【真木柱 03】玉鬘、髭黒大将を嫌う 源氏、玉鬘への想いを捨てきれず

十一月になりぬ。神事《かむわざ》など繁く、内侍所《ないしどころ》にも事多かるころにて、女官《によくわん》ども、内侍ども参りつつ、今めかしう人騒がしきに、大将殿《だいしやうどの》、昼もいと隠ろへたるさまにもてなして籠《こも》りおはするを、いと心づきなく、尚侍《かむ》の君は思したり。宮などは、まいていみじう口惜しと思す。兵衛督《ひやうゑのかみ》は、いもうとの北の方の御ことをさへ人わらへに思ひ嘆きて、とり重ねもの思ほしけれど、をこがましう、恨み寄りても今はかひなしと思ひ返す。大将は、名に立てるまめ人の、年ごろいささか乱れたるふるまひなくて過ぐしたまへるなごりなく心ゆきて、あらざりしさまに好ましう、宵暁《よひあかつき》のうち忍びたまへる出で入りも艶《えん》にしなしたまへるを、をかしと人々見たてまつる。

女は、わららかににぎははしくもてなしたまふ本性《ほんじやう》ももて隠して、いといたう思ひ結ぼほれ、心もてあらぬさまはしるきことなれど、大臣の思すらむこと、宮の御心ざまの心深う情《なさけ》々しうおはせしなどを思ひ出でたまふに、恥づかしう口惜しうのみ思ほすに、もの心づきなき御気色絶えず。

殿も、いとほしう人々も思ひ疑ひける筋を、心清くあらはしたまひて、わが心ながら、うちつけにねぢけたることは好まずかしと、昔よりのことも思し出でて、紫の上にも、「思し疑ひたりしよ」など聞こえたまふ。今さらに人の心癖《こころぐせ》もこそと思しながら、ものの苦しう思されし時、さてもや、と思し寄りたまひしことなれば、なほ思しも絶えず。

現代語訳

十一月になった。神事などが多く、内侍所にも行事が多い時期で、女官たち、内侍司の女官たちも六条院にたびたび参って、華やかで人騒がしい中、大将殿(髭黒)は、昼もたいそう人目につかないようにとりつくろって、自邸にこもっていらっしゃるのを、ひどくいとわしいと、尚侍《かん》の君はお思いになっている。

兵部卿宮などは、それにもましてひどく残念にお思いになる。兵衛督は、妹である北の方の御ことまでも世間の物笑いの種になっていることを思い嘆いて、重ね重ね物思いに暮れているが、ばかばかしいことだ、恨んでみたところで今はどうしようもないと考えなおすのである。

大将(髭黒)は、評判の律義者で、長年すこしも乱れたふるまいもなくてお過ごしになっていらっしゃったが、それが打って変わって姫君(玉鬘)に入れ込んで、今までとは別人のように好色めいて、宵暁の人目をしのんでの出入りにも、艷っぽくしなを作っていらっしゃるのを、おもしろいと女房たちは拝見する。

女君(玉鬘)は、陽気で、快活にふるまっていらした本来のご気性も押し隠して、まことにひどくふさぎこんでいらして、自らすすんでこうなったわけではないことははっきりしているのだが、大臣(源氏)が今どう思っていらっしゃるだろうかということや、兵部卿宮のお気持ちが親切で思いやり深くいらっしゃったことなどをお思い出しなさるにつけ、恥ずかしく残念とばかりお思いになるので、いつも厭わしいお気持ちである。

殿(源氏)も、気の毒なこととして世間の人々から疑われていたことを、潔白であったのだとご証明になられて、わが心ながら、場当たりな曲がったことは好まない性分なのだと、昔からのこともお思い出しになって、紫の上にも、(源氏)「私のことを疑っていらっしゃいましたね」などと申し上げなさる。今さら昔からの心癖を起こすのも見苦しいとお思いになりながら、何とはなしに苦しくお思いになった時、いっそ姫君を手に入れてしまおうかとお思いにもなられたことだから、やはり姫君へのご恋慕は絶えてはいないのだ。

語句

■十一月 玉鬘は十月に内侍所に任命されたが、いまだ出仕はせず六条院にいる。 ■神事 十一月は神事が多い。 ■内侍所 神鏡(八咫鏡)を安置する賢所。内侍が奉仕したので内侍所という。また神鏡そのものを内侍所という場合も(平家物語 巻十一「鏡」)。 ■内侍ども 内侍司の女官たち。とくに掌侍《ないしのじょう》 ■参りつつ 内侍たちが、尚侍である玉鬘に指示を受けるため六条院に参るのである。 ■昼もいと隠ろひたるさまに 髭黒は昼も夜も玉鬘に没頭している。 ■宮などは 兵部卿宮はじめ玉鬘への求婚者たち。 ■いもうとの北の方 髭黒の北の方は兵衛佐の姉妹。髭黒に顧みられないことで世間の笑い者になっているの意。 ■とり重ね 失恋して悲しいだけでなく、姉妹まで恥を受けて二重に悲しいの意。 ■なごりなく すっかり別人のように変わってしまったということ。 ■わららか 陽気なこと。前も「人ざまのわららかに、け近くものしたまへば」(【螢 01】)。「まみのあまりわららかなるぞ」(【野分 07】)。 ■心もてあらぬさまはしるきことなれど 玉鬘が髭黒の妻になったのは自ら望んでではない。詳しい事情は書かれていないが、髭黒が強引に手に入れたのであろう。だが源氏はその事情を知らない。源氏が知らないということに玉鬘はいよいよ心痛める。 ■大臣の思すらむこと 大臣(源氏)が自分のことを髭黒になびいた移り気な女だと思っているだろうと思うとやりきれない。 ■心清くあらはしたまひて 源氏は玉鬘との仲を世間から疑われており、「かの大臣に、いかでかく心清きさまを、知らせたてまつらむ」と思た(【藤袴 03】)。予想外に玉鬘が髭黒の手に落ちたことにより、疑いを晴らす結果となった。 ■昔よりのこと 昔からの女性関係。源氏が多情・好色であったこと。 ■思し疑ひしよ 紫の上が源氏と玉鬘の仲を疑っていた件(【胡蝶 06】)。 ■人の心癖 源氏は玉鬘を常に思い続けていおり、それが「心の癖」となっていたの意。

朗読・解説:左大臣光永