かぐや姫、みかどの召(め)しに応ぜず昇天す

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≪帝、かぐや姫を召さんとして手をつくす(1)≫

さて、かぐや姫のかたちの世に似(に)ずめでたきことを、帝(みかど)聞(きこ)しめして、内侍中臣(ないしなかとみ)のふさ子にのたまふ、「多くの人の身をいたづらになしてあはざなるかぐや姫は、いかばかりの女ぞと、まかりて、見て参れ」とのたまふ。ふさ子、うけたまはりて、まかれり。

たけとりの家に、かしこまりて請(しょう)じ入(い)れてあへり。媼(おうな)に、内侍ののたまふ、「仰せごとに、かぐや姫のかたち、優(いう)におはすなり。よく見て参るべきよし、のたまはせつるになむ、参りつる」といへば、「さらば、かく申しはべらむ」といひて、入りぬ。

かぐや姫に、「はや、かの御使(おほんつかひ)に対面(たいめん)したまへ」といへば、かぐや姫、「よきかたちにもあらず、いかでか見ゆべき」といへば、「うたてものたまふかな。帝の御使をば、いかでかおろそかにせむ」といへば、かぐや姫の答ふるやう、「帝の召してのたまはむこと、かしこしとも思わず」といひて、さらに見ゆべきもあらず。うめる子のやうにあれど、いと心はづかしげに、おろそかなるやうにいひければ、心のままにもえ責めず。

媼、内侍のもとに帰りいでて、「口惜(くちを)しく、この幼き者は、こはくはべる者にて、対面すまじき」と申す。

現代語訳

このような事件によって、かぐや姫の容貌の世に比べようがなくすばらしいことを、帝がお聞き遊ばして、内侍中臣のふさ子におっしゃるには、「多くの人の身を滅ぼして、結婚をしないかぐや姫は、いったいどれほどの女か、出かけて、見てこい」とおっしゃる。ふさ子は承って退出した。

たけとりの翁の家では、恐縮して、招き入れて、お会いする。ばあさんに、内侍がおっしゃる。「帝が仰せられることには、『かぐや姫の容姿がとてもすばらしいとのこと。よく見て参るように』という趣旨のことをおっしゃられましたので参りました」と言うと、ばあさんは、「それでは、姫にそう申しましょう」と言って、姫のいる所へ入った。

かぐや姫に向かって婆さんが、「早く、あの御使者の方に対面しなさい」と言うと、かぐや姫が、「私は、すぐれた容貌などではございません。どうして、勅使に見ていただけましょうか」と言うので、婆さんは、「困ったことを言うのね、帝の御使いをどうしておろそかにできましょうか」と言うと、かぐや姫が答えるには、

「帝が召すようにおっしゃることは、恐れ多いとも思いません」と言って、いっこうに内侍に会いそうにもない。婆さんも、日ごろは自分の産んだ子供のようにしているが、この時ばかりは、こちらが気兼ねさせられるぐらいにそっけないようすで言うものだから、自分の思いのままに強制もしかねる。

ばあさんは、内侍のところへ戻って来て、「悔しいことですが、この小さい娘は、強情者でございまして、お会いしそうにもございません」と申しあげる。

語句

■かたち-容姿。容貌 ■世に似ず-世に比べようがない ■めでたい-すばらしい ■きこしめす-お聞きになる ■内侍-掌侍(ないしのじょう)のこと。天皇に常に奉仕して、奏請(そうじょう)・伝宣などのことを司る。天智天皇八年(六六九)中臣鎌足が藤原姓を賜ってから後、文武天皇二年(六九八)に不比等ら鎌足系のの者は藤原の姓を継ぎ、神事にかかわる少数の者だけが中臣を名乗り続けていた。だから「内侍中臣のふさ子」という呼称は、文武天皇以前を思わせ、天武・持統・文武の頃の実在人物の名を用いるこの物語の書き方にふさわしい。■いたづらになす-死なせる。■…してあはざなる-「て」は、ここでは、逆説的な意を含む。「あはざなる」は無表記のンを入れて「あはざンなる」と読む。「なる」は伝聞の助動詞「なり」の連体形。 ■「…女ぞと、…見て参れ」-「と」は「見て参れ」に続く。 ■まかる-聞き手に対する卑下の気持ちを表す場合が多いが、ここでは、帝と内侍の身分関係を示す謙譲語。退出して。次の「まかれり」も同じ。 ■媼-帝の使者が女性であるため、今までの翁の役割を「媼」がしたのである。 ■かしこまる-恐縮する。 ■優-やさしく、いとやか。 ■なり-伝聞の助動詞。 ■つる-完了の助動詞「つ」の連体形。■よし(由)-話のおおむね。次第。趣旨。■見ゆべき-「見ゆ」は本来、「相手に見られる」。転じて「相手に見せる」の意。 ■うたて-本来は程度のはなはだしいことを表す副詞。「いやである」「困ることである」「気味悪いことである」などの、好ましくない意味で用いられることが多い。 ■おろそかに-いいかげんに ■召す-出仕させてお言葉をおかけになること。転じて、妻妃の一人として召すこと。■かしこし-恐れ多い。もったいない。 ■いと心はづかしげに-媼の方が圧倒されて、内心はずかしくなるほどに ■おろそかなるやうに-問題にしないような態度で。 ■帰りいでて-三行目の「入りぬ」に対応し、かぐや姫のもとから出てきたことをいう。■こはくはべる者-強情者。


