【絵合 06】帝、絵を通して斎宮の女御と親しむ 権中納言方(弘徽殿の女御方)と源氏方(斎宮の女御方)、絵の収集に競い合う

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原文

上はよろづの事にすぐれて絵を興あるものに思したり。立てて好ませたまへばにや、二《に》なく描《か》かせたまふ。斎宮の女御、いとをかしう描かせたまひければ、これに御心移りて、渡らせたまひつつ、描きかよはさせたまふ。殿上の若き人々もこの事まねぶをば、御心とどめてをかしきものに思ほしたれば、まして、をかしげなる人の、心ばヘあるさまに、まほならず描きすさび、なまめかしう添ひ臥して、とかく筆うちやすらひたまへる御さま、らうたげさに御心しみて、いとしげう渡らせたまひて、ありしよりけに御思ひまされるを、権中納言聞きたまひて、あくまでかどかどしく今めきたまへる御心にて、我人に劣りなむやと思しはげみて、すぐれたる上手どもを召し取りて、いみじくいましめて、またなきさまなる絵どもを、二なき紙どもに描き集めさせたまふ。「物語絵こそ心ばへ見えて見どころあるものなれ」とて、おもしろく心ばヘあるかぎりを選りつつ描かせたまふ。例の月次《つきなみ》の絵も、見馴れぬさまに、言の葉を書きつづけて御覧ぜさせたまふ。わざとをかしうしたれば、またこなたにてもこれを御覧ずるに、心やすくも取り出でたまはず、いといたく秘めて、この御方へ持て渡らせたまふを惜しみ領じたまへば、大臣聞きたまひて、「なほ権中納言の御《み》心ばへの若々しさこそあらたまりがたかめれ」など笑ひたまふ。

「あながちに隠して、心やすくも御覧ぜさせず、悩ましきこゆる、いとめざましや。古代の御絵どものはべる、まゐらせむ」と奏したまひて、殿に古きも新しきも絵ども入りたる御廚子ども開かせたまひて、女君ともろともに、今めかしきはそれそれと選《え》りととのへさせたまふ。長恨歌王昭君などやうなる絵は、おもしろくあはれなれど、事の忌あるはこたみは奉らじと選りとどめたまふ。

かの旅の御|日記《にき》の箱をも取り出でさせたまひて、このついでにぞ、女君にも見せたてまつりたまひける。御心深く知らで今見む人だに、すこしもの思ひ知らむ人は、涙惜しむまじくあはれなり。まいて忘れがたく、その世の夢を思しさますをりなき御心どもには、とり返し悲しう思し出でらる。今まで見せたまはざりける恨みをぞ聞こえたまひける。

「ひとりゐて嘆きしよりはあまのすむかたをかくてぞ見るべかりける

おぼつかなさは、慰みなましものを」とのたまふ。いとあはれと思して、

うきめ見しそのをりよりも今日はまた過ぎにしかたにかへる涙か

中宮ばかりには、見せたてまつるべきものなり。かたはなるまじき一|帖《でふ》づつ、さすがに浦々のありさまさやかに見えたるを選《え》りたまふついでにも、かの明石の家ゐぞ、まづいかにと思しやらぬ時の間《ま》なき。

かう絵ども集めらると聞きたまひて、権中納言いとど心を尽くして、軸《ぢく》、表紙、紐《ひも》の飾《かざり》、いよいよととのへたまふ。三月《やよひ》の十日のほどなれば、空もうららかにて、人の心ものび、ものおもしろきをりなるに、内裏《うち》わたりも、節会《せちゑ》どものひまなれば、ただかやうの事どもにて、御|方々《かたがた》暮らしたまふを、同じくは、御覧じどころもまさりぬべくて奉らむの御心つきて、いとわざと集めまゐらせたまへり。こなたかなたとさまざまに多かり。物語絵はこまやかに、なつかしさまさるめるを、梅壺《むめつぼ》の御方は、いにしへの物語、名高くゆゑあるかぎり、弘徽殿《こきでん》は、そのころ世にめづらしく、をかしきかぎりを選《え》り描《か》かせたまへれば、うち見る目の今めかしき華やかさは、いとこよなくまされり。上の女房なども、よしあるかぎり、これはかれはなど定めあへるを、このごろの事にすめり。

