【真木柱 05】髭黒、妻子をかえりみず玉鬘に夢中

原文

内裏《うち》へ参りたまはむことを、安からぬことに大将思せど、そのついでにやがてまかでさせたてまつらんの御心つきたまひて、ただあからさまのほどを許しきこえたまふ。かく忍び隠ろへたまふ御ふるまひも、ならひたまはぬ心地に苦しければ、わが殿の内|修理《すり》ししつらひて、年ごろは荒らし埋もれ、うち棄てたまへりつる御しつらひ、よろづの儀式を改めいそぎたまふ。

北の方の思し嘆くらむ御心も知りたまはず、かなしうしたまひし君たちをも、目にもとめたまはず、なよびかに、情々しき心うちまじりたる人こそ、とざまかうざまにつけても、人のため恥ぢがましからんことをば、推《お》しはかり思ふところもありけれ、ひたおもむきにすくみたまへる御心にて、人の御心動きぬべきこと多かり。女君、人に劣りたまふべきことなし。人の御|本性《ほんじやう》も、さるやむごとなき父|親王《みこ》のいみじうかしづきたてまつりたまへる、おぼえ世に軽《かろ》からず、御|容貌《かたち》などもいとようおはしけるを、あやしう執念《しふね》き御|物《もの》の怪《け》にわづらひたまひて、この年ごろ人にも似たまはず、うつし心なきをりをり多くものしたまひて、御仲もあくがれてほど経《へ》にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひきこえたまへるを、めづらしう御心移る方の、なのめにだにあらず、人にすぐれたまへる御ありさまよりも、かの疑ひおきて皆人の推しはかりしことさへ、心清くて過ぐいたまひけるなどを、あり難うあはれと思ひ増しきこえたまふもことわりになむ。

現代語訳

姫君(玉鬘)が参内なさることを、心おだやかでないことに大将(鬚黒)はお思いになるが、この機会にそのまま自邸にお移し申し上げようというお気持ちになって、ただほんの少しの間、姫君が参内することをお許し申し上げなさる。大将(鬚黒)は、このようにお忍びでこっそり女のもとにお通いになる御ふるまいにも、不慣れなお気持ちには苦しいので、ご自邸の中を修理しととのえて、長年荒れるにまかせ、埃に埋もれるままにうち捨てていらしたお部屋の設備や、儀式全般を改めて、姫君をお迎えする用意をなさる。

大将(鬚黒)は、北の方が思い嘆いていらっしゃるお心もおわかりでなく、可愛がっていらっしゃった御子たちのことも今は目にもおとめにならず、これが物柔らかで、情け深い心がまじっている人であれば、あれやこれやにつけても、人のため恥になるようなことは、推量し、思うところもあるだろうが、この大将は一徹で、融通のきかないご性分なので、人の御心を逆なでするようなことが多いのである。女君は、どなたにもお劣りになるようなところはないのである。お人柄も、あのような高貴な父親王(式部卿宮)がたいそう大切にお育てになられて、世間の評判も軽くはなく、お顔立ちなどもたいそうよくいらっしゃるのだが、不思議と執念深い御物の怪におわずらいになって、ここ数年は常の人のようでもいらっしゃらず、正気でない折々が多くあられて、ご夫婦仲もすっかり疎遠になってしばらくたつけれど、しっかりした正妻のご身分としては、他にならぶ人もないと、大将はこの北の方のことを存じていらっしゃったが、珍しくも御心移りをされた方(玉鬘)が、並一とおりでないばかりか、他の人よりすぐれていらっしゃるのはもとよりとして、例の、疑惑の目で誰もが想像していた件さえ、姫君(玉鬘)は潔白で過ごしていらっしゃったことなどを、滅多に無い、すばらしいことに思い、ますます姫君に夢中になるお気持ちがつのっていかれるのも、当然の道理である。

語句

■やがて 尚侍としての短期のつとめが終わった後、六条院に戻すのではなく、そのまま鬚黒の自邸に移そうとする。 ■あからさまのほど 源氏の「あからさまに参らせてまつらん」(【真木柱 04】)に対応。 ■ならひたまはぬ心地 鬚黒は「名に立てるまめ人」(【真木柱 03】)で、色恋沙汰には疎かった。 ■すくみたまへる 「すくむ」はこわばって動きが取れない。玉鬘に夢中で手がつけられなくなっていることをさす。 ■御物の怪 北の方は物の怪にとりつかれている。物の怪の正体は不明。 ■うつし心なきをりをり 物の怪にとりつかれて時々、発作がおこるのである。 ■御仲もあくがれて 夫婦仲が疎遠であること。前に髭黒が北の方のことを「媼とつけて心にも入れず、いかで背きなむと思へり」とあった(【藤袴 06】)。 ■かの疑ひおきて皆人の推しはかりしこと 玉鬘が源氏の愛人ではないかという疑いのこと。 ■

朗読・解説:左大臣光永