源氏物語の現代語訳つくってます 澪標・蓬生

こんにちは。左大臣光永です。

本日は、『源氏物語』の現代語訳をつくってます、ということで、その途中経過のような話です。

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澪標(みおつくし)巻をへて、蓬生(よもぎう)巻まで終わりました。

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澪標

澪標巻は、光源氏が都に帰ってくる話です。須磨に、ついで明石にのべ三年の侘住居をしていた光源氏が、都から呼び戻されて、官位ももとに戻り、昇進し、

折しも都では、朱雀帝が譲位し冷泉帝が即位し新体制がスタートする、その新体制にともなう光源氏周辺のさまざまな人間模様が描かれます。

澪標巻でいちばんの見どころは、光源氏の住吉参詣の場面です。

光源氏が、現在の大阪の住吉大社、住吉明神に参詣し、その、光源氏の立派な行列を、たまたまその日、同じく住吉に参詣にきていた明石の君が、遠くから見とれているという場面です。

色彩感覚にあふれる、はなやかな文章です。

その秋、住吉に詣《まう》でたまふ。願《ぐわん》どもはたしたまふべければ、いかめしき御|歩《あり》きにて、世の中ゆすりて、上達部殿上人、我も我もと仕うまつりたまふ。

(中略)

松原の深緑《ふかみどり》なるに、花紅葉をこき散らしたると見ゆる、袍衣《うへのきぬ》の濃き薄き数知らず。

(中略)

すべて見し人々ひきかへ華やかに、何ごと思ふらむと見えてうち散りたるに、若やかなる上達部殿上人の、我も我もと思ひいどみ、馬鞍《むまくら》などまで飾りをととのヘ磨きたまへるは、いみじき見物《みもの》に、田舎人《ゐなかびと》も思へり。

その秋、源氏の大臣は住吉にご参詣になる。多くの願が叶えられなさったので、盛大なご行列で、世間は大騒ぎをして、上達部、殿上人が、我も我もとお供申し上げる。

松原が深緑であるのを背景に、花や紅葉をしごきちらしているように見える、衣装の色濃いのや薄いのを着ている供人たちが数知らず大勢いる。

すべて以前明石で見知った人々が、あの頃とは打ってかわって華やかに、何の憂いもなさそうに晴れやかに見えて、あちこちに散らばっているところに、若やいだ上達部・殿上人が、我も我もと競って、馬や鞍などまで飾りをととのえて磨き上げていらっしゃるのは、たいそうな見物と、田舎人の目にも思われる。

……

これは光源氏の立派な行列を、遠くから明石の君が呆然とみている場面です。

明石の君は光源氏がいちばん落ちぶれていた時代に出会って、ついに子供までなしましたが、

その後、光源氏が都に呼び戻されて、こうして住吉ではなやかな行列が進んでいく。

ああ…こんなすごい御方だったのか。とても私のような田舎者が関われるような御方ではなかったのだとショックを受けてるんですね。

深緑の松原を背景に、花や紅葉をこきちらしたように、さまざまな色の衣を着たお供の人たちが通を行く…

当時の役人は衣の色に規定があり、六位の役人は青色の衣を着て、その上の五位、四位の役人は赤色の衣を着ました。

そうした色とりどりの衣装が、深緑の松原を背景にしずしずと進んでいく、とても印象深い場面だと思います。

蓬生

次の蓬生巻は、末摘花というお姫様がヒロインです。

末摘花は、源氏物語のヒロインの中でも一番さえない、モテない、パッとしない女性で、鼻の先が赤いので、紅花から転じて末摘花と呼ばれます。

とにかく容姿がすぐれないさまが、前の末摘花巻にこれでもかと語られています。

まづ、居丈《ゐだけ》の高く、を背長《せなが》に見えたまふに、さればよと、胸つぶれぬ。うちつぎて、あなかたはと見ゆるものは鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩《ふげんぼさつ》の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先の方《かた》すこし垂りて色づきたること、ことのほかにうたてあり。色は雪はづかしく白うて、さ青《を》に、額《ひたひ》つきこよなうはれたるに、なほ下《しも》がちなる面《おも》やうは、おほかたおどろおどろしう長きなるべし。痩せたまへること、いとほしげにさらぼひて、肩のほどなどは、いたげなるまで衣《きぬ》の上まで見ゆ。何に残りなう見あらはしつらむと思ふものから、めづらしきさまのしたれば、さすがにうち見やられたまるふ。