≪帝、かぐや姫を召さんとして手をつくす(2)≫

内侍、「かならず見立てまつりて参れと、仰せごとありつるものを。見たてまつらではいかでか帰り参らむ。国王の仰せごとを、まさに世に住みたまはむ人の、うけたまはりたまはでありむや。いはれぬこと、なしたまひそ」と、言葉(ことば)はづかしく言ひければ、これを聞きて、まして、かぐや姫聞くべくもあらず。「国王の仰せごとをそむかば、はや、殺したまひてよかし」といふ。

この内侍、帰り参りて、この由(よし)を奏す(そう)す。帝(みかど)、聞(きこ)しめして、「多くの人殺してける心ぞかし」とのたまひて、止(や)みにけれど、なほ、思(おぼ)しおはしまして、この女のたばかりにや負けむと思して、仰せたまふ。「汝が持ちてはべるかぐや姫奉(たてまつ)れ。顔(かほ)かたちよしと聞しめして、御使い賜びしかど、かひなく、見えずなりにけり。かくたいだいしくやは慣らはすべき」と仰せらるる。翁(おきな)、かしこまりて、御返りごと申すやう、「この女(め)の童(わらは)は、絶(た)えて宮仕(みやづか)へつかうまつるべくもあらずはんべるを、もてわづらひはべり。さりとも、まかりて仰せ賜(たま)はむ」と奏(そう)す。これを聞(きこ)しめして、仰せたまふ、「などか、翁のおほしたてたらむものを、心にまかせざらむ。この女、もし、奉りたるものならば、翁に、かうぶりを、なぜか賜はせざらむ」。

翁、よろこびて、家に帰りて、かぐや姫に語らふやう、「かくなむ帝の仰せたまへる。なほやは仕うまつりたまはぬ」とへば、かぐや姫答(こた)へていはく、「もはら、さやうの宮仕へつかまじらじと思ふを、しいて仕うまつらせたまはば、消え失せなむず。御官(みつかさ)かうぶり仕うまつりて、死ぬばかりなり」。翁いらふるやう、「なしたまひそ。かうぶりも、わが子を見たてまつらでは、なににかせむ。さはありとも、などか宮仕へをしたまはざらむ。死にたまふべきやうやあるべき」といふ。

「なほそらごとかと、仕うまつらせて、死なずやあると、見たまへ。あまたの人の心ざしおろかならざりしを、むなしくなしてこそあれ。昨日今日(きのふけふ)、帝(みかど)ののたまはむことにつかむ、人聞きやさし」といへば、翁(おきな)答へていはく、「天下(てんか)のことは、とありとも、かかりとも、御命(みいのち)の危(あやふ)さこそ、大(おほ)きなる障(さは)りなれば、なほ仕(つか)うまつるまじきことを、参りて申さむ」とて、参りて、申すやう、「仰せのことのかしこさに、かの童を参らせむとて、仕うまつれば、『宮仕(みやづか)へにいだしたてば死ぬべし』と申す。
みやつこまろが手にうませたる子にてもあらず。昔、山にて見つけたる。かかれば、心ばせも世の人に似ずはべり」と奏(そう)せさす。

現代語訳

内侍は、「かならずお会いして来いとのご命令がありましたのに、お会いできぬままでは、どうして帰参いたせましょうか。国王のご命令を、この世に住んでいられる人が、どうして、お受け申しあげなさらないでいられましょうか。筋の立たぬことをなさってはいけません」と、相手が恥ずかしくなるほど威厳ある態度で言ったので、これを聞いてなおさら、かぐや姫は承知するはずもない。「私が、国王の命にそむいたのであれば、はやく殺してくださいよ」と言う。