現代語訳

帝は、あらゆる事にまさって絵を興あるものにお思いになる。とりたててお好みになられるからであろうか、またとなく上手にお描きあそばす。斎宮の女御がとても上手にお描きになったので、こちらに御心が移られて、頻繁にお渡りになっては、絵を描きあって御心を通わせていらっしゃる。

殿上の若い人々も絵を習う者に、御心をとどめてお気に入りにお思いになったので、まして、この美しい人(斎宮の女御)が、風情ある様子で、型どおりにではなく自由にのびのびと描いて、たおやかに物に寄りそって、何かと筆を休めて想を練っていらっしゃる御ようすの、可愛らしさに御心をしみじみ動かされて、まことにしょっちゅうおいでになって、以前よりもずっとご寵愛がまさっていくのを、権中納言がお聞きになって、あくまで負けん気の気性で、今風のはきはきしたご気性であるから、「私が人に劣っていていいものか」と御気持ちをふるいたたせて、すぐれた名人たちを雇って、きつく注意して、またとないさまの多くの絵を、二つとない多くの紙に描き集めさせなさる。

(権中納言)「中でも物語絵はその趣向が見えて見どころがあるものなのだ」といって、おもしろく趣味のある絵を選びつつ描かせなさる。例の月次の絵も、見馴れないさまに、詞書を書きつづけて帝に御覧いただく。意識して風情あるように描いたので、また斎宮の女御方でもこれを御覧になるので、権中納言はこれらの絵を簡単にはお取り出しにならず、それはたいそう隠して、この斎宮の女御の御方へ持ってお渡りになられることを惜しんで独占しておられるので、源氏の大臣がお聞きになって、(源氏)「やはり権中納言の御気性の大人気なさは、なかなかに改まらぬものであるな」などお笑いになる。

(源氏)「むやみにもったいぶって、簡単には帝に御覧に入れず、悩まし申し上げるとは、まったく呆れかえったことだ。私のほうに昔の御絵がたくさんございますので、参らせましょう」と奏上なさって、御邸(二条院)に古いのも新しいのも多くの絵が入っている御厨子どもを開かせなさって、女君(紫の上)とご一緒に、現在の鑑賞にたえうるものはそれそれと選んでお揃えなさる。長恨歌や王昭君などといった絵は、面白くしみじみ心にしみるものではあるが、忌むべき内容があるので今回は献上するまいと、候補からおはずしになる。

あの旅の御日記を納めた箱をもお取り出しになって、この機会に、女君(紫の上)にもお見せ申し上げなさった。

その当時の御心を深く知らずに今はじめて見る人でさえ、すこし物の情理をわきまえている人なら、涙を惜しまず流すほどしみじみ心打たれるものである。

まして忘れがたく、その夢のように苦しかった時期のことを、忘れる時とてないお二人のお心にとっては、立ち返って、当時のことが悲しく思い出される。

女君(紫の上)は、今まで源氏の君がこれらの日記をお見せにならなかったことの恨みを申し上げなさった。

(紫の上)ひとりゐて…

(一人で都にいて嘆いているよりは、海人のすむ海辺のさまをお描きになったこの絵を、こうして拝見すべきでございました)

そうすれば心細さも慰められましたでしょうに」とおっしゃる。源氏の君は、しみじみ愛おしくお思いになって、

(源氏)うきめ見し…

(つらい目を見たとの当時よりも、今日はまたこうして過去のことに立ち返って思い出し、涙があふれることですよ)

この絵は、中宮(藤壺)だけには、お見せ申し上げるべきものである。まずくないだろう絵を一帖ずつ、さすがに浦々のありさまが晴れ晴れと見えているのをお選びになるついでにも、あの明石の住まいを、まず「どうしているだろう」とお思いやりになられぬ時はない。

