【若菜上 04】乳母、女三の宮の後見人として源氏を提案

姫宮のいとうつくしげにて、若く何心なき御ありさまなるを見たてまつりたまふにも、「見はやしたてまつり、かつはまた片生《かたお》ひならんことをば見隠し教へきこえつべからむ人のうしろやすからむに、預けきこえばや」など聞こえたまふ。大人《おとな》しき御|乳母《めのと》ども召し出でて、御|裳着《もぎ》のほどのことなどのたまはするついでに、「六条の大殿《おとど》の、式部卿の親王《みこ》のむすめ生《お》ほしたてけむやうに、この宮を預かりてはぐくまむ人もがな。ただ人の中にはあり難《がた》し、内裏《うち》には中宮さぶらひたまふ、次々の女御たちとても、いとやむごとなきかぎりものせらるるに、はかばかしき後見《うしろみ》なくて、さやうのまじらひいとなかなかならむ。この権中納言の朝臣《あそむ》の独りありつるほどに、うちかすめてこそ心みるべかりけれ。若けれど、いと警策《きやうぞく》に、生《お》ひ先頼もしげなる人にこそあめるを」とのたまはす。

「中納言は、もとよりいとまめ人にて、年ごろもかのわたりに心をかけて、外《ほか》ざまに思ひ移ろふべくもはべらざりけるに、その思ひかなひては、いとどゆるぐ方《かた》はべらじ。かの院こそ、なかなか、なほいかなるにつけても、人をゆかしく思したる心は絶えずものせさせたまふなれ。その中にも、やむごとなき御願ひ深くて、前斎院《さきのさいゐん》などをも、今に忘れがたくこそ聞こえたまふなれ」と申す。「いで、その旧《ふ》りせぬあだけこそは、いとうしろめたけれ」とはのたまはすれど、げに、あまたの中にかかづらひて、めざましかるべき思ひはありとも、なほやがて親ざまに定めたるにて、さもや譲りおききこえましなども思しめすべし。「まことにすこしも世づきてあらせむと思はむ女子《をむなご》持《も》たらば、同じくはかの人のあたりにこそは、触ればはせまほしけれ。いくばくならぬこの世の間《あひだ》は、さばかり心ゆくありさまにてこそ、過ぐさまほしけれ。我、女ならば、同じはらからなりとも、かならず睦《むつ》び寄りなまし。若かりし時など、さなむおぼえし。まして女のあざむかれむはいとことわりぞや」とのたまはせて、御心の中に、尚侍《かむ》の君の御事も思し出でらるべし。

現代語訳

朱雀院は、姫宮(女三の宮)がまことにかわいらしく、幼く無邪気なご様子であるのを拝見なさるにつけても、(朱雀院)「姫宮を大切に世話なさり、その一方で未熟なことを人目に隠して、よく教えてさしあげられるような人で、安心できる人に、預け申し上げたいものだ」などとお話になられる。老成した幾人かの御乳母を召し出して、御裳着の段取りのことなどをお仰せつけになるついでに、(朱雀院)「六条の大臣(源氏)が、式部卿の親王の娘(紫の上)を小さい頃から世話していたように、この姫宮(女三の宮)を預かって大切にする人がほしいものだ。臣下の中にはそんな人は滅多にいないだろうし、帝には中宮(秋好中宮)がついていらっしゃる。中宮より身分が劣る女御たちにしても、まことに高貴な方々がそろっていらっしゃるのだから、しっかりした後見もないでは、そうした人々に混じって宮仕えをしては、かえってつまらないことにもなろう。あの権中納言(夕霧)が独身であった時に、それとなくほのめかしてみるべきであったのに。若いとはいえ、まことに威儀があり、将来も楽しみな人であるようなのに」と仰せになる。

(乳母)「中納言(夕霧)は、もともと実にまじめな方で、長年、あの御方(雲居雁)に心をかけて、ほかの御方に心移りするようすもなかったのですが、その願いがかなってからは、ますますどんな方にも御心が揺るぐことはございますまい。かの六条院(源氏)こそ、かえって、やはりいろいろな機会につけて、女に御心を動かされるお気持ちは、絶えず続いていらっしゃるということです。その中にも、高貴なご身分の姫君を得たいという御願いが強くて、前斎院(朝顔)などをも、今だに忘れがたくお思い申していらっしゃるということです」と申しあげる。

(朱雀院)「さあどうかな、昔に変わらぬその悪い癖だけは、まことに心配なのだが」とは仰せになられるが、「なるほど、多くの方々の中で苦労して、心外な思いをすることはあっても、やはり六条院(源氏)をそのままの親がわりという形にして、乳母のいうように、そうやってお預け申そうか」ともお考えになるようである。(朱雀院)「ほんとうに少しでも世間なみの暮らしをさせたいと思う女子を持っていれば、同じことなら、かの人(源氏)のところに添わせてやりたいものである。どれほどもないこの世に生きている間くらい、あのように思いのままに自由なありさまに過ごしたいものである。私が女であったら、同じ姉弟とはいっても、きっとあの方(源氏)に言いよって、睦まじい仲になってしまったことだろう。若かった時など、そう思ったことよ。まして女があの方に夢中にさせられるのは、しごく当然であることよ」と仰せになられて、御心の中に、尚侍の君(朧月夜)の御事も自然とお思い出されるのだろう。

語句

■見はやしたてまつり 「見はやす」は結婚して大事にする。 ■片生ひ 未熟であること。 ■御裳着のほど 前に「御裳着のことを思しいそがせたまふ」とあった(【若菜上】)。 ■次々の女御たち 弘徽殿女御(太政大臣の娘)、王女御(式部卿宮の娘)、左大臣の女御など。 ■さやうのまじらひ 後宮に入って宮仕えすること。 ■いとなかなかならむ 気苦労ばかりたえず、かえってつらい目を見るだろうの意。 ■うちかすめて 前に「さすがに妬く思ふことこそあれ」(【若菜上 03】)とあった。 ■外ざまに ほかに惟光の娘などとの関係があるが、しかるべき身分の相手としては雲居雁以外にはいない。 ■なかなか 若い夕霧よりもかえって好色であるの意。源氏このとき三十九歳。 ■やむごとなき御願ひ 高貴な素性の妻をほしいという御願い。源氏の愛妾たちのうち、紫の上と末摘花は親王の娘、ほかは臣下の娘である。 ■前斎院 朝顔の姫君。父は桃園式部卿。 ■めざましかるべき思ひ 皇女である女三の宮が身分の劣る源氏の愛妾たちから無礼な仕打ちを受けて心外な思いをすることをいう。 ■親ざまに定めたる 源氏を夫でなく父親代わりという体裁にすれば、ほかの愛妾たちから無礼な扱いを受けても傷つかずにすむという配慮。 ■さもや譲りおききこえまし 「さ」は乳母が言った内容。 ■世づきて 世間並みに。結婚して社会的地位を得ることをいう。 ■我、女ならば 以下の台詞は朱雀院の同性愛的傾向をしめしているか。 ■あざむかれん 「あざむく」は夢中にさせる。 ■尚侍の君 朧月夜。朱雀院の内侍となって寵愛を受けつつも源氏を忘れなかった。朱雀院はそのことで悩んだ(【須磨 15】)。

朗読・解説:左大臣光永