この内侍(ないし)は、内裏(だいり)へ帰参して、このようすを奏上する。帝はそれをお聞きになって、「それが大勢の人を殺してしまった強い心なのだね」とおっしゃって、その時はそのままになってしまったけれど、やはり、かぐや姫のことを思っていらっしゃって、「この女の計略に負けられようか」とお思いになられて、竹取りの翁を召し出されて、ご命令を下される、「お前が持っているかぐや姫を献上せよ。容貌が優れていると聞いて、使いを遣わしたが、その甲斐もなく、得ることができないままになった。このようにうまくいかないままにしておいてよいものか」とおっしゃる。爺さんが、恐縮して、ご返事を申しあげるには、「この小娘は、まったく宮仕えに奉仕をしそうにもございませんので、それを持て余して悩んでいるのでございます。それにしても、家に戻り、勅命を何とか拝受させましょう」と奏上する。これをお聞きになって、帝がおっしゃるには、「翁が育てあげたであろうに、どうしてまた、思ふようにならないのか。この娘を、もし、献上したならば、翁に五位の位をどうして下賜しないことがあろうか」とおっしゃる。

じいさんが、喜んで、家に帰って、かぐや姫に相談するように言うには、「帝がこのようにおっしゃたのだ。それでもやはり宮仕えはなさらぬのか」と言うと、かぐや姫が答えて言うには、「そのような宮仕えはまったく、いたすまいと思っておりますが、しいて、宮仕いをおさせになるのなら、私は消え失せてしまいたいという気持ちです」じいさんが答えて言うには、「そんなことをなさってはいけません。叙爵も我が子が見れなくなったのでは何になろうか。それはそれとして、どうして、そんなに宮仕えをなさらないのか。どうして死になさるわけがあるのですか」と言う。

かぐや姫は、「死ぬなどと言うのは、やはり嘘だろうと、一応、私に宮仕えをさせなさって、死なないでいるかどうか、ご覧なさい。たくさんの人たちの私に対する愛情がなみたいていでなかったのを、すべて無駄にしてしまったのですよ。それなのに、昨日今日、帝がおっしゃることに従うということは、世間への聞こえの悪いことです」と言うと、じいさんが答えて言うには、「世間のことはどうあろうと、こうあろうと、御命(いのち)の危険が最大の問題なのだから、やはり、お仕へ申しあげそうもないということを、参内して奏上しよう。と言って、参内して、申しあげるには、「お言葉のもったいなさに、あの娘を入内させようと、つとめましたところ、『もし、宮仕えに差し出すなら、死ぬつもりです』と申します。
あの子は、この造麿呂(みやっこまろ)の手で産ませ子ではありません。昔、山で見つけたものでございます。それで、心の持ち方も、世間一般の人達とは似ても似つかないのでございます」と奏上する。

語句

■いはれぬこと-無理な。不当な。道理に合わぬ。■なしたまひそ-「な…そ」の構文で、「したまう」を打ち消す。なさってはいけません。■よかし-間接助詞「よ(強調)」+終助「かし(念押し)=よ」■…ける…-過去の助動詞「けり」の連体形。■たばかり-計画。工夫。 ■や-反語の係助詞 ■仰せたまふ-後の文に「翁、よろこびて、家に帰りて」とあることから、「翁を召して、仰せたまふ」とあるべきだが、この物語ではこのような省略的書き方が多い。 ■汝が-「が」は格助詞。「の」に対して、相手を卑しめる要素が強い。 ■聞しめして-次の「賜びしかど」とともに、みずからの動作を尊敬して言う自敬語。■見えずなりにけり-見ることができなくなってしまった。 すなはち、「入内(じゅだい)してそばに置けなくなった」の意。■たいだいし(怠怠し)-不都合である。もってのほかだ。■慣らはす-習慣づける。慣れさせる。

■べき-推量の助動詞「べし」の連体形。「ことになっている」の意。■さりとも-「さありとも」の略。「さ」は、すでに述べられたこと。「絶えて宮仕えつかうまつるべくもあらず」を受ける。■仰せ賜はむ-ご命令を拝受させましょう ■おほしたつ(生し立つ)-育てあげる。■かうぶり-叙爵(じょしゃく)すること。五位を賜って、貴族に列すること。■よろこびて-叙爵の可能性を知って喜んだのである。 ■語らふ-親しく話し合うこと。■やう-(思ふ、言うなどを受け)…ことには ■なほ-依然として、もとのまま、まだ。■やは-反語。 ■もはら-否定の語{ず」を後に伴って、全く、…ない、の意。 ■なむず-「なむとす」の略。「なむ」の意味を強めた形。

