第八十四段 法顕三蔵の、天竺にわたりて
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法顕三蔵の、天竺にわたりて、故郷の扇(おーぎ)を見ては悲しび、病に臥しては漢の食を願い給ひける事を聞きて、「さばかりの人の、無下にこそ心弱き気色(けしき)を、人の国にて見え給ひけれ」と人の言ひしに、弘融僧都、「優に情ありける三蔵かな」と言ひたりしこそ、法師のやうにもあらず、心にくく覚えしか。
口語訳
法顕三蔵が、天竺に渡って、故郷の扇を見ては悲しみ、病に臥しては中国の食事を食べたいと願いなさった事を聞いて、「あれほどの人が、ひどく心弱い様子を、外国でお見せになったことだなあ」と言った所、弘融僧都が、「優しく情け深い三蔵だなあ」と言ったのは実に、法師のようにでもなく、奥ゆかしく思われたことよ。
語句
■法顕三蔵 中国東晋時代の高僧。天竺にわたって13年間滞在し帰国後、仏典の翻訳に努めた。「三蔵」は経・律・論からなる仏典の総称から、それらに通じている高僧のこと。旅行記「高僧法顕伝」がある。 ■扇 たたみ扇は日本にしかなく、これは団扇を指す。 ■心にくし 奥ゆかしい。 ■弘融僧都 兼好と同時代の人物で兼好の友人。兼好より四歳ほど年下。仁和寺の僧。弘舜僧正の弟子。
メモ
●それほどの人が見せた弱さに対する共感
●日蓮も晩年に故郷をなつかしんだ