仏法僧 三
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むかし最福寺(さいふくじ)の延郎法師(えんらふほふし)は世にならびなき法華者(ほつけしや)なりしほどに、松の尾の御神、此の鳥をして常に延郎(えんらふ)につかへしめ給ふよしをいひ伝ふれば、かの神垣にも巣(すむ)よしは聞えぬ。こよひの奇妙(きめう)、既に一鳥声(こゑ)あり。我ここにありて心なからんや」とて、平生(つね)のたのしみとする俳諧風(はいかいぶり)の十七言(こと)を、しばしうちかたふいていひ出でける。
鳥の音(ね)も秘密の山の茂(しげ)みかな
旅硯(たびすずり)とり出でて御灯(みあかし)の光に書きつけ、今一声もがなと耳を倚(かたふく)るに、思ひがけずも遠く寺院の方より、前 (さき)を追(お)ふ声の厳敷(いかめしく)聞えて、やや近づき来たり。
「何人の夜深けて詣給ふや」と異(あや)しくも恐ろしく、親子顔を見あはせ息(いき)をつめ、そなたをのみまもり居るに、はや前駆(ぜんぐ)の若侍(わかさむらい)橋板(はしいた)をあららかに踏(ふみ)てここに来る。
おどろきて堂の右に潜(ひそ)みかくるるを、武士(ぶし)はやく見つけて、「何者なるぞ、殿下(でんか)のわたらせ給ふ。疾(とく)下(お)りよ」といふに、あわただしく簀子をくだり、土に俯(ふ)して跪(うずず)まる。程なく多くの足音聞ゆる中に、沓音(くつおと)高く響(ひびき)て、烏帽子(えぼし)直衣(なほし)めしたる貴人堂に上り給へば、従者(みとも)の武士(もののべ)四五人ばかり右左(みぎひだり)に座をまうく。
かの貴人人々に向ひて、「誰々はなど來らざる」と課(おほ)せらるるに、「やがてぞ参りつらめ」と奏(そう)す。又、一群の足音して、威儀ある武士、頭(かしら)まろげたる入道等(にふだふら)うち交(まじ)りて、札(ゐや」たてまつりて堂に昇(のぼ)る。貴人只今来りし武士にむかひて、「常陸(ひたち)は何とておそく参りたるぞ」とあれば、かの武士いふ。「白江(しらえ)・熊谷(くまがへ)の両士、公(きみ)に大御酒(おほみき)をすすめたてまつるとて実(まめ)やかなるに、臣も鮮(あさらけ)き物一種調(こう)じまゐらせんため、御従(みとも)に後(おく)れたてまつりぬ」と奏(そう)す。はやく酒肴(さかな)をつらねてすすめまゐらすれば、「万作酌(しやく)まゐれ」とぞ課(おほ)せらるる。
恐(かしこ)まりて、美相(びそう)の若士(わかさふらひ)膝行(ゐざり)よりて瓶子(へいじ)を捧(ささ)ぐ。
現代語訳
昔、最福寺(さいふくじ)の延郎法師(えんらふほふし)は世に比べようがないほど勝れた法華経の信奉者だったので、松の尾の神が、(それを賞されて)この仏法僧鳥を常に法師に仕えさせたという伝説があるので、この松の尾の神域にも住んでいたことが知られている。今夜珍しく、すでにこの鳥が鳴く声を聞いた。こんな時に感動せぬわけがあろうか」と言って、いつもたしなんでいる俳諧の一句をしばらく考えた末に詠みあげた。
鳥の音(ね)も,,,
(鳥の声も、秘密の山と同じようになんと神秘的に聞こえることか)
旅硯を取り出して、御灯の光をたよりに書きつけ、今一声聞きたいものだと耳を傾けると、思いがけず遠くの寺院の方から行列の先駆けの声が厳めしく聞えて少し近づいて来た。
「こんな夜中にどなたがお詣りになるのだろうか」といぶかしく思いながら又恐ろしく、親子は顔を見合わせ息を殺し、そちらの方ばかりをじっと見つめていると、早くも先払いの若侍が橋板を荒々しく踏んでこちらにやって来た。
驚いてお堂の右側に隠れようとするのを、武士が早くも見つけ、「何者だ。殿下が(こちらに)おいでになる。早く(縁から)下りよ」と言うので、慌てて簀子縁から下り、地面にうずくまってひれふした。ほどなく多くの足音が聞え、その中に沓音が高く響き、烏帽子を冠り直衣をお召しになった貴人がお堂に上られると、御付きの武士が四五人ほどその左右に座を占めた。
