【須磨 11】須磨の侘び住まいの有様 源氏、京の人々に消息

原文

おはすべき所は、行平《ゆきひら》の中納言の、藻塩たれつつわびける家の近きわたりなりけり。海づらはやや入りて、あはれにすごげなる山中なり。垣のさまよりはじめてめづらかに見たまふ。茅屋《かやや》ども、葦《あし》ふける廊《らう》めく屋《や》など、をかしうしつらひなしたり。所につけたる御住まひ、やう変りて、かかるをりならずは、をかしうもありなましと、昔の御心のすさび思し出づ。近き所どころの御庄《みさう》の司《つかさ》召して、さるべき事どもなど、良清朝臣《よしきよのあそん》、親しき家司《けいし》にて、仰せ行ふもあはれなり。時の間に、いと見どころありてしなさせたまふ。水深う遣《や》りなし、植木どもなどして、今はと静まりたまふ心地|現《うつつ》ならず。国守《くにのかみ》も親しき殿人《とのびと》なれば、忍びて心寄せ仕うまつる。かかる旅所《たびどころ》ともなう、人騒がしけれども、はかばかしうものをものたまひあはすべき人しなければ、知らぬ国の心地して、いと埋《むも》れいたく、いかで年月を過ぐさましと思しやらる。

やうやう事静まりゆくに、長雨のころになりて、京のことも思しやらるるに、恋しき人多く、女君の思したりしさま、春宮の御こと、若君の何心もなく紛れたまひしなどをはじめ、ここかしこ思ひやりきこえたまふ。

京へ人出だしたてたまふ。二条院へ奉りたまふと、入道の宮のとは、書きもやりたまはず、くらされたまへり。宮には、

「松島のあまの苫屋もいかならむ須磨の浦人しほたるるころ。

いつとはべらぬ中にも、来《き》し方行く先かきくらし、汀《みぎは》まさりてなん」。

尚侍《ないしのかみ》の御もとに、例の中納言の君の私事《わたくしごと》のやうにて、中なるに、「つれづれと、過ぎにし方の思ひたまへ出でらるるにつけても、

こりずまの浦のみるめのゆかしきを塩焼くあまやいかが思はん」

さまざま書き尽くしたまふ言の葉、思ひやるべし。

大殿にも、宰相の乳母《めのと》にも、仕うまつるべきことなど書きつかはす。

現代語訳

源氏の君がお住まいになることになっている所は、行平の中納言が、「藻塩たれつつわび」た住まい近いあたりなのだった。

海辺からはやや奥まった所で、しみじみと寂しげな山中である。

垣根のようすからはじめて、万事珍しそうにご覧になる。茅づくりの小屋、葦葺きの廊めいた建物など、趣深く作ってある。

場所柄に応じた御すまいは、一風変わっていて、このような折でなければ、情緒深くも感じられるだろうと、昔の浮かれた御心をつい思い出される。

近くの所々の御荘園の管理人を召して、しかるべき用事など、良清朝臣が源氏の君に側近の家司となって、言いつけたり実行させたりしているのもしみじみ感慨深い。

短い間に、たいそう見映えするように作らせなさる。遣水を深く引き入れ、たくさんの木を植えたりなどして、今はこんなものかと落ち着きなさるそのお気持ちは夢のようである。

ここの国司も源氏の君にお仕えする人であったから、ひそかにお味方してお仕え申し上げる。

このような旅先にもかかわらず、人が多く騒がしいが、源氏の君に対してしっかりとしたお話相手になれるような人はいないので、外国にいる気持がして、ひどくご気分が晴れず、これから先どうやって年月を過ごしていこうかと思いやられる。

しだいに事が落ち着いてくると、長雨の頃になって、京のことも思いやられてくるにつけても、恋しい人が多く、姫君(紫の上)のしょげ返っていらしたご様子、東宮の御こと、若君(夕霧)が無心に人々の間で遊び紛れなさっていたのなどをはじめ、あちこちの方のことを思いやりなさる。

