【夕顔 17】源氏、病より回復、右近に夕顔の素性をきく

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原文

九月二十日《ながつきはつか》のほどにぞおこたりはてたまひて、いといたく面痩《おもや》せたまへれど、なかなかいみじくなまめかしくて、ながめがちに音をのみ泣きたまふ。見たてまつり咎むる人もありて、御物の怪《け》なめりなどいふもあり。右近を召し出でて、のどやかなる夕暮に物語などしたまひて、「なほいとなむあやしき。などてその人と知られじとは隠いたまへりしぞ。まことに海人《あま》の子なりとも、さばかりに思ふを知らで隔てたまひしかばなむつらかりし」とのたまへば、「などてか深く隠しきこえたまふことははべらん。いつのほどにてかは、何ならぬ御名のりを聞こえたまはん。はじめよりあやしうおぼえぬさまなりし御事なれば、『現《うつつ》ともおぼえずなんある』とのたまひて、御名隠《がく》しもさばかりにこそはと、聞こえたまひながら、なほざりにこそ紛らはしたまふらめとなん、うきことに思したりし」と聞こゆれば、「あいなかりける心くらべどもかな、我はしか隔つる心もなかりき。ただかやうに人にゆるされぬふるまひをなん、まだならはぬことなる。内裏《うち》に諫《いさ》めのたまはするをはじめ、つつむこと多かる身にて、はかなく人に戯《たわぶ》れ言《ごと》を言ふもところせう、とりなしうるさき身のありさまになんあるを、はかなかりしタ《ゆふべ》より、あやしう心にかかりて、あながちに見たてまつりしも、かかるべき契りこそはものしたまひけめと、思ふもあはれになむ。またうち返しつらうおぼゆる。かう長かるまじきにては、などさしも心にしみてあはれとおぼえたまひけん。なほくはしく語れ。今は何ごとを隠すべきぞ。七日《なぬか》七日に仏《ほとけ》かかせても、誰《た》がためとか心の中《うち》にも思はん」とのたまへば、「何か隔てきこえさせはべらん。みづから忍び過ぐしたまひしことを、亡き御後《うしろ》に口さがなくやはと、思うたまふるばかりになん。親たちははや亡せたまひにき。三位中将《さんみのちゅうじょう》となん聞こえし。いとらうたきものに思ひきこえたまへりしかど、わが身のほどの心もとなさを思すめりしに、命さへたへたまはずなりにし後《のち》、はかなきもののたよりにて、頭中将なんまだ少将にものしたまひし時、見そめたてまつらせたまひて、三年《みとせ》ばかりは心ざしあるさまに通ひたまひしを、去年《こぞ》の秋ごろ、かの右の大殿よりいと恐ろしきことの聞こえ参《ま》で来《こ》しに、もの怖《お》ぢをわりなくしたまひし御心に、せん方なく思し怖ぢて、西の京に御乳母《めのと》の住みはべる所になむ、這《は》ひ隠れたまへりし。それもいと見苦しきに住みわびたまひて、山里に移ろひなんと思したりしを、今年よりは塞がりける方にはべりければ、違ふとて、あやしき所にものしたまひしを見あらはされたてまつりぬることと、思し嘆くめりし。世の人に似ずものづつみをしたまひて、人にもの思ふ気色を見えんを恥づかしきものにしたまひて、つれなくのみもてなして御覧ぜられたてまつりたまふめりしか」と語り出づるに、さればよと思しあはせて、いよいよあはれまさりぬ。「幼き人まどはしたりと中将の愁へしは、さる人や」と問ひたまふ。「しか。一昨年の春ぞものしたまへりし。女にていとらうたげになん」と語る。「さていづこにぞ。人にさとは知らせで、我に得させよ。あとはかなくいみじと思ふ御形見に、いと嬉しかるべくなん」とのたまふ。「かの中将にも伝ふべけれど、言ふかひなきかごと負ひなん。とざまかうざまにつけて、育まむに咎あるまじきを、そのあらん乳母などにも異ざまに言ひなしてものせよかし」など語らひたまふ。「さらばいと嬉しくなんはべるべき。かの西の京にて生ひ出でたまはんは心苦しくなん。はかばかしく扱ふ人なしとて、かしこになむ」と聞こゆ。