■御官(みつかさ)-官職と位階。あなたの官職と位階のために奉仕して、後は死ぬだけです。「仕うまつりて」は、翁のために。翁に対する謙譲語。帝に対してではない。■いらふ-答える。返事をする。返答する。■さはありとも-「さ」は「なしたまひそ」を受ける。そんなことはもうしなくてもよいが、しかし。 ■やう-様。理由 ■そらごと-言葉だけでは実質を伴わないこと。「見たまへ」に続く。■やさし-「はずかしい」の意。■見つけたる-「見つけたる子にてあり」の略。 ■心ばせ-心の姿。■奏せさす-「奏せさす」で一語。「奏す」で、帝に対して申しあげることだが、「さす」がつき、さらに謙譲の意を添える。


≪帝、狩りをよそおい、かぐや姫に会いに行く≫

帝仰(おほ)せたまはく、「みやつこまろが家は、山もと近(ちか)かなり。御狩(みかり)の御幸(みゆき)したまはむやうにて、見てむや」とのたまはす。みやつこまろが申すやう、「いとよきことなり。なにか。心もとなくてはべらむに、ふと御幸して御覧ぜば、御覧ぜられなむ」と奏すれば、帝、にはかに日を定めて御狩にいでたまうて、かぐや姫の家に入(い)りたまうて、見たまふに、光(ひかり)満ちてけうらにてゐたる人あり。これならむと思(おぼ)して、逃げて入る袖(そで)をとらへたまへば、面(おもて)をふさぎてさぶらへど、初(はじ)めよく御覧じつれば、類(たぐひ)なくめでたくおぼえさせたまひて、「ゆるさじとす」とて、率(ゐ)ておはしまさむとするに、かぐや姫答えて奏す。

「おのが身は、この国に生まれてはべらばこそ、使ひたまはめ、いと率ておはしましがたくやはべらむ」と奏す。帝、「などかさあらむ。さほ率ておはしまさむ」とて、御輿(おほんこし)を寄せたまふに、このかぐや姫、きと影(かげ)になりぬ。

はかなく口惜(くちを)しと思(おぼ)して、げにただ人にはあらざりけりと思(おぼ)して、「さらば、御供(とも)には率(ゐ)て行(い)かじ。元の御かたちとなりたまひね。それを見てだに帰りなむ」と仰(おほ)せらるれば、かぐや姫、元(もと)のかたちになりぬ。

帝、なほめでたく思しめさるること、せきとめがたし。

現代語訳

帝がおっしゃるには、「造麿呂(みやっこまろ)の家は山の麓に近いそうだね」。御狩の御幸をするふりをして、かぐや姫を見ることができるだろうか」とおっしゃる。
造麿呂(みやっこまろ)がもうしあげるには、「とても結構なことです。いや、なあに、かぐや姫がぼんやりしているようなときに、急に行幸なさって御覧になったなら、御覧になることができましょう」と奏上すると、

帝は、急に日程を決め御狩に出かけられて、かぐや姫の家に入られて、御覧になると、家の中全体に光が満ちあふれるまでにすばらしいようすで座っている人がいる。「これが、あのかぐや姫であろう」とお思いになり、逃げて奥へ入るかぐや姫の袖をとらえなさると、顔を袖で隠して、おそばに控えているけれども、はじめよく御覧になったので、類なくすばらしい女性だとお思いになって、「許しはしないぞ」とおっしゃって、連れていらっしゃろうとすると、かぐや姫が答えて奏上する。

「私の身は、もしこの国で生まれたものであれば、宮仕えさせることはできましょうが、そうではございませんので、連れていらっしゃるのは、とてもむずかしゅうございましょう」と奏上する。帝は、「どうしてそのようなことがあろうか。やはり、連れていくつもりだ」とおっしゃって、御輿を邸にお寄せになると、このかぐや姫は、急に影のようになって姿を消してしまった。

「はかなくも消えてしまったことよ、残念だ」とお思いになり、「ほんとうに普通の人ではなかったよ」とお思いになり、「そうであれば、供として連れていくわけにはいくまい。だから、元のお姿になってください。せめて、その姿をもう一度見てから帰ろうぞ」とおっしゃると、かぐや姫は元の姿に戻った。

