青頭巾 三

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されどこれらは皆女子(をんなご)にて男たるもののかかるためしを聞かず。凡そ女の性の慳(かだま)しきには、さる浅ましき鬼(もの)にも化するなり。又男子(なんし)にも隋(ずい)の煬帝(やうだい)の臣家(しんか)に麻叔謀(ましゅくぼう)といふもの、小児(せうに)の肉を嗜好(このみ)て、潜(ひそか)に民の小児を偸(ぬす)み、これを蒸(むし)て喫(くら)ひしもあなれど、是は浅ましき夷(えびす)心にて、主(あるじ)のかたり給ふとは異(こと)なり。

さるにてもかの僧の鬼になりつるこそ、過去(くわこ)の因縁(いんえん)にてぞあらめ。そも平生(つね)の行徳(ぎやうとく)のかしこかりしは、仏につかふる事に志誠(まごころ)を尽(つく)せしなれば、其の童児(わらは)をやしなはざらましかば、あはれよき法師なるべきものを。一たび愛欲(あいよく)の迷路(めいろ)に入りて、無明(むみやう)の業火(ごふくわ)の熾(さかん)なるより鬼と化したるも、ひとへに直(なほ)くたくましき性(さが)のなす所なるぞかし。『心放(ゆる)せば妖魔(えうま)となり、収(をさ)むる則(とき)は仏果(ぶつくわ)を得る』とは、此の法師がためしなりける。老衲(らうなふ)もしこの鬼を教化(けうげ)して本源(もと)の心にかへらしめなば、こよひの饗(あるじ)の報(むく)ひともなりなんかし」と、たふときこころざしを発(おこ)し給ふ。

荘主(あるじ)頭(かうべ)を畳(たたみ)に摺(すり)て、「御僧この事をなし給はば、此の国の人は浄土にうまれ出でたるがごとし」と、涙を流してよろこびけり。山里のやどり貝鐘も聞えず、廿日あまりの月も出でて、古戸の間(すき)に漏(もり)たるに、夜の深きをもしりて、「いざ休ませ給へ」とておのれも臥戸(ふしど)に入りぬ。山院人とどまらねば、楼門(ろうもん)は荊棘(うばら)おひかかり、経閣(きやうかく)もむなしく苔蒸(こけむし)ぬ。蜘網(くもあみ)をむすびて、諸仏を繋(つな)ぎ、燕子(つばくら)の糞護摩(くそごま)の床(ゆか)をうづみ、方丈廊房(ほうぢやうらうぼう)すべて物すさまじく荒れはてぬ。

日の影申(さる)にかたふく比(ころ)、快庵禅師寺に入りて錫(しやく)を鳴(なら)し給ひ、「遍参(へんさん)の僧今宵(こよひ)ばかりの宿をかし給へ」と、あまたたび叫(よべ)どもさらに応(こたへ)なし。眠蔵(めんぞう)より痩槁(やせがれ)たる僧の漸々(よわよわ)とあゆみ出で、咳(からひ)たる声して、「御僧は何処(いづち)通るとてここに来るや。此の寺はさる由縁(ゆゑ)ありてかく荒(あれ)はて、人も住まぬ野らとなりしかば、一粒(りふ)の斎糧(ときりやう)もなく。一宿(ひとよ)をかすべきはかりごともなし。はやく里に出でよ」といふ。

禅師いふ。「これは美濃の国を出でて、みちの奥(く)へいぬる旅なるが、この麓(ふもと)の里を過ぐるに、山の霊(かたち)、水の流れのおもしろさにおもはずもここにまうづ。日も斜めなれば里にくだらんもはるけし。ひたすら一宿(ひとよ)をかし給へ」。あるじの僧云ふ。「かく野らなる所はよからぬ事もあなり。強(しひ)てとどめがたし。強(しひ)てゆけとにもあらず。僧のこころにまかせよ」とて復(ふたた)び物をもいはず。こなたよりも一言(こと)を問はで、あるじのかたはらに座をしむる。看々(みるみる)日は入り果てて、宵闇(よひやみ)の夜のいとくらきに、灯(ひ)を点(あげ)ざればまのあたりさへわかぬに、只澗水(たにみず)の音ぞちかく聞ゆ。あるじの僧も又眠蔵(めんぞう)に入りて音なし。

