【御法 15】秋好中宮の弔問に源氏、心を動かす

冷泉院《れいせんゐん》の后《きさい》の宮《みや》よりも、あはれなる御|消息《せうそこ》絶えず、尽きせぬことども聞こえたまひて、

「枯れはつる野辺《のべ》をうしとや亡き人の秋に心をとどめざりけん

今なんことわり知られはべりぬる」とありけるを、ものおぼえぬ御心にも、うち返し、置きがたく見たまふ。言ふかひありをかしからむ方の慰めには、この宮ばかりこそおはしけれと、いささかのもの紛るるやうに思しつづくるにも涙のこぼるるを、袖のいとまなく、え書きやりたまはず。

のぼりにし雲ゐながらもかへり見よわれあきはてぬ常ならぬ世に

おし包みたまひても、とばかりうちながめておはす。

現代語訳

冷泉院の后の宮(秋好中宮)からも、情をこめたお見舞いが絶えまなく届き、尽きることのない悲しみをあれこれ申し上げられて、

(秋好中宮)「枯れはつる……

(枯れ果てた秋の野辺が嫌だからと、亡き人は秋を好まれなかったのでしょうか)

今こそ、そのわけが思い知られたことです」とあったのを、平常心を失った御心にも、繰り返し、下にも置かず御覧になる。お話しのしがいがあり、風情のある方面でお気持ちを慰めあう相手としては、この宮だけが残っていらしたのだと、少し悲しさが紛れるようにお思いつづけなさるにつけても涙がこぼれるのだが、涙をぬぐう袖のいとまもなく、返事をお書きになることがおできにならない。

(源氏)のぼりにし……

(上っていった雲のあたりにいながら、私を思いやってください。私の人生はこの秋で終わりましたし、私はこの無常な世の中に飽きはててしまいました)

手紙をお包みになっても、しばらくぼんやりと物思いに沈んでいらっしゃる。

語句

■后の宮 秋好中宮。六条御息所の娘。源氏の養女。 ■枯れはつる… 紫の上は秋を好み、中宮は秋を好んだことによる歌(【薄雲 18】【少女 33】【同 34】)。 ■ことわり知られはべりぬる 今年は私も秋がいやだと思うので、紫の上が秋をいやだといった気持ちがわかる。 ■ものおぼえぬ御心 物事の判断がつかなくなっている御心。 ■涙のこぼるる 心を交わす相手として秋好中宮がいること、その一方で紫の上がもういないことを実感し、涙がこぼれる。 ■のぼりにし… 紫の上へのよびかけ。

朗読・解説:左大臣光永