【竹河 21】紅梅右大臣邸の大饗 右大臣、匂宮・薫を婿に望む 玉鬘の感慨

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大臣殿は、ただこの殿の東《ひむがし》なりけり。大饗《だいきやう》の垣下《ゑが》の君達《きむだち》などあまた集ひたまふ。兵部卿宮、左の大臣殿の賭弓《のりゆみ》の還立《かへりだち》、相撲《すまひ》の饗《あるじ》などにはおはしまししを思ひて、今日《けふ》の光と請《さう》じたてまつりたまひけれどおはしまさず。心にくくもてかしづきたまふ姫君たちを、さるは、心ざしことに、いかで、と思ひきこえたまふべかめれど、宮ぞ、いかなるにかあらん、御心もとめたまはざりける。源中納言の、いとどあらまほしうねびととのひ、何ごとも後《おく》れたる方なくものしたまふを、大臣も北の方も目とどめたまひけり。

隣のかくののしりて、行きちがふ車の音《おと》、前駆《さき》追ふ声々も、昔の事思ひ出でられて、この殿にはものあはれにながめたまふ。「故宮亡せたまひて、ほどもなくこの大臣の通ひたまひしことを、いとあはつけいやうに世人《よひと》はもどくなりしかど、思ひも消えず、かくてものしたまふも、さすがさる方にめやすかりけり。定めなの世や。いづれにかよるべき」などのたまふ。

現代語訳

大臣殿(紅梅右大臣)の御邸は、この御邸(玉鬘邸)のすぐ東なのであった。右大臣就任祝いの大饗の垣下の座の君達などが多く集まっていらっしゃる。大臣(紅梅右大臣)は、兵部卿宮(匂宮)は、左大臣邸の賭弓の後の還饗《かえるあるじ》や、相撲《すまい》の饗応の時などはいらっしゃったことを思って、今日の目玉としてお招き申し上げたが、いらっしゃらない。奥ゆかしく大切に育てていらっしゃる姫君たちを、ほんとうは、輿入れさせたいという気持ちも格別に、どうにかして、と思い申し上げられるようだが、その宮(匂宮)は、どうしたことだろうか、そうしたお気持ちを起こされないのだった。源中納言(薫)が、いよいよ申し分なく成長して、何事も人に後れたところもなくていらっしゃるのを、大臣(紅梅右大臣)も北の方(真木柱)も目をとめていらっしゃるのだった。

前尚侍の君(玉蔓)は、隣(紅梅右大臣邸)がこんなにも騒がしく、行きちがう車の音、前駆を追う声々も、昔のこと(髭黒太政大臣生前)がお思い出されて、この玉蔓邸で、しみじみと物思いにふけって眺めていらっしゃる。(玉蔓)「故宮(蛍兵部卿宮)がお亡くなりになって、ほどもなくこの大臣(紅梅右大臣)が姫君(真木柱)のもとにお通いになったことを、とても軽薄なことのように世間の人は非難したというけれど、大臣の北の方(真木柱)への愛情が今日まで消えず、こうして夫婦円満でいらっしゃるのも、非難される点があったとしてもやはり、夫婦仲がよいということでは好ましいことだ。先の読めない男女の関係というものだ。なにを目安にすればよいのかしら」などとおっしゃる。

語句

■大臣殿 紅梅右大臣、もとの按察使大納言の邸。 ■大饗 任大臣大饗 大臣に任官した祝に大臣邸に親王や公卿を招いて饗応すること。 ■賭弓の還立 「賭弓の還饗の設け、六条院にて、いと心ことにしたまひて」(【匂宮 10】)。 ■相撲 相撲の節のこと。天皇の御前で相撲が行われその後群臣に饗応される。七月に行われる。ここで「饗」は「還饗」のこと。この件は物語中に記載がない。 ■姫君たち 紅梅右大臣には娘が三人いる。中の君と宮の御方は未婚である。大君は東宮に嫁いでいる。 ■心ざしことに 紅梅右大臣は匂宮を中の君の婿にと望んでいた(【紅梅 02】)。 ■御心もとめたまはざりける 匂宮は大納言の実子の中の君ではなく、真木柱の連れ子である宮の御方に執心していた(【紅梅 05】)。 ■この大臣の 紅梅右大臣が真木柱に通い始めたことは紅梅巻冒頭(【紅梅 01】)にあった。 ■さすがさる方にやめすかりけり 非難されるべき点があったとしても夫婦仲がよいということではよいことだの意。 ■定めなの世や 真木柱はさまざに不幸が合った挙げ句、幸せな結婚生活を送っている。一方、同じ髭黒の子でも大君は冷泉院に懇願されて参院したが不幸な境遇である。女の身はどう転ぶかわからない。 ■いづれにかよるべき 真木柱、大君どちらの生き方に寄せて生きればよいのかの意。省略しすぎて意味が通じない暗号文になってしまっている。

朗読・解説:左大臣光永

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