひとでさえ)の意で、「家の外にも」とともに、下の「居る」に係る。 ■をる人だに-- 「をる」は、ここでは住んでいる意。「だに」はここでは「…さえ」と訳す。■たはやすく-- 「たやすし」「やすし」等の形容詞と同じ意。簡単に。安易に。■見るまじきものを-- 「まじ」は「べし」の打消し語。ここは可能の打消しで、不可能の推量(…スルコトガデキナイダロウ・…デキマイ)の意。「ものを」は、「ものの」、「ものから」と同じく、逆説(…モノノ)の意。 ■いも寝ず-- 「い」は「寝る」の名詞。古くは寝ることを、「いを寝」のように言った。■穴をくじり-- 土塀などに姫を見るための穴を、くじりあけるのである。■さる時-- 「さる」は「さ・ある」の詰まった形の連体詞。ここは、「夜は安きも…惑ひあえり」を指す。■よばひ-- 「呼ば・ふ」の名詞形。「ふ」は反復・継続の意を表す助動詞で、「呼ぶ」ことを繰り返すの意。求婚するの意になったが、ここはさらに、「夜這ひ(男が女の寝所に夜しのびこむ)」の意を掛けて、ユーモアを加味したものである。


人の物ともせぬ所に惑)まと)ひ歩(あり)けども、何(なに)のしるしあるべくも見えず。家の人どもに物をだにいはむとて、いひかくれども、ことともせず。あたりを離れぬ君達(きんだち)、夜を明かし、日を暮らす、多かり。おろかなる人は、「用(よう)なき歩(あり)きは、よしなかりけり」とて来(こ)ずなりにけり。

その中に、なほいひけるは、色好みといはるるかぎり五人、思ひやむ時なく、夜昼(よるひる)来(き)たりけり。その名ども、石作(いしつくり)の皇子(みこ)、くらもちの皇子(みこ)、右大臣阿倍御主人(あべのみうし)、大納言大伴御幸(だいなごんおほとものみゆき)、中納言石上磨足(いそのかみのまろたり)、この人々なりけり。

世の中に多かる人をだに、すこしもかたちよしと聞きては、見まほしうする人どもなりければ、かぐや姫を見まほしうて、物も食はず思ひつつ、かの家に行きて、たたずみ歩(あり)きけれど、甲斐(かひ)あるべくもあらず。文(ふみ)を書きて、やれども、返(かへ)りごともせず。わび歌など書きておこすれども、甲斐なしと思へど、十一月(しもつき)、十二月(しわす)の降り凍(こほ)り、六月(みなづき)の照りはたたくにも、障(さは)らず来たり。

この人々在(あ)る時は、たけとりを呼びいでて、「娘(むすめ)を我に賜(た)べ」と、伏(ふ)し拝(をが)み、手をすりのたまへど、「おのが生(な)さぬ子なれば、心にもしたがはずなむある」といひて、月日(つきひ)すぐす。かかれば、この人々、家に帰りて、物を思ひ、祈りをし、願(ぐわん)を立つ。思ひ止(や)むべくもあらず。「さりとも、つひに男(をとこ)あはせざらむやは」と思ひて頼みをかけたり。あながちに心ざしを見え歩(あり)く。

これを見つけて、翁(おきな)、かぐや姫にいふやう、「我(わ)が子の仏(ほとけ)。変化(へんぐゑ)の人と申しながら、ここら大きさまでやしなひたてまつる心ざしおろかならず。翁の申さむこと、聞きたまひてむや」といへば、かぐや姫、「何事(なにごと)をか、のたまはむことは、うけたまはらざらむ。変化(へんぐゑ)の者にてはべりけむ身とも知らず、親とこそ思ひたてまつれ」といふ。翁(おきな)、「嬉(うれ)しくものたまふものかな」といふ。

現代語訳

普通の人が近づかないような場所まで、惑いながら行ってみるが、かぐや姫を一目でも見ることができない。召使たちに、せめて伝言をと言葉をかけかけたが、召使でさえ相手にしようとしない。家の近くから離れようとしない公達は夜中も日中もそこで過ごす人が多かった。いいかげんな人は、用もなくあちこと歩き回るのは、いいことではない。と言って、来なくなった。その中でも、さらにその場に居続けたのは、五人で、かぐや姫への思いが消えることもなく、夜となく昼となくやってきた。