帝は、このようなことにはなったが、やはり、すばらしい女だとお思いになる気持ちを抑えることができなかった。

語句

■山もと-山のふもと ■近かなり-近くにある。「ちかゝなり」は「ちかかんなり」の「ん」を書かない当時の表記法で、「ちかかるなり」の音便。「なり」は伝聞・推定の助動詞。 ■御幸・行幸-「み」は接頭語。「ゆき」は動詞「ゆく」の名詞形。「出かけること」の尊敬語。天皇のお出まし。■見てむや-「て」は完了の助動詞「つ」の未然形。■のたまはす-尊敬語。「のたまふ」より敬意があつい。 ■なにか-感動詞。いや、なあに。■御覧ぜ-サ変動詞の未然形。 ■御覧ぜられなむ-「られ」は可能の助動詞。「なむ」は完了の助動詞「ぬ」の未然形に推量の助動詞「む」の終止形が添ったもの。■光満ちてけうらに-変化の人だから光りを発していたのである。「けうら」は「きよら」。最高の美しさをいう。■さぶらふ-お仕えする。ひかえる。(貴人の傍に控えること) ■じとす-「むとす」の反対語。「じ」(打消し意志)をさらに強調して言ったのである。■使ひたまはめ-お使いになることもできましょう。「め」は「む」の已然形、「こそ」の結びで、可能の推量。■率ておはしまさむ-「おはしまさむ」は自敬語。 ■きと-急に。 ■影になりぬ-「影」は、実態が存しないのに、なんとなく姿が見えるもの。■げに-かぐや姫の言葉どうりに。
■人にはあらっざりけり-「けり」は帝の立場からの判断を示す。


≪帝とかぐや姫、その後も、歌の贈答≫

かく見せつるみやつこまろを、よろこびたまふ。さて、仕うまつる百官の人に饗(あるじ)いかめしう仕うまつる。

帝、かぐや姫をとどめて帰りたまふことを、あかず口惜しく思しけれど、魂をとどめたる心地してなむ、帰らせたまひける。

御輿(おほんこし)にたてまつりて後(のち)に、かぐや姫に、

帰るさのみゆき物憂(ものう)くおもほえてそむきてとまるかぐや姫ゆゑ

御返(おほんかへ)りごと、

むぐらはふ下(した)にも年は経ぬる身のなにかは玉のうてなをも見む

これを、帝御覧じて、いとど帰りたまはむ空(そら)もなく思(おぼ)さる。

御心は、さらにたち帰るべくも思さりざりけれど、さりとて、夜(よ)を明かしたまふべきにあらねば、帰らせたまひぬ。

つねに仕うまつる人を見たまふに、かぐや姫のかたはらに寄るべくだにあらざりけり。異人(ことびと)よりはけうらなりと思しける人も、かれに思し合すれば、人にもあらず。かぐや姫のみ御心にかかりて、ただ独り住したまふ。よしなく御方々(おほんかたがた)にも渡りたまはず。かぐや姫の御もとにぞ、御文を(おほんふみ)を書きて、かよはせたまふ。御返り、さすがに憎からず聞えかはしたまひて、おもしろく、木草につけても御歌をよみてつかはす。

現代語訳

このようにしてかぐや姫を見せた造麿呂(みやっこまろ)を、帝は嘉(よみ)しなさる。また、じいさんは、帝に仕えている百官に対して、盛大に饗応する。
帝は、かぐや姫を残してお帰りになることを、ずっと口惜しく思っておられたが、自分の魂は、かぐや姫のもとに置いてきたような気持ちで、お帰えりになられた。
御輿にお乗りになられた後で、かぐや姫に次の歌を詠まれた。

帰るさのみゆき物憂(ものう)くおもほえてそむきてとまるかぐや姫ゆゑ

(帰り道の御幸が物憂く思われて、ついに後ろをふりむいて振り返ってしまう私、それもすべて勅命にそむいて出仕しないかぐや姫、そなたゆえであるよ)

かぐや姫が、歌を返します。

むぐらはふ下(した)にも年は経ぬる身のなにかは玉のうてなをも見む

(葎の這っているような貧しい家で過ごしてきた私が、どうして今更、金殿玉楼を見て暮らせましょう)

これを、帝がご覧になり、歌のすばらしさに、いっそうお帰りになる場所もないようなお気持ちになられる。

御心では、まるで帰ろうともお思いにならなかったのであるが、だからといって、ここで、夜をお明かしになることができるはずもないので、しかたなく、お帰りになった。

さて、皇居において、つねにおそば近く仕えている女性をご覧になると、かぐや姫のかたわらに寄ることのできそうな人なんて、とてもいなかった。いままでは他の人よりはすばらしいと思っていらっしゃった人も、あのかぐや姫と思い比べなさると、人並みにも思われない。しぜんかぐや姫のことばかりが御心にかかって、ただ一人で暮らしていらっしゃる。理由もなくご婦人方のほうにもお渡りになられない。かぐや姫の御もとだけに御文を書いてお送りになる。お召しには応じなかったとはいえ、ご返事はさすがに情を込めてやりとりなさって、趣深く、季節ごとの木や草につけたりして、帝は歌を詠んでおつかわしになる。