京へ使をお出しになる。二条院(紫の上)へ差し上げなさるのと、入道の宮(藤壺)のとは、書きつづけることもおできにならず、つい涙で目がくらんでいらっしゃる。宮(藤壺)には、

(源氏)「松島の…

松島のあまの苫屋…貴女様のおすまいは、いかがでしょうか。こちらでは須磨の浦人が涙を流しております頃ですが。

悲しさはいつと限ったことではございませんが、過去も未来も真っ暗に閉ざされて、涙がさらにあふれてまいります。

尚侍(朧月夜)の御もとに、いつものように中納言の君への私信のようにして文を送り、その中に、(源氏)「所在ないままに、過去が思い出されますにつけても、

こりずまの…

(懲りもせずに貴女に逢いたいと私は思っていますが、「塩焼くあま」たる貴女はどう思っていらっしゃいましょうか)

そのほか源氏の君がさまざまに書き尽くされたお言葉は、ご想像されよ。

左大臣邸にも、宰相の乳母にも、若君(夕霧)にお仕え申し上げる心得などを書き遣わしなさる。

語句

■行平中納言 阿保親王の子。業平の兄。 ■藻塩たれつつ 「田村(文徳天皇)の御時に、事に当りて津の国の須磨といふ所に籠り侍りけるに、宮の内に侍りける人につかはしける/わからばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答えよ」(古今・雑下 行平)。「藻塩たる」は塩を生成するために藻に海水をかけてその海水がぽたぽた垂れているのを、涙が落ちることにたとえる。「わぶ」はやりきれない思いがする。行平の居住地は不明だが、謡曲のストーリーにもとづく「松風村雨堂」が須磨市内にある。 ■海づら 「づら」は近く。ほとり。 ■かかる折ならでは 「罪なくして配所の月をみばやといへる心に似たり」(弄花抄)。 ■昔の御心 夕顔の宿(【夕顔巻】)や、常陸宮邸(【末摘花】)などに出かけた頃の浮かれた思い。 ■さるべき事ども 建物や庭の造営・改築の事。 ■良清朝臣 源氏の従者。播磨守の子。源氏に明石の君やその父入道の話をしたことがある(【若紫 03】)。 ■仰せ行ふ 「仰す」は言いつける。または「負ほす」で役割を負わせる。 ■あはれなり 都から遠く離れた須磨の地でいろいろな用事を言いつけりしているそれ自体が、遠い旅の空の下にあることを思わせ、しみじみした感慨をよぶものか。 ■国守 摂津守。 ■殿人 貴人の家に仕える者。 ■埋もれいたく 「埋もれ甚《いた》し」は、気分が晴れない。 ■過ぐさまし 「まし」はためらう気持。 ■長雨のころ 五月雨のころ。梅雨時。旧暦五月頃。 ■若君の何心もなく紛れたまひしを… 「若君の何心なく紛れ歩きて、これかれに馴れきこえたまふを、いみじとおぼいたり」(【須磨 02】)。 ■くらされたまへり 「くらす」は涙で目の前が暗くなること。または日が暮れるまでの時間をすごす。 ■松島の… 松島の「松」に「待つ」をかける。「あま」には「尼」と「海人」をかける。「苫屋」は苫葺屋根のある小屋。「松島のあまの苫屋」で藤壺のすまい。「須磨の浦人」は源氏。 ■汀まさりて 汀=涙。「君惜しむ涙落ちるそひこの川の汀まさりて流るべらなり」(古今六帖・四 貫之、貫之集「落ちそふ」)。 ■中納言の君 朧月夜つきの侍女。源氏と朧月夜の密会のなかだちをした。 ■こりずまの… 「懲りずま」の中に「須磨」をかける。「みるめ」は「海待松布(海藻)」と「見る目」をかける。「みるめゆかし」は逢いたい気持ち。「塩焼くあま」は朧月夜。「白波は立ち騒ぐともこりずまの浦のみるめは刈らむとぞ思ふ」(古今六帖三 清原深養父)。

朗読・解説:左大臣光永