第四十七段 或人、清水へまゐりけるに、
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或人、清水へまゐりけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら「くさめくさめ」と言ひもて行きければ、「尼御前(あまごぜ)、何事をかくはのたまふぞ」と問ひけれども、答(いら)へもせず、なほ言ひやまざりけるを、度々(たびたび)問はれて、うち腹たちて、「やや、鼻ひたる時、かくまじなはねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡山(ひえのやま)に児(ちご)にておはしますが、ただ今もや鼻ひ給はんと思へば、かく申すぞかし」と言ひけり。有り難き志なりけんかし。
口語訳
ある人が清水寺に参詣した所、年老いた尼と道で一緒になったが、道すがら「くさめくさめ」と言いながら歩いているので「尼御前、何事をそのようにおっしゃっているのですか」と質問したが、やはり言いやまないのを、何度も質問されて、尼は腹を立てて「ええくそ、くしゃみをした時、このように呪文を唱えないと死ぬというので、乳母としてお育てしたわが養い君が比叡山に稚児としていらっしゃるのだが、たった今もしかしたら、くしゃみをなさっているかもと思えば、このように申しているのですよ」と言った。めったにない志であることよ。
語句
■清水寺 法相宗清水寺。京都東山にある。十一面観音を本尊とし、延暦17年(798年)坂上田村麻呂創建と伝えられる。 ■行きつれる 道で一緒になる。 ■くさめ 「はなひたる折の誦(ず)、休息万病(きゅうそくまんみょう)、急々如律令(きゅうきゅうじょりつりょう)、くさめなどいふには是にや」(『簾中抄』)。くしゃみを不吉なことと見て、不吉な事をふせぐため呪文を唱えた。 ■言ひもて 言いながら。「もて」は動作の進行。 ■御前 婦人に対する敬称。 ■やや 感動詞。ここでは「ええいっ」という感じ。 ■鼻ひたる くしゃみをする。 ■養ひ君 乳母としてお育てした方。 ■比叡山 天台宗の総本山延暦寺がある。
メモ
■素朴な老尼のやさしさが出ていて微笑ましい。まさに「有り難き志」。