その五人は、、石作の皇子、くらもちの皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御幸、中納言石上磨足の五人だった。

世の中のありふれた人でも、すこしでも器量良しと聞けば、見たがる人たちだったので、かぐや姫を見たがって、食事もせず、思いを募らせながら、かぐや姫の家に行って、たたずんだり、歩き回ったりしたが、効果はなくかぐや姫を見ることはできなかった。
(そこで五人は)それぞれに手紙を書いて送るが返事ももらえない。わびしい(恋の)歌を書いてみるが、甲斐は無いと思いながらも、十一月、十二月の(雪)が降り、(水が)凍り、六月の日が照り付け(雷鳴の)とどろく時にも(この五人の男たちは)それに妨げられることなくやって来た。

この五人はやってきては、竹とりの爺さんを呼び出して、「娘を自分にもらえないか」と、伏し拝み、手をすり合わせて懇願するが、爺さんは「自分の産んだ子ではないので思い通りにはらないのです」と言ってそのまま月日が経っていく。そういうわけで、この人たちは家に帰り、物思いにふけり、祈りをし、願掛けをして姫への思いを断ち切ろうとするが断つことはできない。

「そうはいっても、最後まで男に会わせないということはないだろう」と、思って期待していた。そして、一方的に、姫に対する切なる心を見せつけるようにして歩き回る。

こういう状況を見て、爺さんがかぐや姫に言うことには、「私の大切な人よ、変化の人とは言いながら、こんなに大きくなるまで育てた志を理解してほしい。じいの言うことを聞いておくれ」と言うと、かぐや姫は「何をおっしゃるのですか、おっしゃることはなんでもお聞きしますよ。変化の者であるとおっしゃる身のほどをも知らず、親とばかり思い申し上げておりますのに」と言う。じいさんは「嬉しいことを言ってくれるのですね」と喜ぶ。

語句

■人の物ともせぬ所--普通の人が近づかないような場所。■ありけども--ありく」は歩き回るの意。 ■しるしあるべきもみえず--「しるし」は効き目。効果。 「べく」は推量(…シソウ)の意。■家の人ども--かぐや姫の邸宅の家人ども。竹とりの翁も今は長者となったから、たくさんの召使どもがいるのである。■物をだにいはむ---この「だに」は最小限(セメテ…デケデモ)の意。「む」は意志。 ■ことともせず--「事とす(問題にする)」を強く打ち消した表現。「ものともせず」に同じ。

■君達-- 上流貴族の子息 ■色好み-- 男女間の情趣を理解し愛好する人の意で、好色漢の意ではない。■世の中に多かる人をだに-- 「多かる人」は多数いる人並みの器量の女の意。「だに」は「さえ」の意で、そんな世間の人並みの女でさえも見たい人たちだから、まして美人と聞いてはの意を表す。■文-- 手紙 ■わび歌-- 「わぶ」は、①つらく思う。困窮する。②恨み嘆く。③心にわびしく思う。④わびしく住む。などの意に用いる。■おこすれども-- 「おこす」は、「よこす」「送ってくる」の意。この下に「返り事もせず」などの言葉があるはずなのに、それを省いた簡略化した表現である。■照りはたたく-- 太陽が「照り」、雷鳴が「はたたく」の一括した表現。■障らず-- 「障る」は、妨害する、邪魔をする、などの意。ここは、妨げられず、の意で、受見形に訳す。■かかれば-こういうわけだから。だから。■さりとも-たとえそうであったとしても。そうはいっても。■つひに-最後に。しまいに。■ざらむ-ないだろう。■やは-…(だろうか)、いや…ではない。
■あながち-無理やり。一方的。■我が子の仏-私のたいせつな人。■変化の人-神仏が仮にこの世に現れ、人間の姿に変身して生まれた人。■はべり-お仕えする。