夕暮の静かなるに、空の気色いとあはれに、御前の前栽枯れ枯れに、虫の音も鳴きかれて、紅葉のやうやう色づくほど、絵に描きたるやうにおもしろきを見わたして、心より外にをかしき交らひかなと、かの夕顔の宿を思ひ出づるも恥づかし。竹の中に家鳩といふ鳥のふつつかに鳴くを聞きたまひて、かのありし院にこの鳥の鳴きしをいと恐ろしと思ひたりしさま面影にらうたく思し出でらえれば、「年齢は幾つにかものしたまひし。あやしく世の人に似ず、あえかに見えたまひしも、かく長かるまじくてなりけり」とのたまふ。「十九にやなりたまひけん。右近は、亡くなりにける御乳母の捨ておきてはべりければ、三位の君のらうたがりたまひて、かの御あたり去らず生ほし立てたまひしを、思ひたまへ出づれば、いかでか世にはべらんとすらん。いとしも人にと、くやしくなん。ものはかなげにものしたまひし人の御心を頼もしき人にて、年ごろならひはべりけること」と聞こゆ。「はかなびたるこそはらうたけれ。かしこく人になびかぬ、いと心づきなきわざなり。みづからはかばかしくすくよかならぬ心ならひに、女はただやはらかに、とりはづして人に欺かれぬべきが、さすがにものづつみし、見ん人の心には従はんなむあはれにて、わが心のままにとり直して見んに、なつかしくおぼゆべき」などのたまへば、「この方の御好みにはもて離れたまはざりけりと思ひたまふるにも、口惜しくはべるわざかな」とて泣く。空のうち曇りて、風冷やかなるに、いといたくながめたまひて、

見し人の煙を雲とながむればタの空もむつましきかな

と、独りごちたまへど、えさし答へも聞こえず。かやうにておはせましかばと思ふにも、胸ふたがりておぼゆ。耳かしがましかりし砧の音を思し出づるさへ恋しくて、「正に長き夜」と、うち誦じて臥したまへり。

