【明石 09】入道、娘への期待を源氏に語る 源氏、娘に興味を抱く
いたく更けゆくままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに澄みまさり、静かなるほどに、御物語残りなく聞こえて、この浦に住みはじめしほどの心づかひ、後の世を勤むるさまかきくづし聞こえて、このむすめのありさま、問はず語りに聞こゆ。をかしきものの、さすがにあはれと聞きたまふ節《ふし》もあり。「いととり申しがたきことなれど、わが君、かうおぼえなき世界に、仮にても移ろひおはしましたるは、もし、年ごろ老法師《おいほふし》の祈り申しはべる神仏の憐《あはれ》びおはしまして、しばしのほど御心をも悩ましたてまつるにやとなん思うたまふる。そのゆゑは、住吉の神を頼みはじめたてまつりて、この十八年になりはべりぬ。女《め》の童《わらは》のいときなうはべりしより、思ふ心はべりて、年ごとの春秋ごとに必ずかの御社に参ることなむはべる。昼夜の六時の勤めに、みづからの蓮《はちす》の上の願ひをばさるものにて、ただこの人を高き本意《ほい》かなへたまへとなん念じはべる。前《さき》の世の契りつたなくてこそかく口惜しき山がつとなりはべりけめ、親、大臣の位をたもちたまへりき。みづからかく田舎《ゐなか》の民となりにてはべり。次々さのみ劣りまからば、何の身にかなりはべらんと、悲しく思ひはべるを、これは生まれし時より頼むところなんはべる。いかにして都の貴《たか》き人に奉らんと思ふ心深きにより、ほどほどにつけて、あまたの人のそねみを負ひ、身のためからき目をみるをりをりも多くはべれど、さらに苦しみと思ひはべらず。『命の限りはせばき衣にもはぐくみはべりなむ。かくながら見捨てはべりなば、浪の中にもまじり失せね』となん掟《おき》てはべる」など、すべてまねぶべくもあらぬ事どもを、うち泣きうち泣き聞こゆ。君もものをさまざま思しつづくるをりからは、うち涙ぐみつつ聞こしめす。
「横さまの罪に当りて、思ひかけぬ世界に漂ふも、何罪にかとおぼつかなく思ひつるを、今宵の御物語に聞きあはすれば、げに浅からぬ前《さき》の世の契りにこそはとあはれになむ。などかは、かくさだかに思ひ知りたまひけることを、今までは告げたまはざりつらむ。都離れし時より、世の常なきもあぢきなう、行ひよりほかの事なくて月日を経《ふ》るに、心もみなくづほれにけり。かかる人ものしたまふとはほの聞きながら、いたづら人をば、ゆゆしきものにこそ思ひ棄てたまふらめ、と思ひ屈《く》しつるを、さらば導きたまふべきにこそあなれ。心細き独り寝の慰めにも」などのたまふを、限りなくうれしと思へり。
「ひとり寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしのうらさびしさを
まして年月思ひたまへわたるいぶせさを、推《お》しはからせたまへ」と聞こゆるけはひ、うちわななきたれど、さすがにゆゑなからず。「されど浦なれたまへらむ人は」とて、
旅ごろもうらがなしさにあかしかね草の枕は夢もむすばず。
と、うち乱れたまへる御さまは、いとぞ愛敬《あいぎやう》づき、いふよしなき御けはひなる。
数知らぬ事ども聞こえ尽くしたれど、うるさしや。ひが事《こと》どもに書きなしたれば、いとどをこにかたくなしき入道の心ばへも、あらはれぬべかめり。
現代語訳
夜がたいそう更け行くにつれて、浜風が涼しくなって、月も西に傾くにつれていよいよ澄んで、静かな時分に、入道は残り無くお話を申し上げて、この浦に住みはじめた頃の気づかいや、極楽往生をねがっておつとめをするようすを少しずつぼつぼつとお話申し上げて、自分の娘のありさまを、聞かれぬままにお話申し上げる。
源氏の君はそれをおかしいとも思われるが、さすがにしみじみ胸をうたれる思いでお聞きになる節もある。
(入道)「取り立てて申し上げるのもおかしなことですが、貴方さまがこうして見知らぬ土地に、たとえ一時でもお移りあそばしたことは、もしかしたら、長年この老法師が祈り申し上げておりました神仏が憐れみをお垂れになって、しばらくの間、君の御心を悩まし申し上げているのではなかろうかと存じます。というのは、住吉の神を頼みはじめ申し上げて以来、十八年になります。あれが幼い女の童でございました頃から、考えがございまして、毎年の春秋ごとに必ずあの御社に参っていたのでございます。昼夜の六時のおつとめに、自分自身の極楽往生を願うことはさておき、ひたすらこの人の高望みをおかねえくださいましと祈っおります。私は前世の因縁が悪くてこのように残念な山賤に落ちぶれたのでしょうが、親は大臣の位を保っておられました。私の代にこんな田舎の民と成り果てたのでございます。次々とこうしてばかり落ちぶれていきましたら、どんな身になりましょうと、悲しく存じておりますが、この娘は、生まれた時きから期待をかけているところがございます。どうにかして都の貴人に差し上げようと思う心が深いので、卑しき身分ながら、多くの人の嫉みを買い、自分自身としても辛いをみる折々も多くございますが、まったく苦しみとは思いません。わが命が続く限りは貧しい中にも守り育てましょう、このまま私が先立ってしまったら、浪の中にも身を投げてしまえ』と命じてございます」など、すべてそのまま書き記すこともできないようなさまざまな事を、泣く泣く申し上げる。