「翁(おきな)、年(とし)七十に余りぬ。今日(けふ)とも明日(あす)とも知らず。この世の人は、男は女にあふことをす。女は男にあふことをす。その後(のち)なむ門(かど)広くもなりはべる。いかでかさることなくてはおはせむ」。
かぐや姫のいはく、「なんでふ、さることかしはべらむ」といへば、「変化の人といふとも、女の身持(も)ちたまへり。翁の在(あ)らぬかぎりはかうてもいますかりなむかし。この人々の年月(としつき)を経(へ)て、かうのみいましつつのたまふことを、思ひさだめて、一人一人にあひたてまつりたまひね」といへば、かぐや姫のいはく、「よくもあらぬかたちを、深き心も知らで、あだ心つきなば、後(のち)くやしきこともあるべきを、と思ふばかりなり。世のかしこき人なりとも、深き心ざしを知らぬでは、あひがたしとなむ思ふ」といふ。

現代語訳

「じいは、七十歳を過ぎてしまいました。命のほどは、今日明日ともしれぬ。気にかかるのは姫のこと、この世の人は男は女をめとり、女は男と契る習い、それによって、子孫に恵まれ、一族が栄えますのじゃ。どうして結婚しないでいられてよいものか」
かぐや姫が言うことには、「どうして結婚などするのでしょうか」と言うと「変化の人といえども、女の身でいらっしゃいます。じいが生きている間は、このようにして生活に困らず、気楽に独身をとおすことができましょうがねぇ、しかし、いまにどうにもならなくなります。この五人の人々が、長い間、いつも、このようにおいでになっておっしゃることをよく判断して、その中のお一人と結婚してさしあげなさい」と言うと、
かぐや姫が言うには、
「私の容貌が美しいというわけでもありませんのに、相手の愛情の深さを確かめもしないで結婚して、あとで相手が浮気心をいだいたら後悔することになると思うばかりなのです。このうえなくすばらしいお方でも、愛情の深さを確かめないでは、結婚しにくいと思っています」と言う。

語句

■年七十に余りぬ-後の物語の中で、「翁、今年は年五十ばかりなりけれども」とあって矛盾するが、ここは老いを強調する会話文ととらえる。■いはく-動詞「いふ」の連体形に接尾語「あく」がついたとも、未然形に接尾語「く」がついたとも言うが、いずれにしても体言相当。「いふこと」の意。■一人一人に-一人を強調している。■あふ(婚ふ)-結婚する。契る。■いかでか-どうして…か。■さる-(前の内容を受けて)そのような ■さること-結婚すること■なんでふ-どうして■いますがり-「あり」の尊敬語。■なむ-(可能性のある推量を表す)…ことができるだろう。■かし-[終助]<念押し>…ね。…よ。…だよ。…な。(文の末尾での用法)
■あだごころ-誠意のない心。浮気心。


翁のいはく、「思ひのごとくものたまふかな。そもそも、いかやうなる心ざしあらむ人にかあはむと思(おぼ)す。かばかり心ざしおろかならぬ人々にこそあめれ」。
かぐや姫のいはく、「なにばかりの深きをか見むといはむ。いささかのことなり。人の心ざしひとしかんなり。いかでか、中におとりまさりは知らむ。五人の中に、ゆかしき物を見せたまへらむに、御心ざしまさりたりとて、仕(つか)うまつらむと、そのおはすらむ人々に申したまへ」といふ。「よきことなり」と受けつ。

現代語訳

じいさんが言うには、「私の考えと同じです。そもそも、どのような心をお持ちの人と結婚したいとお考えですか?この五人の人々はりっぱな心ざしをお持ちの方のようだがどうなのだろうか」
かぐや姫が言うには、
「どれほどの深い愛情を見たいと言いましょうか、些細なことなのです。この五人の方々の愛情は、同程度のようにうかがわれます。このままでは、どうして、五人の中での優劣がわかりましょうか。五人の中で、私が見たいと思う品物を目の前に見せてくださる方に、ご愛情が勝っているとして、お仕えいたしましょうと、その、そこにいらっしゃる方々に申し上げてください」と言う。じいさんは「結構だ」と承知した。

語句

■あめれ-「あンめれ」の撥音無表記。断定しても良い事柄を和らげて述べながらも、言いさして相手の判断を求める表現。…のようだが(どうなのか)の意。■ひとしかんなり-「等しかり」に伝聞・推定の助動詞「なり」がついて音便化したもの。じいさんの話で判断すれば、みな同じようだの意。■ゆかし-「ゆかし」の「ゆか」は「心ゆく」のゆかと関係あるか?「満足する」、転じて「見て満足したい」「聞いて満足したい」の意。

朗読・解説:左大臣光永

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