語句

■よろこび-嘉(よみ)しなさる。官位などを与えたのかもしれない。官位の昇進することを「よろこび」という。■いかめしう-おごそかで盛大に。■たてまつりて-「乗る」の尊敬語。■そむきてとまる-「私の命令にそむいてとどまるかぐや姫ゆえに帰りが物憂い」の意と、「私の命令に従わないかぐや姫ゆえに、帰り道、私は後ろを向いて止まることが多い」の意をかけた二重表現。 ■むぐら-路傍に繁茂するつる草の総称。住居についていう場合は、貧しい家のたとえ。■玉のうてな-(「うてな」は「台」)金殿玉楼のこと。■空-場所の意。 ■つねに仕うまつる人-おそばに奉仕する女たち。当時、これを「召人(めしうと)」といった。かぐや姫もそのような扱いを受ける身分だったのである。■御方々(おほんかたがた)-宮中に殿舎を持つ后や女御。更衣(こうい)は含まれるという程度か。 ■さすがに-現代語のそれとは違い、前に述べられたことを逆説的に受けて、「そうはいうものの」の意。■おもしろき-すばらしい。趣がある。


≪かぐや姫、この頃、月を見て嘆く≫

かやうにて、御心をたがひに慰めたまふほどに、三年ばかりありて、春のはじめより、かぐや姫、月のおもしろういでたるを見て、つねよりも、物思ひたるさまなり。在(あ)る人の「月の顔見るは、忌(い)むこと」と制(せい)しけれども、ともすれば、人間(ひとま)にも、月を見ては、いみじく泣きたまふ。

七月十五日の月にいでゐて、せちに物思える気色(けしき)なり。近く使はるる人々、たけとりの翁(おきな)に告げていはく、「かぐや姫、例(れい)も月をあはれがりたまへども、このごろとなりては、ただごとにもはべらざめり。いみじく思(おぼ)し嘆(なげ)くことあるべし。よくよく見たてまつらせたまへ」といふを聞きて、かぐや姫にいふやう、「なんでふ心地(ここち)すれば、かく物を思ひたるさまにて月を見たまふぞ。うましき世に」といふ。かぐや姫、「見れば、世間(せけん)心細くあはれにはべる。なでふ物をか嘆きはべるべき」といふ。

かぐや姫の在(あ)る所にいたりて、見れば、なほ物思へる気色なり。これを見て、「あが仏、何事(なにごと)思ひたまふぞ。思すらむこと、何事ぞ」といへば、「思ふこともなし。物なむ心細くおぼゆる」といへば、翁、「月な見たまひそ。これを見たまへば、物思(おぼ)す気色はあるぞ」といへば、「いかで月を見ではあらむ」とて、なほ月いづれば、いでゐつつ嘆き思へり。夕やみには、物思はぬ気色なり。月のほどになりぬれば、なほ時々はうち嘆き、泣きなどす。これを、使ふ者ども、「なほ物思すことあるべし」と、ささやけど、親をはじめて、何事とも知らず。

八月十五日ばかりの月にいでゐて、かぐや姫、いといたく泣きたまふ。人目も、今はつつみたまはず泣きたまふ。これを見て、親どもも、「何事ぞ」と問ひ騒ぐ。かぐや姫、泣く泣くいふ、「さきざきも申さむと思ひしかども、かならず心惑(こころまと)はしたまはむものぞと思ひて、今まで過ごしはべりつるなり。さのみやはとて、うちいではべりぬるぞ。おのが身は、この国の人にもあらず。月の都(みやこ)の人なり。それをなむ、昔の契(ちぎ)りありけるによりてなむ、この世界にはまうで来たりける。今は、帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かの元の国より、迎えに人々まうで来(こ)むず。さらずまかりぬべければ、思(おぼ)し嘆(なげ)かむが悲しきことを、この春より、思ひ嘆きはべるなり」といひて、いみじく泣くを、翁(おきな)、「こは、なでふことをのたまうぞ。竹の中より見つけきこえたりしかど、菜種(なたね)の大きさおはせしを、わが丈(たけ)立ちならぶまでやしなひたてまつりたる我(わ)が子を、なにびとか迎へきこえむ。まさにゆるさむや」といひて、「我こそ死なめ」とて、泣きののしること、いと堪(た)へがたげなり。かぐや姫のいはく、「月の都(みやこ)の人にて父母(ちちはは)あり。かた時(とき)の間(あひだ)とて、かの国よりまうで来(こ)しかども、かくこの国にはあまたの年を経(へ)ぬるになむありける。かの国の父母(ちちはは)のこともおぼえず。ここには、かく久(ひさ)しく遊びきこえて、慣(な)らひたてまつれり。いみじからむ心地(ここち)もせず。悲しくのみある。されど、おのが心ならずまかりなむとする」といひて、もろともにいみじう泣く。

