【絵合 01】前斎宮の入内 朱雀院から格別の贈り物

前斎宮の御参りのこと、中宮の御心に入れてもよほしきこえたまふ、こまかなる御とぶらひまで、とり立てたる御|後見《うしろみ》もなしと思しやれど、大殿は、院に聞こしめさむことを憚りたまひて、二条院に渡したてまつらむことをも、この度は思しとまりて、ただ知らず顔にもてなしたまへれど、おほかたの事どもはとりもちて、親めききこえたまふ。

院はいと口惜しく思しめせど、人わろければ、御|消息《せうそこ》など絶えにたるを、その日になりて、えならぬ御よそひども、御櫛の箱、うちみだりの箱、香壺《かうご》の箱ども世の常ならず、くさぐさの御|薫物《たきもの》ども、薫衣香《くぬえかう》、またなきさまに、百|歩《ぶ》の外《ほか》を多く過ぎ匂ふまで、心ことにととのへさせたまへり。大臣見たまひもせんにと、かねてよりや思し設《まう》けけむ、いとわざとがましかむめり。

殿も渡りたまへるほどにて、かくなむと女別当《によべたう》御覧ぜさす。ただ御櫛の箱の片つ方《かた》を見たまふに、尽きせずこまかになまめきてめづらしきさまなり。さし櫛の箱の心葉《こころば》に、

わかれ路《ぢ》に添へし小櫛《をぐし》をかごとにてはるけきなかと神やいさめし

現代語訳

前斎宮のご入内のことは、中宮(藤壺)が熱心にご催促あそばれるが、こまごまとお世話申し上げるまでの、これといっての御後見もないことを源氏の大臣はご心配になるが、朱雀院がお耳にされることをご遠慮なさって、二条院に前斎宮をお移し申し上げることも、今回は思いとどまられて、ただ知らぬ顔でお世話申し上げるけれど、それでも一通りの事どもお引き受けになり、源氏の大臣は前斎宮を、親のようにお世話申し上げなさる。

院はたいそう口惜しく思し召されたが、外聞が悪いので、御手紙などは途絶えてしまっていたのを、入内当日になって、えもいわれぬ多くの御衣装、御櫛の箱、打ち乱の箱、香壺の箱といった物どもを常の世にはないありさまに調え、多くの御薫物、薫衣香《くぬえこう》を二つとないありさまに、百歩離れたところよりさらに先までも匂うまでに、格別な趣向で調えさせあそばされた。

源氏の大臣がご覧になるかもしれないと、以前からお考えになり準備しておられたのだろうか、たいそう意匠を凝らしていらっしゃるようだ。

その源氏の大臣もおいでになっていらっしゃったので、「こうこうです」と女別当が朱雀院から贈られた品々をご覧に入れる。君はただ御櫛の片隅をご覧になると、どこまでも細やかに意匠を凝らして、優に美しく、滅多にないようすである。さし櫛の箱の飾花に、

(朱雀院)わかれ路に…

(貴女を伊勢にお送りした時、「都の方に帰りたもうな」と小櫛をさしそえたが、それを理由にして、はるかに疎遠になってしまえと神がお禁止なさったのだろうか)

語句

■前斎宮 故六条御息所の娘。前斎宮。朱雀帝譲位により都にもどっている。 ■中宮 藤壺。入道の宮。入道后の宮。故桐壺帝の中宮で現中宮ではないが、今上の冷泉帝にまだ中宮がいないことにより、こう呼んだものか。現在は太上天皇なみの待遇である(【澪標 11】)。 ■御心に入れて 熱心に。 ■大殿 源氏。帰郷後、内大臣に昇進(【澪標 03】)。 ■院 朱雀院。前斎宮に秘かに懸想している。源氏はそれを知りながら前斎宮の入内をはかることについていささか気が引けていた(【澪標 17】)。 ■おほかたの事ども 入内にむけての一通りの準備。 ■人わろければ 朱雀院は六条御息所が存命のころから前斎宮に参院をすすめてご執心であった。今回、朱雀院のご意向は打ち破られた形となったわけで、それが外聞悪いというのである。 ■御櫛の箱 前斎宮が伊勢に下った際の「別れの小櫛」の儀式が念頭にある。 ■うちみだりの箱 さまざまな調度品を入れる箱。 ■香壺の箱 香を入れた壺を入れる箱。 ■薫衣香 衣にたきしく香。 ■大臣見たまひもせん 朱雀院は自分の意向をはばんだのが源氏のしわざと見ている。ことさら恨むというわけではないが、やはり納得いかない気持ちがあろう。 ■女別当 斎宮寮の長官は男女一人ずつがなるが、その女のほう。 ■さし櫛 飾り櫛。 ■心葉 贈り物に添える飾り花。 ■わかれ路に… 斎宮が伊勢に下向した時の儀式をふまえる。大極殿で帝が斎宮の頭に小櫛をさして「都の方に帰りたまふな」と言うもの(【賢木 06】)。

朗読・解説:左大臣光永

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