第八段 世の人の心まどはす事、色欲にはしかず

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世の人の心まどはす事、色欲にはしかず。人の心はおろかなるものかな。匂ひなどはかりのものなるに、しばらく衣裳に薫物(たきもの)すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ずときめきするものなり。

久米の仙人の、物洗ふ女の脛(はぎ)の白きを見て、通(つう)を失ひけんは、誠に手足・はだへなどのきよらに、肥えあぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし。

口語訳

世の人の心をまどわすこととしては、色欲以上のものはない。人の心はおろかであるなあ。匂いなどというものは、かりそめのものなのに、一時的に衣裳に薫物をたきしいているだけと知りながら、何ともいえない匂いには、必ず心ときめいてしまうものだ。

久米の仙人が、洗濯していた女の脛が白いのを見て、神通力を失ったのは、まったく手足・肌などの清らかで、肥えて色艶がいいのは、薫物でつけた人工的な匂いなどと違って肉体本来の持つ魅力だから、なるほど久米仙人が神通力を失ったのも、もっともと思われる。

語句

■えならぬ匂ひ 何とも言えない匂い。 ■衣裳に薫物す 「君が為に衣裳に薫物すれども、君蘭麝(らんじゃ)をかぎて馨香(けいこう)とせず」(白氏文集・新楽府・大行路) ■久米の仙人 大和の久米寺の開基。伝説的人物。生没年未詳。『今昔物語集』12・24などに逸話が見える。洗濯女の足に欲情して神通力を失い、その女を妻としたが、後に回復して都の造営に力を貸したという。 ■外の色ならぬ 薫物の匂いのように一時的な人工的なニオイではなく、肉体そのものの魅力。「色」は欲望をかきたてる魅力。

メモ

■久米寺は橿原神宮の隣
■兼好も女嫌いを標榜しつつ、だいぶ惑わされた様子。

朗読・解説:左大臣光永

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