使はるる人も、年ごろ慣らひて、立ち別れなむことを、心ばへなどあてやかにうつくしかりつることを見慣(みな)らひて、恋しからむことの堪(た)へがたく、湯水(ゆみづ)飲まれず、同じ心に嘆かしがりけり。

現代語訳

このように、御心を互いに慰めあわれているうちに、三年ほどが過ぎ、ある年の春の初めごろから、かぐや姫は、月が趣き深く出ているのを見ては、普段よりも物思いにふけっておられるようすである。傍にいる人が「月を見るのは不吉ですよ」と止めるのだが、ともすれば、人目のない間にも、月を見ては、はげしくお泣きになる。

七月十五日の月に、かぐや姫は縁側に出て座り、ひたすら物思いにふけっているようすである。かぐや姫の近くでお仕えする人々がたけとりのじいさんに告げて言うには、「かぐや姫は、いつも月を見て、しみじみ心を動かされているようですが、最近では、ただごとではないようすです。しみじみと心を動かし嘆く何があるのでしょうか。よくよく気をつけて見てさしああげてください」。と言うのを聞いて、じいさんがかぐや姫に言うことには、「どのような心地がすれば、このように物思いにふけったようすで月を見られるのですか。すばらしい世の中なのに」と言う。かぐや姫、「月を見れば、世間が心細くしみじみとした気持ちになります。そのほかには、なんのために物思いにふけって嘆いたりしましょうか」と言う。

しかし、じいさんが実際にかぐや姫のいる所に行ってみると、まだ、物思いにふけっているようすである。これを見て、「私の大切な人よ、何を思い悩んでいるのですか。悩み事は何ですか」と言うと、「思い悩むことは何もありません。ただなんとなく心細く感じるのです」と言うので、爺さんは、「月を見てはいけません。これを見ると、どうも思い悩むようすがありますよ」と言うと、「どうして月を見ないでいられましょうか」と言って、それでも、月が出れば、縁側に出て座りため息をついている。夕方、暗くなっても、月が出ていないころには、物思いのないようすである。月が出るころになると、やはり、時々はため息をついたり、泣いたりする。これを見て、仕えている人々が、「まだ何かお悩み事があるらしい」とささやき合うが、親をはじめとして、誰も、その理由を知らない。

八月十五日も近い頃の月になって、縁側に出て座り、かぐや姫は、たいへんひどくお泣きになる。人目も気にせずお泣きになる。これを見て、親どもも、「いったいどうしたのです」と騒いで訊(たず)ねる。かぐや姫が泣く泣く言うには、「前々から申しあげようと思っておりましたが、申しあげたら、必ず、思い悩まれることになると思って、いままで黙って過ごしていたのでございます。でも、いつまでもそうはいかないと思い打ち明けているのでございます。私の身はこの人間世界のものではございません。月の都の人なのです。それなのに、前世の因縁によって、この世界に参上していたのでございます。今はもう、帰る時期になりましたので、今月の十五日にあの以前にいた月の国から、人々が迎えに参上しようとしております。

避けることができず、どうしても行ってしまわなければなりませぬゆえ、あなた方がお嘆きになるのが悲しいことですので、この春以来、私もそれを思い嘆いていたのでございます」と言って、ひどく泣くのを見て、じいさんは、「これはまた、なんということをおっしゃるのですか。竹の中から見つけてさしあげましたけれども、その時はわずかに芥子菜種(からしなたね)ほどの大きさでいらっしゃったのを、今では私の身の丈が並ぶほどまでにお育て申しあげた私の子を、だれがお迎え申しあげられましょうか。ぜったいに許せません」と言って、「もし、そんなことになるなら、私のほうこそ死んでしまいたい」と言って泣き騒ぐのを見ると、ひどくこらえかねるようすである。