現代語訳

しかしながら、これらの話は、皆、女の話であって、男がこのようなことになった例はいまだ聞いたことがない。およそ、女にはねじ曲がった本性があるために、このように浅ましい鬼・悪霊にも変身するのである。又、男においても隋の煬帝(やうだい)の臣下(しんか)の麻叔謀(ましゅくぼう)のように、幼子の肉を好んで、密かに民の幼子を盗み、これを蒸して食べたということがあるが、これは浅ましい野蛮な異国人の風習で、ご主人がお話しになったのとは違うようだ。

それにしてもその僧が鬼になったのこそ、過去の因縁というものであろう。そもそも、平常、修行・人徳に秀でていたのは、仏への奉仕に真心をこめて勤めたのであるから、その少年を養いさえしなければ、あわれ立派な高僧でいられただろうに…。一旦、愛欲の道に迷い込んで、火と燃える愛欲により鬼と化したのも、ひとえにまっすぐで一途さの強い本性が成したことといえよう。『心を欲望の中に解き放つと妖魔となるが、心を引き締め正せば仏果を得ることができる』という言葉があるが、これぞ、この法師のような例をいうのである。もし拙僧がこの鬼を教化して元の心を取り戻させたら、今夜の饗応(もてなし)に対するなによりのお返しになることであろう」と、尊い願いを起こされた。

主人は頭を畳に擦り付け、「お坊様がこのことを成し遂げて下さったなら、この土地の者にとっては皆、地獄から浄土に生まれ変わったような喜びになります」と涙を流して喜んだ。山奥の里のこと、寺の鐘の音も聞こえず、二十日過ぎの月も出て、その光が、古びた雨戸の間から覗き見え夜が更けたことがわかる。「さあ、ごゆるりとお休みなさいませ」と主人は言って、自分もそこを退いて寝所に入った。

山中の寺には誰一人住み着いていないから、楼門には生い茂った棘がおいかぶさり、経閣も苔むしてむなしいばかりである。蜘蛛は網を張り巡らせ、その蜘蛛の巣で、そこに鎮座する諸仏を繋ぎ合わせている。燕の糞が護摩壇の床に真っ白にうづみあがり、方丈も廊下もすべて物すさまじく荒れ果てている。

日が影って西に傾くころ、快庵禅師は寺に入って錫杖を鳴らし、「諸国遍歴の僧である。今夜一晩宿をお貸しください」と何度も叫びかけたがまったく返答がない。そのうちにやっと寝屋から枯れ木のようにやせ細った僧が弱々しく歩み出て、しわがれた声で、「お坊さんはどこへ行こうとしてここを通られるのか。此の寺はある訳があって、このように荒れ果て、人も住まない野原同然になり果てましたので、一粒の米も無く、一晩を過ごしていただくような用意もありませぬ。早く去って村里に下りられよ」と言った。

禅師は答えた。「愚僧は美濃国(みののくに)を出て、陸奥(みちのく)へ旅をしている者ですが、この麓の村里を通り過ぎるうちに、この山の形、水の流れの趣に深く感銘し、思わずここを訪ねてまいりました。日も傾き暗くなり、今から里に下るののもほど遠い。どうか一晩宿を貸していただけぬか」。主の僧は言った。「このように野原同然の所では不吉なことも起こりがちなのじゃ。強いてお引き留めするところではない。しかし、たって行けというのでもない。ご僧の心任せになさるがよい」。そう言って、二度と何も言わなかった。禅師の方からもそれ以上は一言も言わず、黙って主の僧の傍に座を占めて座っていた。みるみるうちに日は沈み果てて、宵闇の夜の非常な暗さに、灯火をかざさなければすぐ傍のものを見分けることさえできないが、どこの谷川の音が近くで聞えるだけである。主の僧も又寝屋に入ってしまって物音ひとつ聞えない。

