第八十三段 竹林院入道左大臣殿、太政大臣にあがり給はんに

竹林院入道(ちくりんいんのにゅうどう)左大臣殿、太政大臣(だいじょうだいじん)にあがり給はんに、なにの滞りかおはせんなれども、「めづらしげなし。一上(いちのかみ)にてやみなん」とて、出家し給ひにけり。洞院左大臣殿、この事を甘心し給ひて、相国(しょうこく)の望みおはせざりけり。

「亢竜(こうりょう)の悔あり」とかやいふこと侍るなり。月満ちては欠け、物盛りにしては衰ふ。万の事、さきのつまりたるは、破れに近き道なり。

口語訳

竹林院入道左大臣殿が、太政大臣に昇進なさるのに、なんの障りも無くいらっしゃったのだが、「珍しいことも無い。左大臣で止めよう」ということで、御出家なさった。洞院左大臣殿が、この事に共感なさって、太政大臣になる望みはおありにならなかった。

亢竜(こうりょう)の悔…昇りつめた竜は後は下るだけなので、そこに悔いがあるとかいうことでございます。月が満ちると必ず欠けるし、物が盛えると必ず衰える。万事、先がつまっているのは、破滅に近い道なのである。

語句

■竹林院入道左大臣 西園寺公衡(さいおんじきんひら)。延慶2年(1309年)3月左大臣。同年6月出家。正和4年(1315年)没。52歳。 ■太政大臣 太政官の最高官。「則闕の官」といわれ適任者がいない時は空席となった。 ■一上 いちのかみ。左大臣の俗称。 ■洞院左大臣 藤原(洞院)実泰。文保2年(1318)から元亨(げんこう)2年(1322)までと元亨(げんこう)3年から翌年まで左大臣であったがいずれも辞任した。 ■甘心 納得する。同意する。同感する。 ■相国 太政大臣の中国風の言い方。 ■亢竜の悔 「亢竜悔ありとは、盈ちては久しかるべからざるなり」(易経・乾)。「亢」はのぼりつめる。のぼりつめた竜は後は下るしかない。そこが口惜しいことだ、という意味。 ■月満ちては欠け 「月満つれば則ちカけ、物盛りなれば則ち衰ふ」(史記・范雎蔡沢(はんしょさいたく)伝)

メモ

●普通の人はそこまで出世しないので安心してよい。「社長を目指す必要は無い」と言ってると一生係長で終わったり。
●上野東照宮の昇り竜

朗読・解説:左大臣光永

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