まず姫君は、座高が高く、胴長に拝見されるのを、源氏の君は「やっぱり」と胸がつぶれる思いであった。続いて、ああみっともないと見えるものは、鼻であった。思わず目がとまる。普賢菩薩の乗り物と思われる。

あれきるほど高く長くのびていて、先の方がすこし垂れて色づいていることは、とくに嫌な感じである。

肌の色は雪も気後れするほど白くて、青みがかっており、額の具合はたいそう広い上に、下半分も長い顔のありようは、だいたい、恐ろしいほど顔が長いに違いない。

お痩せになっていることについては、気の毒なほどやせ細って骨がちで、肩のあたりなどは、痛そうなまでに衣の上まで見える。

(これほどの酷い姿を)どうして残りなくありありと見てしまったのだろうと思うが、滅多に見られない様子なので、いくら醜いとはいってもやはり、自然にそちらの方に目が向いてしまわれる。

……

末摘花は以前光源氏とちょっとしたことから関係がはじまって、しかしその後、源氏が失脚して須磨に下ったので、関係が途絶えてしまいました。しかし、ずーと待ち続けてるんですね。

「私は父君から譲り受けたこのお屋敷を、ひたすら守りつづけていくのです。いつか源氏の君が迎えにきてくださる」と。

家は崩れかけて、築地は破れて、庭は蓬がのびまくっているのに。

なんにもしない。

やってることはひたすら「待つ」という、それだけ。

お仕えしている女房たちも、生活が苦しくなって、まともにご飯も食べられない。けれども末摘花は、私は待ちますと。

ひたすら石のように座って、待ち続けている…

貧乏でもお姫さまですから、掃除とか、料理なんかはもちろんやらないですよ。そういうのは女房たちがやるから。

「源氏の君を待ちます」と、ただじーと、すわっている…

ここまで何もしないヒロインは、現在の物語の中では、漫画でも、映画でも、まず見ることができないです。

現代的にいうと、とてもめずらしく、めったにないヒロイン像だと思います。

さて末摘花の叔母さんがしゃしゃり出てきて、しきりに末摘花をいじめます。

若い頃、この末摘花の母である、自分の姉から、いじめられたわけですよ。

あなたはパッとしない身分低い男と結婚して、一族の面汚しだ、みたいに。

その後、お姉さんが亡くなって、娘の末摘花が残りまして、自分のほうは、夫が昇進して、大宰大弐という地方官として最高の地位についたので、大出世ですよ。昔と立場が逆転したわけです。

これ幸いと、いままでいじめられた怨みをはらすべく、憎き姉の娘である末摘花をいじめまくるのですよ。

その、いじめの描写が、実にねちねち、しつこく、長く、生き生きしてます。

紫式部の文章はこういういじめとか、人のマイナス面を描くときにがぜん生き生きと躍動感にあふれます。

よくぞここまで人間の負の面を言葉に落とし込むなと、感心します。

結局は光源氏がたまたま通りかかって、「あ、そういえば昔そういう女がいたな。ずっと放置していて気の毒なことであった」といって、生活の援助をしてやり、新しいすまいも用意してあげて、末摘花は生活がラクになって、よかった!ハッピーエンドなんですが、それでいいのかと、ずーと待ってて、何もしないで、源氏の君が、来てくれる。

物語的にはそれでハッピーエンドだけど、現実にはこううまくいかないので、じーと待ってても誰も来ずに、最後には餓え死にするだけだろと心配になります。

ただ、この時代の貴族女性のリアルとしては、ひたすら待ち続ける、何もせず、ただ親から相続した屋敷を守って、いつか訪れる理想の殿方を待っている女性というのは、リアルな、そういうものだったのでしょう。

ああそうだ、そうだと当時の貴族女性の共感をさそったのかもしれません。

叔母によるしつようないじめについても、宮中で読まれた物語ですから、「ああ、わかる~あのネチネチしたお局さまにソックリだわ」などと、共感をもって受け入れられたのかもしれません。

澪標巻と、蓬生巻まで『源氏物語』の現代語訳がおわりました、という話でした。

本日も左大臣光永がお話しました。

ありがとうございます。ありがとうございました。

『源氏物語』原文・現代語訳・朗読

朗読・解説:左大臣光永