源氏の君も、さまざま物思いをつづけていらっしゃった折も折なので、涙ぐみながらお聞きになる。
(源氏)「言われない罪を負って、思いがけない土地に漂っているのも、何の罪によってかとさっぱりわからない思いでいたが、今宵の御物語をうかがって考え合わせてみると、なるほど浅からぬ前世の約束であったのだとしみじみ感慨深い。どうして、こうはっきりとおわかりだったことを、今まではお知らせくださらなかったのでしょう。都を離れた時から、世の無常についてもつまらない思いで、仏事のおつとめのほかの事はなくて月日を過ごしてきましたが、心もすっかり折れてしまいました。そういう人がいらっしゃるとは少し聞いてはおりましたが、私のような世に捨てられた者を、縁起でもないとお見捨てになるに違いない、としょげかえっておりましたが、それならばご案内くださるのでしょうね。心細い独り寝の慰めにもいたしましょう」などおっしゃるのを、入道はどこまでも嬉しく思うのだ。
(入道)「ひとり寝は…
(ひとり寝の寂しさは貴方さまもおわかりになったでしょうか。所在なきままに物思いに沈んで明石の浦で夜を明かす、娘の、うらさびしい思いを)
それにもまして、長い年月、明石の浦で思案にすごしております私が、どんなにやるせない思いであるか、ご推察ください」と申し上げるようすは、わなわなと震えているが、やはり品格がある。
(源氏)「しかし浦住まいに慣れていらっしゃる方なら、それほど寂しくもないでしょうに」といって、
(源氏)旅ごろも…
(旅衣を着ていることのうら悲しさに眠ることができず、夜がなかなか明けず、おちおち夢を見ることもできません)
と、くつろいでいらっしゃる源氏の君の御姿は、たいそう魅力的で、言いようのないご様子であられる。
入道は実に多くの事を源氏の君にお話しし尽くしたが、それをすべてここに記すのは煩雑であろう。
あえて事実とは異なることも、いろいろと書いてあるから、それによって、ひどく滑稽で頑固な入道の性格が、かえって浮き彫りになりそうな気がする。
語句
■かきくづし 「かきくづす」は少しずつぼつぼつと話すこと。 ■問はず語りに 「問はず語り」は聞かれてもいないのに自分から話すこと。 ■とり申しがたきこと 「とり申す」は取り立てて申し上げる。 ■この十八年になりはべりぬ 若紫巻には娘はすでに方々から求婚されているとあった(【若紫 03】)。作中ではそれから九年の歳月が流れているが、娘は十八歳というのは矛盾する。 ■昼夜の六時の勤め 六時礼賛。晨朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜の六回、勤行する。 ■蓮の上の願い 念仏の功徳により死ぬ時に阿弥陀如来が来迎し極楽浄土に生まれ変わる。 ■生まれし時より頼むところ 「女は心高くつかふべきものなり。おのれ、かかる田舎人なりとて、思し捨てじ」(【須磨 19】)。 ■せばき衣 貧しいことのたとえ。 ■浪の中にもまじり失せね (【若紫 03】)。 ■掟て 「掟《おき》つ」は指図する。命令する。 ■おりからは 「は」は強調。須磨で、明石で、侘しい思いをしている今、この折だからこそ、源氏は入道の話に共感できるのである。 ■横さまの罪 「横様」は、ふつうでない、異常なさま。 ■何の罪にかと 離郷に際して源氏は藤壺との密通を「罪」とみなし、そのため須磨に下るのだという考えがあった
「かく思ひかけぬ罪に当りはべるも、思うたまへあはすることの一ふしになむ、空も恐ろしうはべる」(【須磨 07】)。しかしここで、明石の君との前世からの契のために須磨に下ったのだという新たな解釈が加えられる。 ■かくさだかに思ひ知りたまひけること 住吉明神の力によって源氏が明石の君と逢うために須磨にうつってきたこと。 ■いたづら人 どうしようもない人。世間に見捨てられ、無位無官となった今の源氏。 ■慰めにも 下に「せむ」が省略。 ■ひとり寝は… 「あかし」に夜を「明かし」と「明石」をかける。 ■まして 娘にもまして私の。 ■うちわななきたれど 入道は長年秘めてきたことを源氏に打ち明けて気分が高揚している。 ■浦なれたまへらむ人は 下に「私がさびしく思っているほど寂しくは思いますまい」の意が省略。 ■旅ごろも… 「旅ごろも」は「うらがなし」の序詞。「衣」と「裏」は縁語。縁語とは同じ世界感・設定にもとづくモチーフのこと。「明かしかね」に「明石」をかける。「夢を結ぶ」は男女が同衾することを暗示。 ■うち乱れたる 「乱る」はくつろいでいる。ゆったりしている。 ■数知らぬ事ども… 以下、「あらはれぬべかめり」まで草子文。 ■ひが事 事実と反したこと。デタラメという意味でなく、事実そのままではないにしても入道の人柄を語るにぴったりなエピソードということだろう。