かぐや姫が言うには、「私には月の都の人としての父母があります。わずかな間だと申して、あの月の国からやってまいりましたが、このようにこの国において多くの年を経てしまったのでございます。あの月の国の父母のことも覚えておりません。この地上では、このように長い間滞在させていただきまして、御親しみ申しあげました。ですから、故郷へ帰るといっても、うれしい気持ちはいたしません。悲しい思いでいっぱいです。でも、自分の心ではどうにもならぬままに行ってしまおうとしているのです」と言って、じいさんやばあさんと一緒にひどく泣く。使用人たちも、何年もの間慣れ親しんで、気だてなども高貴でかわいらしかったことを見慣れているので、別れてしまうと思うと、恋しい気持ちがこらえきれそうもなく、湯水も喉に通らないありさまで、じいさん、ばあさんと同じ心で嘆き合うのであった。

語句

■三年ばかり-また三年経ったのである。 ■人間-人の目につかない間 ■いでゐて-室内から縁先に出て座って、の意。■せちに-切実に。ひたすら。 ■例も-「常にも」の意。 ■ざめり-「ざんめり」の「ん」無表記にをしたもの。「めり」は推量。■なんでふ-「なにといふ」の約。いったいどのようなの意。■いみじく-ひどく。■うましき-すばらしい。 ■あはれ-しみじみと心を動かされる。■あが仏-私の大切な方 ■うち嘆く-ため息をつく。■これを-これを見て。 ■さ(然)のみやは-ただそのようにばかり。そのようにだけ。そういちがいに。前にのべられている「うちあけると、翁や媼が心を惑わすと思って、うちあけずにいた」ということを受ける。「やは」は反語。今までのようにだまっていることができようか、できないと思って打ち明けるのですよ。「はべり」は聞き手に対する丁寧語。■うちいではべりぬぞ-「うち」は強意の接頭語。「うち出(い)ず」は、言葉に言い表す意。打ち明ける。■さきざき-まえまえ、以前、過去。■昔の契り-前世の宿縁。仏教思想。前世でしたことによって、現世のあり方が決定され、現世のあり方によって、後世のそれが決まるという。三世因果の思想。■この世界-人間世界。■まうで-人間世界を尊んで。謙譲語「まうず」を用いているのに注意。姫は月の世界の人として発言している。「まうず」は身分の低い人が、尊い人の所へ行くこと。

■帰るべきに-「「べき」は義務(…ネバナラナイ)の意。「べき」は連体形であるから、この場合その下に「時」を補って訳す。■まうで来(こ)むず-「まうで来むとす」の略。「まうで来む」を強調した言い方。■さらず(避ら・ず)まかりぬべければ-避けられずに。■思し嘆かむ-「思ひ嘆く」の敬語。■なでふこと-「何といふこと」の略。「なんでふこと」と読む。■聞こゆ-「きこゆ」は謙譲の助動詞。見つけ申しあげる。姫に対して謙譲語を使うようになったのは身分が明かされたから。 ■菜種(なたね)-からし菜の種子。 ■丈立ちならぶ「たけ」は身の丈で、身長のこと。「立ち」は強意の接頭語。「立ちならぶ」で肩を並べる、同じ背丈になる、の意。■まさにゆるさむや-「や」は反語の助詞。「まさに」と呼応して、どうして許せようか、絶対に許せないの意。■我こそ死なめ-現実的な人間である翁は、月の世界を信ぜず、月の都へ行くという姫の言葉を死ぬこととして受け取っていたから、自分こそ死にたいと言ったのである。■にて-「に」は断定の助動詞「なり」の連用形。■かた時-人間世界の「あまたの年」が天上界の「かた時」にあたる。一時(今の二時間)の半分の時間。「片」は、半分又は一部分、ちょっとの意。月世界の「片時」が下界ではあまたの年-二十年になる、というところに月と地上界との間に、時間の尺度の差があるということを示すもので、これは浦島太郎の伝説などとも共通する考え方であると思われる。■ならひたてまつれり-慣れ親しむ意。■ののしる-大騒ぎをすることで、どなり合う意ではない。

記事

みゆき(行幸・御幸)-天皇や皇族のお出かけを古くはいずれも「みゆき」と呼び、ただ、天皇には「行幸」、その他には「御幸」の漢字を当て、「行幸」を特に音読することもあったが、院政時代以降は、それぞれを区別し、、天皇は「行幸」、上皇・法王・女院は「御幸(みゆき)」と音読するようになった。なお、皇太子・皇后のお出ましに対しては、「行啓(ぎょうけい)」が用いられた。

朗読・解説:左大臣光永

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