【紅梅 02】大納言、匂宮を中の君(次女)の夫に望む 大君(長女)を東宮に参らせる

君たち、同じほどに、すぎすぎ大人《おとな》びたまひぬれば、御|裳《も》など着せたてまつりたまふ。七間《しちけん》の寝殿広くおほきに造りて、南面《みなみおもて》に、大納言殿、大君《おほいぎみ》、西に中の君、東《ひむがし》に宮の御方と住ませたてまつりたまへり。おほかたにうち思ふほどは、父宮のおはせぬ心苦しきやうなれど、こなたかなたの御宝物多くなどして、内々の儀式ありさまなど心にくく気《け》高くなどもてなして、けはひあらまほしくおはす。

例の、かくかしづきたまふ聞こえありて、次々に従ひつつ聞こえたまふ人多く、内裏《うち》、春宮《とうぐう》より御気色あれど、「内裏には中宮おはします、いかばかりの人かはかの御けはひに並びきこえむ。さりとて、思ひ劣り卑下《ひげ》せんもかひなかるべし。春宮には、右大臣殿の並ぶ人なげにてさぶらひたまへばきしろひにくけれど、さのみ言ひてやは。人にまさらむと思ふ女子《をむなご》を宮仕に思ひ絶えては、何の本意《ほい》かはあらむ」と思したちて、参らせたてまつりたまふ。十七八のほどにて、うつくしうにほひ多かる容貌《かたち》したまへり。

中の君も、うちすがひて、あてになまめかしう、澄みたるさまはまさりて、をかしうおはすめれば、ただ人にてはあたらしく見せまうき御さまを、兵部卿宮のさも思したらばなど思したる。この若君を内裏にてなど見つけたまふ時は、召しまとはし、戯《たはぶ》れがたきにしたまふ。心ばへありて、奥《おく》推しはからるるまみ、額《ひたひ》つきなり。「せうとを見てのみはえやまじと、大納言に申せよ」などのたまひかくるを、「さなむ」と聞こゆれば、うち笑みて、いとかひありと思したり。「人におとらむ宮仕よりは、この宮にこそはよろしからむ女子《をむなご》は見せたてまつらまほしけれ。心のゆくにまかせて、かしづきて見たてまつらんに命延びぬべき宮の御さまなり」とのたまひながら、まづ春宮《とうぐう》の御事を急ぎたまうて、春日の神の御ことわりも、わが世にやもし出で来て、故大臣の、院の女御の御事を胸いたく思してやみにし慰めのこともあらなむ、と心の中《うち》に祈りて、参らせたてまつりたまひつ。いと時めきたまふよし人々聞こゆ。かかる御まじらひの馴れたまはぬほどに、はかばかしき御後見なくてはいかがとて、北の方そひてさぶらひたまへば、まことに限りもなく思ひかしづき後見きこえたまふ。

現代語訳

大納言の姫君たちは、同じころに、次々とご成人になられたので、大納言は御裳などをお着せ申し上げられる。七間の寝殿を広く大きく造って、南面に大納言殿、大君、西に中の君、東に宮の御方とお住ませ申し上げていらっしゃる。

ふつうに考えてみると、宮の御方に父宮がいらっしゃらないことは心苦しいようだが、ほうぼうからの御遺産が多くあったりして、内々の儀式やお暮らしぶりなど奥ゆかしく気高くなどふるまって、そのようすは申し分なくていらっしゃる。

例によって、このように大納言が大切に世話していらっしゃる評判が立って、次々と身分の順に結婚の申し出をなさる人が多く、帝、東宮からも内々のご打診があるが、(大納言)「帝には中宮(明石の中宮)がいらっしゃる、どれほどの人がその人の御権勢に並び申し上げることができよう。そうはいっても、謙遜して卑下するのもかいのないことだろう。春宮には、右の大臣殿(夕霧)の女御が、他に並ぶ人もないというふうにお仕えしていらっしゃるので、それとはりあうのは難しいけれど、そうばかり言っていてよいものか。人並以上にしてやりたいと思う女子を持ちながら、宮仕に出すことを断念しては、不本意というものだ」とご決心して、大君を東宮に参らせられる。十七八歳の頃で、お可愛く、たいそう美しく見える容貌をしていらっしゃる。