こうして源氏方が多くの絵をお集めになっているとお聞きになって、権中納言はたいそう熱心に、軸、表紙、紐の飾、いよいよ立派におととのえになる。三月の十日のあたりであるので、空もうららかで、人の心ものびのびして、なんとなく風情ある折であるので、宮中あたりでも、節会がなくて暇な折なので、ただこうした騒ぎの内に御方々はお過ごしになっていらっしゃるので、大臣は、「同じことなら、より帝の御目をお楽しませするような形でお見せしよう」との御気持ちを起こされて、とても入念に絵を集めておやりになる。

こちらでもあちらでも、さまざまに多くの絵をお集めになっている。物語絵はこまやかに、親しみ深さがまさっているようなので、梅壺の御方(斎宮の女御方)は、昔の物語のうち、名高く由緒あるのを、弘徽殿では、当世風に目新しく、おもしろいのを選んでお描かせになるので、見る人の目に今風で華やかであることは、弘徽殿のほうが、たいそうこよなくまさっている。

帝つきの女房なども、絵の情理をわきまえた者は、これはあれはなど評定しあうのを、このごろの日課にしているようだ。

語句

■まほならず 「まほ」は型どおりであること。定石によらず自由にラフに描いたということ。 ■うちやすらひたまへる 「やすらふ」はどう描こうか躊躇しているさま。 ■ありしよりけに 「異《け》に」は他より際立っているさま。 ■かどかどしく 「かどかどし」は負けん気が強い性分をいう。 ■思しはげみて 「はげむ」は心を奮い立たせる。 ■物語絵 物語を絵にしたもの。 ■心ばへ 描こうとする内容。 ■月次の絵 毎月の行事や風物を描いた絵。 ■御覧ぜさせたまふ 弘徽殿女御のもとで帝に御覧いただく。 ■こなたにても 斎宮の女御のもとで。 ■領じたまへば 「領ず」は独占する。 ■若々しさ 未熟であること。大人げないこと。 ■長恨歌 玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を描いた白楽天の詩(長恨歌 白楽天【桐壺 08】)。 ■王昭君 漢の元帝に仕えていた美女だが胡国に遣わされた(【須磨 19】)。 ■事の忌あるは 長恨歌も王昭君も帝と離別する悲劇的な内容なので差し上げるには不吉だとして退けた。 ■かの旅の日記 須磨・明石の侘住居の最中に描いた絵日記(【須磨 16】【明石 15】)。 ■その世の夢 つらかった須磨・明石謫居中のことを夢とたとえる。 ■御心ども 源氏と紫の上。 ■ひとりゐて…  「かた」は「絵」の意と、「潟」をかける。「見る」に「海松《みる》」を響かせる。「海」「潟」「海松」は縁語。 ■うきめ見し… 「うきめ」に「浮き布」を、「かた」に「潟」を、「かへる涙」に「反る浪」をひびかせる。「いとどしく過ぎゆく方の恋しきにうらやましくもかへる浪かな」(『伊勢物語』第七段)も意識されているか。 ■中宮ばかりには 源氏がみずから須磨に下ったのは自分が処罰されることによって東宮(冷泉帝)に災いが及ぶことを避けたためであった。また、藤壺と犯した密通の結果として東宮が生まれた、そのことの贖罪としての須磨下向でもあった。そういう事情を知るのは唯一、藤壺である。なので藤壺に「だけは」見せないととなる。 ■かの明石の家ゐ 明石の君のすまい。 ■権中納言いとと心を尽くして いつもの例で、権中納言は源氏のやることに張り合う。 ■軸 絵巻物の軸。 ■紐 絵巻物をしばる紐。 ■節会どものひまなれば 三月の宮中は節会が少なく暇。 ■かやうの事ども 絵の蒐集や愛玩。 ■御覧じどころ 「見どころ」の敬語。 ■こなたかなた 斎宮の女御方と弘徽殿女御方。 ■梅壺 宮中の凝花舎。紅白の梅が植えてあるためこういう。斎宮の女御がここに入っていることが初めて記される。 ■そのころ世にめづらしく 弘徽殿方は今風の目新しい絵を、斎宮の女御方は古い絵を集めた。 ■上の女房 帝つきの女房。

朗読・解説:左大臣光永

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