現代語訳

九月二十日のあたりに病が全快なさって、源氏の君は、たいそう酷くお痩せになったけれど、かえって優美におなりで、ぼんやりと物思いがちになり、声を上げてお泣きになる。

そんな源氏の君のご様子を拝見して、いぶかしがる人もあって、御物の怪のせいであろうなどと言う者もある。

源氏の君は右近を召し出して、のんびりした夕暮に物語などなさって、(源氏)「やはり不思議で仕方がない。どうしてその人と知られまいと(あなたの主人の夕顔は)お隠しになっていたのだ。ほんとうに海人の子であったとしても、あれほど私が思っているのを知らないで隔てある態度をおとりになっていたのが、つらかった」とおっしゃると、(右近)「どうして深くお隠し申し上げることがございましょうか。しかし、どんな折に、格別のものでもない御名のりを申し上げる機会がこざいましたでしょう。始めから不思議で、思いもしない様子であった御事でございますので、(夕顔)『現実とも思えずにいます』とおっしゃって、御名を隠しておられるのも、きっと源氏の君でもあるのでしょうと、おっしゃりながら、いい加減な気持ちだから正体をごまかしているのでしょうと、残念なことに思われていました」と申し上げると、(源氏)「つまらない意地の張り合いをしたものだね。私はそんな他人行儀をするつもりもなかったのだ。ただこのように、人から許されないふるまいを、まだやりなれていないのだ。帝からのお諌めをお受けすることをはじめ、世間に隠すことの多い身分であるので、ちょっとした戯れ言を人に言うこともはばかりがあり、周囲の取りざたがわずらわしい身のありさまだから、あのちょっとした事(五条で夕顔の花を贈られた事)のあった夕方から、不思議に心にかかって、強引にお逢い申したのも、このような事になる前世からの宿縁であったのだろうと、思うにつけてもしみじみとあわれ深い。また逆に、お逢いしたことが恨めしくも思われる。このように長い関係になれないのであれば、どうしてあんなにも心にしみて愛しいと思われなさったのか。もっと詳しく語れ。今は何ごとを隠す必要があろうか。七日七日に仏像を描かせても、誰のためと心の内に思えばよいのか」とおっしゃると、(右近)「どうしてお隠し申し上げましょう。ただご自身が隠されてお過ごしなさっていたことを、亡き後に口うるさく話したりしてはと、存じますだけでございます。姫君の両親ははやくお亡くなりになりました。三位中将と聞いております。たいそう姫君を可愛く思い申し上げておられましたが、ご自身の身分の不安定なのを心配されてい上に、命までも耐えられずお亡くなりになられた後、ちょっとした縁で、頭中将がまだ少将でいらした時、お見初めなさって、三年ばかりは愛情深いようすでお通いになりましたが、去年の秋ごろ、あの右大臣家からたいそう恐ろしいことが聞こえて参りましたので、むやみに物怖じなさる御心に、どうしようもなく怖がられて、西の京に御乳母が住んでございます所に、そっとお隠れになりました。それもひどく見苦しい所で、住んでいられなくなられて、山里に移のたいと思われていたのを、今年からは方塞がりの方角でございましたので、方違えをしようということで、見すぼらしい所に住まわれていたのを見つけられてしまったことと、お嘆きのご様子でした。(夕顔の女君は)世間の人とちがって内気でいらっしゃって、人にもの思わしげな様子を見られるのを恥ずかしいものに思われて、ただ何気ないふうによそおって、お目にかかっていらっしゃるようでした」と右近が語り出すにつけても、源氏の君は、やっぱり頭中将の言っていた女だったのだなと合点されて、いよいよ哀れさがつのった。

(源氏)「幼い人を行方不明にしたと中将がこぼしていたのは、そういう人があったのか」とおききになる。(右近)「そうでございます。一昨年の春、お生まれになりました。女の子でたいそうかわいらしい子でございます」と語る。

(源氏)「さあその子はどこにいるのか。人にそれとは知らせずに、私に預からせてくれ。跡形もなくいなくなってしまった、ひどく悲しいと思うあの人(夕顔)の御形見に、(その子を引き取るのは)たいそう嬉しいことだろう」とおっしゃる。

(源氏)「あの中将にも伝えるべきだろうが、言ってもかいのない非難をあびせられるだろう。いずれにしても、私がその子を養育するのに問題はないだろうから、そのさっき言っていた乳母などにも適当に言いつくろって、その子を連れてきてくれ」などとお話になる。

(右近)「そうなればたいそう嬉しいことでしょう。あの西の京で生まれ育たれることは気の毒でございます。しっかりと世話をする人がないからと、あそこにいるのですが」と申し上げる。

夕暮れの静かな時間に、空のようすはたいそう趣深く、御前の植込みはあちこち枯れており、虫の声も鳴きかれて、紅葉がだんたでん色づいてくる時期で、絵に描いたように風情のある庭の景色を右近は見渡して、予想外に趣のあるお勤めだなと、あのみすぼらしい夕顔の五条のすまいを思い出しても、恥ずかしく思う。

源氏の君は、竹藪の中に家鳩という鳥が不器用に鳴くのをお聞きになって、あの、夕顔と一緒に訪れた廃院にこの鳥が鳴いたのを、夕顔はたいそう恐ろしいと思ったようすが幻となって、かわいらしく思い出されるので、(源氏)「年はいくつであられたのか。不思議に世間の人とちがって、弱々しく拝見されたのも、このように長生きはできないことからだったか」とおっしゃる。

(右近)「十九におなりでした。右近は、亡くなった御乳母(右近の母で夕顔の乳母)が捨て置かれましたので、三位の君(夕顔の実父)が可愛がってくださり、あの方(夕顔)の御そばを離れず養育してくださいましたのを、思い出し申し上げるにつけても、どうして私はこの世にとどまってございますのでしょう。「いとしも人に」といいますように、慣れ親しんだことがかえって悔やまれるのでございます。頼りなさそうでいらしたあの方(夕顔の君)の御心を、たのみの御方として、長年慣れ親しんできましたことですよ」と申し上げる。