中の君も、大君にひきつづいて、品が良く優美で、物静かに落ち着いていることは大君よりもまさっていて、美しくていらっしゃるようなので、臣下の人と結婚させるのは勿体ないご様子なので、「兵部卿宮(匂宮)がご結婚のご意思があれば」なとどお思いになっている。その宮(匂宮)は、この若君(大夫の君)を宮中などでお見つけになった時は、身の回りに常にお召になって、遊び相手になさっている。この若君(大夫の君)は、気性がよく、将来が推し量られるような目元や額の具合である。

(匂宮)「弟と会っているだけでは満足できないと、大納言に申し上げておくれ」などと大夫の君にお言葉をおかけになるのを、「そのようにおっしゃっていました」と、大夫の君が大納言に申し上げると、大納言は笑って、実にかいのあることとお思いになっている。(大納言)「人に劣るような宮仕えよりは、この宮(匂宮)にこそは、かなりの器量の娘なら、見合わせたいものであるよ。心ゆくままにお世話申し上げることは命が延びる気がするだろう。そんな宮の御様子である」とおっしゃりながら、まずは大君を東宮に参らせる御事をお急ぎになって、「(皇后は藤原氏から立つべきであるという)春日の神のご託宣も、自分の生きている間に、もしかしたら実現して、故大臣(故致仕大臣)が、院の女御(弘徽殿女御)が皇后に立てなかったことをお悔やみになったまま終わってしまった、その事の慰めをしてさしあげたい」と心の中に祈って、大君を、東宮の後宮に参内させなさった。たいそう東宮の寵愛を得ているさまを、世間の人々がお噂申している。大君がこうした後宮での交際に慣れていらっしゃらないうちは、しっかりした世話人が面倒を見なくてはまずいだろうと、北の方(真木柱)が付き添って出仕なさって、まことに際限もなく大君を大切に思い世話し申し上げていらっしゃる。

語句

■御裳 女子の成人式。十二歳から十四歳で行う。裳をはじめて身につける。 ■七間の寝殿 七間四面の寝殿。「七間」は柱と柱の間が七あるの意。 ■南面に… 以下、部屋割のさま。南に大納言、大君、西の中の君、東に宮の御方、北に真木柱。 ■こなたかなたの御宝物 父螢兵部卿宮や曽祖父式部卿宮から受け継いだ遺産。真木柱がそれほど相続するか不審。 ■内々の儀式 祝儀・儀式などの作法など。 ■さのみ言ひてやは 「さ」は「思ひ劣り卑下せん」「きしろひにくけれ」をさす。 ■すがひて 引き続いて。 ■さも思したらば 匂宮が中の君と結婚したいと思うなら。下に「いかばかりうれしかるらむ」などを補い読む。 ■など思したる 「などぞ思したる」とあるべきところ。 ■この若君 大納言と真木柱の実子。大夫の君。 ■召しまとはし 男色関係を匂わせる。源氏と小君の関係を思わせる(【空蝉 01】)。 ■せうとを見てのみはえやまじ 大夫の君の姉に会いたいの意。 ■さなむ 下に「のたまひし」などを補い読む。 ■うち笑みて わが思うままに事がすすんでいるとほくそ笑む。匂宮は宮の御方に興味があるのだが、大納言は実子である中の君に匂宮は興味があるのだろうと勘違いしている。 ■人におとらむ宮仕 前に「内裏には中宮おはします」とあった。 ■かしづきて 当時は婿を妻の実家が全般的に世話する。 ■春日の神の御ことわり 皇后は藤原氏から出るべきという春日明神の託宣。参考「後朱雀院ノ御宇、長暦三年四月、春日明神太神宮ニ訴ヘ申サレテ伝ハク、度々ノ官幣モ之ヲ請ケズ、藤氏ノ皇后ニ非ザルニ依ツテ也ト。之ニ依ツテ、内大臣教通公一女入内スベキノ由宣下セラル」(花鳥余情)。→【少女 08】。 ■故大臣 大納言の父。致仕の大臣。 ■院の女御の御事 致仕の大臣は娘の弘徽殿女御を冷泉帝の后に立てようとしていたが、源氏の後見する梅壺女御(秋好中宮)に先を越されたのが無念であった(【少女 08】【少女 11】)。 ■慰めの事 大君を立后させたい意思。 ■かかる御まじらひ 後宮における他の女御・更衣らとの交際。

朗読・解説:左大臣光永