【松風 08】源氏、大堰邸の造園などを指示 尼君をいたわる

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原文

繕《つくろ》ふべき所、所の預り、いま加へたる家司《けいし》などに仰せらる。桂の院に渡りたまふべしとありければ、近き御庄《みさう》の人々、参り集まりたりけるも、みな尋ね参りたり。前栽《せんざい》どもの折れ臥したるなど繕はせたまふ。「ここかしこの立て石どもも、みな転《まろ》び失せたるを、情《なさけ》ありてしなさば、をかしかりぬべき所かな。かかる所をわざとつくろふもあいなきわざなり。さても過ぐしはてねば、立つ時ものうく心とまる、苦しかりき」など、来《き》し方のことものたまひ出でて、泣きみ笑ひみうちとけのたまへる、いとめでたし。尼君、のぞきて見たてまつるに、老も忘れ、もの思ひもはるる心地してうち笑みぬ。

東《ひむがし》の渡殿《わたどの》の下より出づる水の心ばへ繕はせたまふとて、いとなまめかしき袿《うちき》姿うちとけたまへるを、いとめでたううれしと見たてまつるに、閼伽《あか》の具《ぐ》などのあるを見たまふに思《おぼ》し出でて、「尼君はこなたにか。いとしどけなき姿なりけりや」とて、御|直衣《なほし》召し出でて奉る。几帳《きちやう》のもとに寄りたまひて、「罪|軽《かろ》く生《お》ほしたてたまへる人のゆゑは、御行ひのほどあはれにこそ思ひなしきこゆれ。いといたく思ひ澄ましたまへりし御住み処《か》を捨てて、うき世に帰りたまへる心ざし浅からず。またかしこには、いかにとまりて思ひおこせたまふらむと、さまざまになむ」といとなつかしうのたまふ。「棄てはべりし世を、いまさらにたち帰り、思ひたまへ乱るるを、推《お》しはからせたまひければ、命長さのしるしも思ひたまへ知られぬる」とうち泣きて、「荒磯蔭《あらいそかげ》に心苦しう思ひきこえさせはべりし二葉の松も、今は頼もしき御生ひ先、と祝ひきこえさするを、浅き根ざしゆゑやいかが、とかたがた心尽くされはべる」など聞こゆるけはひよしなからねば、昔物語に、親王《みこ》の住みたまひけるありさまなど語らせたまふに、繕《つくろ》はれたる水の音なひかごとがましう聞こゆ。

すみなれし人はかへりてたどれども清水《しみづ》はやどのあるじ顔なる

わざとはなくて言ひ消《け》つさま、みやびかによしと聞きたまふ。

「いさらゐははやくのことも忘れじをもとのあるじや面《おも》がはりせる

あはれ」とうちながめて立ちたまふ姿にほひ、世に知らずとのみ思ひきこゆ。

現代語訳

修繕すべき所を、ここの預かり人や、最近加えた家司などにお命じになられる。桂の院においでになるということだったので、桂の院に近い御荘園の人々で桂の院に参り集まっていた人々も、皆大堰邸に尋ねて参った。方々の植込みが倒れ臥しているのなどを修繕させなさる。

(源氏)「あちこちの立石も、みな倒れたり無くなったりしているのが、風情あるように修繕すれば、きっと興深くなるに違いない所であるよ。しかしこんな所をわざわざ修繕するのもいらぬことである。そんなことをしたところで長く住みおおせるわけでもないのだから、この場を離れる時に悲しくなり心惹かれるだけだ。私もそれで辛い思いをした」など、過去のこともお口にお出しになって、泣いたり笑ったり、打ち解けた調子でおっしゃるのが、たいそう立派に見える。

尼君は、源氏の君のぞいてを拝見すると、老も忘れ、もの思いも晴れる気持ちがして自然と笑みがこぼれた。

源氏の君は、東の渡殿の下から流れ出る遣水の趣向を修繕させなさるとて、たいそう優美な袿姿でくつろいでいらっしゃるのを、尼君は、たいそう立派で嬉しいものと御覧になっていたところ、源氏の君は、閼伽の道具などがあるのを御覧になってお気づきになり、(源氏)「尼君はこちらにいらっしゃったのですか。これはひどくだらしない格好でしたね」といって、御直衣をお取り寄せになってお召しになる。