その貴人は(まわりの)人々に向って、「誰々はどうして来ないのだ」とおっしゃるのに、(武士たちは)「すぐに参るでしょう」と申し上げる。又、一群の足音がして、威厳に満ちた武士、頭を丸めた入道等が交りあって貴人に一札をしてお堂に昇る。貴人は今来た武士に向って、「常陸介、その方はどうして遅くやって来たのか」と仰せられると、その武士が言うには、「白江・熊谷の二人が殿下にお酒を差し上げようとまめまめしく用意しましたので、私も新鮮な魚を一品用意するため、お供に遅れましてござりまする」と申し上げた。さっそく酒肴を並べてお進め申し上げると、(貴人は)「万作酌をせよ」と仰せられる。
仰せを慎んで受けて、美男の若侍がにじり寄って酒徳利を捧げる。
語句
■最福寺(さいふくじ)-松尾山南麓の天台宗の古寺で、今は廃寺。延朗上人の開基。■延郎法師(えんらふほふし)-天台宗の高僧。但馬国(兵庫県)の人。承元二年(1208)没。七十九歳。■法華者(ほつけしや)-法華経の信仰が厚い人。■松の尾の御神-松尾神社の祭神。■神垣-松の尾の神域。■奇妙(きめう)-珍しく、不思議なこと。■心なからんや-前の詩の「人心有り」を受けた表現。「心」はここでは興趣、詩心などの意。■俳諧風(はいかいぶり)-五・七・五の十七音形を基本とする俳諧をいう。ここではその発句。■うちかたふいて-首を傾けて考えて。■鳥の音も…-出典不明。おそらく秋成の自作であろう。■秘密の山-真言秘密の御山。すなわち高野山をさす。■茂みかな-季語で夏の句。高野山の深い木立を詠んだのである。■旅硯(たびすずり)-旅行用の小型の硯。多くは木製。■御灯(みあかし)-灯籠堂の灯明。この灯籠は永代終夜灯(とも)されている。■前(さき)を追(お)ふ声-貴人の他行の際、行列に先立って、前方の通行人の先払いをする声。
■前駆(ぜんぐ)の-行列の先に立って先導する者。■橋板-灯籠堂の前方にかかる御廟(みびょう)橋。別名無明(むみょう)橋。その橋板。■殿下(でんか)-関白など朝廷における貴人の敬称。■わたらせ-「来る」の尊敬語。■跪(うずず)まる-本来は「うずすまる」で、土下座する意だが、秋成は「うずくまる」意で用いている。■沓(くつ)-公卿・武家などが装束の時に刷く浅沓で、多くは桐製黒漆塗の木履(ぼくり)。■烏帽子(えぼし)-冠り物で、地位や着用時(儀式など)によって数種ある。「直衣」は貴人の平服だが、「烏帽子(えぼし)直衣(なほし)」という場合は、摂関・大臣などの平服の冠・服装をいう。■右左に座をまうく-それぞれ貴人の左右の席につき、居並ぶ。■誰々-何某(なにがし)たち、ほどの意。いちいと名を挙げずに、人の遅参などを問いただしているさま。■課す-ここでは「仰す」と同意。■つらめ-正しくは「つらむ」。「つ」はここでは強意で、「らめ」は推量の助動詞。■常陸(ひたち)-木村常陸介重滋。豊臣秀次の重臣。文禄四年(1595)秀次高野山自刃の時、摂津五箇庄で自刃(浦庵太閤記)。一説に山崎の寺で(聚楽物語)。■白江備後守。秀次の臣。京四条の貞安寺で自刃。■熊谷-熊谷大膳亮。秀次の臣。嵯峨二尊院で自害。以上、行列に遅れたのは皆秀次と別な場所で自刃した人々。■大御酒(おほみき)-神・貴人に奉り、または賜る酒。■鮮(あさらけ)き物-鮮魚。■一種-ここでは一品。■万作-不破万作(ふわばんさく)。秀次の寵臣として有名な美少年。高野山で主に先立って殉死。十七歳。■恐(かしこ)まりて-仰せを慎んで受けて。■膝行(ゐざり)よりて-貴人に近づくには膝行が作法。■瓶子-酒徳利。
備考・補足
■仏法僧の声を聞いたことも、又、「秘密の山の茂みかな」の一句も、この高野山の地で自害に追い込まれた秀次主従の亡霊を呼び出し、それを見る契機となっている。高野山は権力に追われた亡命者を守る地であったが、秀次主従はその高野山に見捨てられ、切腹した人々である。■亡霊が秀次であることを伏せて「殿下」として述べている。
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