(源氏)「女ははかない感じなのが可愛いくてよい。頭が切れて人の言うことをきかないのは、ひどく感心できないことだ。私自身はてきぱきせず、しっかりしていない性分なので、女はただ柔和で、うっかりすると人に騙されるような人で、そうはいってもやはり慎み深く、夫の心には従順なのが可愛げがあって、自分の思うままに女の性質を作り直して妻としたら、愛しく思われるに違いない」などとおっしゃると、(右近)「この方(源氏の君)の御好みにはそうかけ離れてはいらっしゃらなかったと思いますにつけても、口惜しいことですよ」といって泣く。

空が曇って、風が冷ややかである中、源氏の君はたいそうひどくぼんやりと物思いに沈まれて、

(源氏)見し人の…

(かつて連れ添った愛しい人を焼いた煙だと思って雲をながめると、夕方の空も親しみ深く感じられることよ)

と独り言をおっしゃるが、右近は答えも申し上げることができない。このようにして夕顔の女君が生きていらしたらと思うにつけても胸がつまる思いがする。

源氏の君は、耳にさわがしい砧の音を思い出されるのさえ恋しくて、「正に長き夜」と、朗唱して横になられた。

語句

■海人の子 夕顔が「海人の子なれば」と言ったのを受ける(【夕顔 11】)。 ■あいなかりける 「あいなし」はつまらない。 ■とりなし 「取り成す」の名詞化。言いふらし。取沙汰。 ■はかなかりし夕 ちょっとした事のあったいつかの夕方。五条で夕顔の花を贈られたこと。 ■うち返し 逆に。 ■七日七日 死者の供養のため、死後七日ごとに十三仏を絵に描き、または像をつくること。 ■三位中将 三位かつ近衛中将である者。 ■かの右の大殿より… 頭中将の妻の実家右大臣家が、頭中将にひそかに通う女がいることを知って脅迫してきたことは前述。 ■参で来しに 「参り出で」の約。 ■西の京 平安京の西側。右京。開発が遅れた。 ■塞がりける方 方塞がりの方角。 ■さればよ 頭中将は「かの撫子のらうたくはべりしかば」といって、女(夕顔)に子があることをにおわせていた(【帚木 08】)。 ■あとはかなく 「あとはかなし」は痕跡もない。夕顔が死んでしまったことをいう。 ■いみじと思ふ 「いみじと思ふ人」の意。 ■とざまこうざまにさけて いずれにしても。夕顔の子であることにおいても、頭中将の子であることにおいても。 ■御乳母 夕顔の乳母で右近の実母である女性。夕顔と右近は乳姉妹にあたる。 ■三位の君 夕顔の実父。右近が孤児になったので、実娘の夕顔といっしょに、右近を養育してくれたのである。 ■いとしも人に 「思ふとていとしも人にむつれけむしかならひてぞ見ねば恋しき」。あの人のことを思っているからといって、どうして仲睦まじくなったのだろうか。それが習慣となって見ないでいると恋しいの意。 ■見し人の… 『紫式部集』に、式部が夫藤原宣孝を失った後の思いを詠んだ歌がある。「世のはなかきことを嘆くころ、陸奥に名ある所にかいたるを見て、塩釜の浦/見し人の煙となりし夕より名ぞむつましき塩釜の浦」。 ■耳かしがましかりし砧の音 中秋の夜、夕顔の宿にとまったときのこと(【夕顔 10】)。■正に長き夜 「誰ガ家ノ思婦カ秋帛(はく)を擣(う)ツ」 月苦(さや)カニ風凄ジク砧杵(ちんしょ)悲シメリ 八月九日正ニ長キ夜 千声万声了(や)ム時無シ 応(まさ)ニ天明ニ到ラバ頭(かうべ)尽クニ白カルベシ」(白氏文集巻十九・律詩・聞夜砧)。

朗読・解説:左大臣光永

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