【絵合 05】朱雀院、源氏と語らう 斎宮の女御の話題はほのかに 帝の後宮、斎宮の女御方と弘徽殿の女御方で競い合う

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原文

院には、かの櫛の箱の御返り御覧ぜしにつけても、御心離れがたかりけり。そのころ大臣の参りたまへるに、御物語こまやかなり。事のついでに、斎宮の下りたまひしこと、さきざきものたまひ出づれば、聞こえ出でたまひて、さ思ふ心なむありしなどはえあらはしたまはず。大臣も、かかる御気色聞き顔にはあらで、ただいかが思したるとゆかしさに、とかうかの御ことをのたまひ出づるに、あはれなる御気色あさはかならず見ゆれば、いといとほしく思す。

めでたしと思ほししみにける御|容貌《かたち》、いかやうなるをかしさにかと、ゆかしう思ひきこえたまへど、さらにえ見たてまつりたまはぬを、ねたう思ほす。いと重りかにて、ゆめにもいはけたる御ふるまひなどのあらばこそ、おのづからほの見えたまふついでもあらめ、心にくき御けはひのみ深さまされば、見たてまつりたまふままに、いとあらまほし、と思ひきこえたまへり。

かく隙間《すきま》なくて二《ふた》ところさぶらひたまへば、兵部卿宮《ひやうぶきやうのみや》、すがすがともえ思ほし立たず、帝大人びたまひなば、さりともえ思ほし棄てじ、とぞ待ち過ぐしたまふ。二ところの御おぼえども、とりどりに、いどみたまへり。

現代語訳

院にあらせられては、あの櫛の箱の御返事を御覧になったことにつけても、斎宮の女御から御心がなかなか離れないでいらっしゃった。

そのころ源氏の大臣が参内なさったので、こまごまとお話なさった。事のついでに、斎宮が伊勢に下られたこと、これは以前もお話に出たが、今回も院は仰せいだしになって、「そのように思う心があったのだ」、などは表に出すこともおできにならない。

源氏の大臣も、こうした院のお気持ちを聞き知っているという顔はせずに、ただどう思っていらっしゃるのだろうと知りたくて、あれこれと斎宮の女御の御ことを仰せいだしになるにつけ、院がしみじみ胸打たれていらっしゃるご様子は並々出ないと見えるので、源氏の大臣は、そんな院のことを、まことにおいたわしいとお思いになる。

「ここまで院が美しい方としみじみ思いを寄せていらっしゃる斎宮の女御の御器量は、どんな素晴らしさなのか」、源氏の大臣は知りたいとお思いになるが、まったく拝見することがおできにならないのを、妬ましくお思いになる。たいそう重々しく落ち着いて、かりにも子供じみた御ふるまいなとがあれば、自然と少しは拝見する機会もあるだろうが、奥ゆかしい御様子ばかり深まりまさる一方なので、そういう物腰を拝されるにつれて、とても申し分のない御方だと、ご想像申し上げなさる。

このように帝のお側には、隙間なく御ニ方がお仕えしていらっしゃるので、兵部卿宮は、娘の入内をきっぱりとご決心することができず、「帝がご成人なさったら、いからなんでもお見棄てなさるまい」と待ち過ごしていらっしゃる。御ニ方のご寵愛はそれぞれ篤く、競い合っていらっしゃる。

語句

■かの櫛の箱の御返り 斎宮の女御からの返歌「別るとてはるかにいひしひとこともかへりてものは今ぞかなしき」(【絵合 02】)。 ■さきざきものたまひ出づれば 「かの斎宮の下りたまひし日のこと、容貌のをかしくおはせしなど語らせたまふに」(【賢木 23】)。 ■さ思ふ心 斎宮女御を恋い慕う気持ち。 ■えあらはしたまはず 朱雀院は自分の意向が源氏によって阻止されたことを薄々感じている
。だからこそ斎宮の女御に恋心を抱いていたことを言い出すことができない。 ■さらにえ見たてまつりたまはぬ 「さらに…ぬ」で強い打消。 ■ニところ 弘徽殿女御と斎宮の女御。その後には権中納言と源氏がいる。 ■兵部卿宮 藤壺の兄。紫の上の父。娘の中の君の入内を望んでいる。「兵部卿宮の、姫君をいつしかとかしづき騒ぎたまふめる」(【澪標 17】)。

朗読・解説:左大臣光永

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