尼君の几帳のそばにお寄りになって、(源氏)「姫君を立派にお育て上げになられた根本は、尼君のお勤めが殊勝でいらっしゃることにあろうと、ことさらに思い申し上げるのです。まことに熱心に思い澄ましていらした御住み処を捨てて、俗世間にお帰りになった志は浅くないものと存じます。またあちらには入道が、どのように残りとどまってこちらのことを思いやっておられるだろうと、さまざまに思わされます」と、とても優しくおっしゃる。

(尼君)「いったんは捨てた俗世に、今さら立ち返って、思い乱れておりますのを、ご推察くださいましたので、長生きのかいもあったと思い知られました」と泣いて、(尼君)「荒磯のほとりにおいたわしく思い申し上げてまいりましたニ葉の松(姫君)も、今は将来が頼もしいことになったと、お祝い申し上げておりますが、私の浅い根ざし(身分の低さ)ゆえに、どうなるだろうかと、あれこれ物思いが尽くされるのでございます」など申し上げるようすは気品がなくもないから、昔語に、中務宮が住まわれていたころのご様子などお語らせになっていたところ、手入れの終わった遣水の音が訴えるかのように聞こえる。

(尼君)すみなれし…

(住み慣れていた人(私)は帰ってきて、かえって戸惑うけれど、清水は家の主人のような顔で音を立てること)

わざとらしくなく言葉の最後をはっきり言わないさまを、源氏の君は風情があり、よいとお聞きになる。

(源氏)「いさらひは…

(遣水は昔のことも忘れないだろうに、もとの主人を忘れて自分が主人顔をしているのは、主人が髪を剃って尼になっているからでしょうか)

ああ」と物思いにふけって立っていらっしゃる御姿や、かがやくばかりの美しさは、世にまたとないと存じ上げるものである。

語句

■所の預かり 正式な管理人ではないが実質管理人としての働きをしている人。「宿守のやうにてある人」(【松風 02】)。 ■いま加えたる家司 最近加えた家司。「政所家司など、あるべきさまにしおかせたまふ」(【松風 01】)。 ■近き御庄 桂の院に近い源氏の荘園。 ■尋ね参りたり 大堰邸へ源氏のご機嫌うかがいに。 ■立て石 庭園に立てる石。 ■さても過ぐしはてねば 「さ」は「」わざとつくろふ」。源氏は、大堰邸をなまじ立派に整えると明石の君が執着してしまい、都に移りがたくなることを心配する。そして自分自身、明石の浦に執着し辛い思いをしたことを思い出すのである。 ■来し方 須磨・明石謫居中のこと。 ■泣きみ笑ひみ 「み」は動作の交互反復。 ■渡殿 「造りそへたる廊など、ゆゑあるさまに、水の流れもをかしうしなしたり」(【松風 05】)。 ■袿 男子では、直衣や狩衣の下に着る衣。 ■閼伽の具 「閼伽」は梵語arghaの音訳。仏に備える水。「閼伽の具」は供え物を入れる器。 ■奉る お召になる。「着る」の尊敬語。 ■几帳のもとに 「几帳」は尼君が勤行する仏間の几帳。 ■罪軽く 立派に。申し分なく、くらいの意。 ■生ほしたてたまへる人 「人」は姫君。 ■あはれに 尼君が殊勝に勤行していることが原因で、姫君を立派に育て上げるという結果につながったというのである。 ■またかしこには 明石に残っている入道へのいたわり。 ■今は 都に迎えられた今は。 ■浅き根ざしゆゑやいかが 母方の素性が卑しいために将来姫君が悪いことになるのではないかと心配している。「荒磯蔭」「双葉の松」「生ひ」「浅き根ざし」は縁語。 ■けはい 声や雰囲気。源氏と尼君は几帳を隔てて会話しており、姿は見えない。 ■親王の住みたまひける 「親王」は尼君の祖父、中務宮。 ■かごとがましう 「託言《かごと》」はかこつけて言うこと。かこつ。参考「かげみても憂きわが涙落ちそひてかごとがましき滝の音かな」(紫式部集)、「嘆けとて月やはものを思はする かこちがほなるわが涙かな」(小倉百人一首八十六番 西行法師)。 ■すみなれし… 「すみなれし人」は尼君。「かへりて」は「帰りて」と「却りて」をかける。 ■わさどはなくて言ひ消つさま ことさら歌を詠む、といった構えた感じでなく、わざとらしくなく、自然に語尾が消えていくさま。 ■いさらゐは… 「いさらゐ」は水の少ない井戸。ここでは遣水。「はやくのこと」は昔。「もとのあるじ」は尼君。「面がはりせる」は剃髪して尼になっていることをさす。

朗読・解説:左大臣光永

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