語句

■隋-中国古代の国家(581~618)。■煬帝(やうだい)-二世の皇帝。父を殺して即位し、大運河開通の大事業を果たしたが、暴悪な専制君主で、奢移逸楽に耽り、人民の怒りを買って殺された。■麻叔謀(ましゅくぼう)-奇病の治癒のために子羊の肉を食い、ある時、人肉を食って味を覚えたのである。■臣下-家臣と同じ。■夷心-異国の野蛮な風習。食人鬼となるまでの過程ん違いを説明している。■因縁-仏教でいう前世からの約束事。■行徳-修行と人徳。■あはれ-さぞかし、あっぱれ、など賛嘆の意をこめた表現。■愛欲-仏道の妨げになる煩悩・欲念。■無明の業火-悪業のために身を苦しめることを地獄の猛火にたとえた語。一方には、情欲の火の意味も託されている。火と燃える愛欲が、僧を鬼にしたのである。■直くたくましき性-まっすぐで一途さの強い本性。■老衲(らうなふ)-僧の自称。「衲」は、ぼろで綴った衣。■教化-人を教え導き、また、道徳的、思想的な影響を与えて望ましい方向に進ませること。■浄土-極楽。■貝鐘も聞えず-山上の寺院が寺の役を果さず、救いのない辺地にあることを示す。■廿日あまりの月-二十日過ぎの月。月の出が遅いから深夜である。■山院-山中の寺。鬼と化した問題の僧の住む寺である。■楼門-二階造りの門。■荊棘(うばら)-いばら。ここでは広く雑草。■経閣-経典を収める楼の建物。■燕子(つばくら)-つばめ。■護摩の床-護摩を焚き祈祷する壇。密教系寺院に備わる。■方丈廊房-寺の住持の居間、「廊」は廻廊、「坊」は僧の居室。■申-時刻ならおよそ午後四~六時、方角なら西南よりやや西。どちらにしても夕刻をさす。■錫-錫杖。遍歴の僧が持つ。■眠蔵-寺の寝室。■野ら-「ら」は接尾語。「野」と同じだが、荒野の意が強い。■斎-仏家の食事。■はやく里に出でよ-食人鬼の僧も相手が僧であり、まだ日没前なので無事に帰したかったのであろう。■これは-自称。謡曲などに多い用法。■いぬる-行く。■山の霊-山容。「霊」の字をあてることによって、神聖な感を与える。■ひたすら-是非に、の意。■よからぬこともあなり-古くから廃院・荒地・深山などは魑魅(ちみ)が住むという考え方があった。その考え方の上に立って、食人鬼の怪を自ら予告している。■あなり-「あるなり」の略。■強いてゆけとにもあらず-禅師を見て、あるじの僧の心は、既に食肉の誘惑に揺れ動いているのである。もはや強いては追い帰そうとはしない。■宵闇-前に「廿日あまりの月」とあったから、宵には月は出ない。■点(あげ)ざれば-灯さなければ。■澗水(たにみず)-谷川。なお暗夜の静寂の中の物音の描写は秋成の怪異描写の前提条件。■影-月光。■玲瓏(れいろう)-清く美しく輝き光るさま。■いたらぬ隈もなし-隅々まで照らし出される表現。■子ひとつ-午前零時ごろ。■討ぬ-「尋ぬ」と同意。探す。■見ることなし-禅師の姿が見えないのである。■長嘘-ぐったりしてつく長い溜息。■黙(もだ)し-黙って。

備考・補足

■これまでは荘主の口を借りて語られた食人鬼の僧が初めて姿を現す。不気味な廃寺の中で、その人は意外にも痩せて弱々しい姿であった。禅師の宿泊をできることなら拒もうとする応答の中に、作者は、悪業に堕ちた者の中にわずかに残っている一脈の理性と、その内面の苦悩とを写そうとしている。そういう意味でも、この一編の主人公は快庵禅師ではなくて、食人鬼の僧とすべきであろう。

朗読・解説:左大臣光永

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