【朝顔 06】源氏、式部卿宮邸で源典侍に出会う

原文

宮には、北面《きたおもて》の人繁き方なる御門《みかど》は、入りたまはむも軽々《かろがろ》しければ、西なるがことごとしきを、人入れさせたまひて、宮の御方に御消息あれば、今日しも渡りたまはじと思しけるを、おどろきて開けさせたまふ。御門守《みかどもり》寒げなるけはひうすすき出で来て、とみにもえ開けやらず。これより外《ほか》の男《をのこ》はたなきなるベし、ごほごほと引きて、「錠《じやう》のいといたく銹《さ》びにければ、開かず」と愁《うれ》ふるを、あはれと聞こしめす。「昨日今日と思すほどに、三年《みとせ》のあなたにもなりにける世かな。かかるを見つつ、かりそめの宿《やどり》をえ思ひ棄てず、木草の色にも心を移すよ」と、思し知らるる。口ずさびに、

いつのまによもぎがもととむすぼほれ雪ふる里と荒れし垣根ぞ

やや久しうひこじらひ開けて、入りたまふ。

宮の御方に、例の御物語聞こえたまふに、古事《ふること》どものそこはかとなきうちはじめ、聞こえ尽くしたまへど、御耳もおどろかず、ねぶたきに、宮もあくびうちしたまひて、「まどひをしはべれば、ものもえ聞こえやらず」と、のたまふほどもなく、いびきとか、聞き知らぬ音すれば、よろこびながら立ち出でたまはむとするに、またいと古めかしき咳《しはぶき》うちして、参りたる人あり。「かしこけれど、聞こしめしたらむと頼みきこえさするを、世にあるものとも数まへさせたまはぬになむ。院の上《うへ》は、祖母殿《おばおとど》と笑はせたまひし」など、名のり出づるにぞ思し出づる。

源典侍《げんのないしのすけ》といひし人は、尼になりて、この宮の御弟子にてなむ行ふと聞きしかど、今まであらむとも尋ね知りたまはざりつるを、あさましうなりぬ。「その世のことは、みな昔語《むかしがたり》になりゆくを、遙かに思ひ出づるも心細きに、うれしき御声かな。親なしに臥せる旅人とはぐくみたまへかし」とて、寄りゐたまへる御けはひに、いとど昔思ひ出でつつ、古《ふ》りがたくなまめかしきさまにもてなして、いたうすげみにたる口つき思ひやらるる声《こわ》づかひの、さすがに、舌つきにてうちざれむとはなほ思へり。「言ひこしほどに」など聞こえかかるまばゆさよ。今しも来たる老《おい》のやうになど、ほほ笑まれたまふものから、ひきかへ、これもあはれなり。「この盛りにいどみたまひし女御更衣、あるはひたすら亡くなりたまひ、あるはかひなくて、はかなき世にさすらへたまふもあべかめり。入道の宮などの御齢よ。あさましとのみ思さるる世に、年のほど身の残り少なげさに、心ばへなども、ものはかなく見えし人の、生きとまりて、のどやかに行ひをもうちして過ぐしけるは、なほすべて定めなき世なり」と思すに、ものあはれなる御気色を、心ときめきに思ひて、若やぐ。

年ふれどこのちぎりこそ忘られね親の親とかいひしひと言

と聞こゆれば、うとましくて、

「身をかへて後もまちみよこの世にて親を忘るるためしありやと

頼もしき契りぞや。いまのどかにぞ聞こえさすべき」とて立ちたまひぬ。

現代語訳

宮邸では、北面の人の出入りが多い御門からお入りになるのもご身分柄、軽々しかったので、西の立派な御門に、まずお供の人をお入れになって、宮(女五の宮)の御方にご挨拶なさると、宮は、まさか今日、源氏の君がおいでくださるとは思わなかったので、おどろいて御門を開けさせなさる。

門番は寒そうな様子で急いで出てきて、すぐに門を開けることもできない。他に男はいないのだろう、がたがたと門を引いて、「錠がひどく錆びてしまっていて、開かない」と嘆いているのを、源氏の君は気の毒とお聞きになる。

「昨日今日と思っている間に、もう三年も昔にもなってしまったな。そんな世の中であるよ。こうした世の無常を目の当たりに見つつ、仮の宿たる現世を思い棄てることもできず、木や草の色にも心を動かされてきたことよ」と、実感していらっしゃる。口ずさみに、

いつのまに…

(いつのまによもぎの根がからみあうような場所となり、雪がふる里となって荒れ果ててしまった昔なじみの家の垣根であろうか)

門番はだいぶ長い時間をかけて何度も門をひっぱって開けて、源氏の君は邸内にお入りになる。

宮(女五の宮)の御方で、いつものようにお話申し上げていらっしゃると、宮は、さまざな何ということもない古い事からはじめて、あらゆることをお語り尽くされるが、源氏の君は御耳もおどろかず、ねむたくなるが、宮もあくびをなさって、(女五の宮)「宵にはもう眠くなってしいますので、ものもうまく申し上げられません」と、おっしゃる間もなく、いびきとか、聞き知らぬ音がするので、源氏の君はこれ幸いと喜びながら立ち去ろうとなさると、また他にひどく古めかしい咳をして、参っている人がある。「畏れ多いことですが、お聞きになっていらっしゃるだろうと頼みに申し上げてございましたのを、この世にあるものの数にも入れていただけませんので…。故院の上は、おばばどのと私をお笑いになっておられました」など、名乗り出るので、源氏の君はやっとお思い出しになる。

源典侍といった人は、尼になって、この宮の御弟子となって御仏につかえていると聞いたが、今まで生きていようとは、尋ねてもみずご存知でもなかったので、源氏の君はおどろかれた。(源氏)「その当時のことは、みな昔語になってゆくのを、遥か遠くのことを思い出すにつけても心細いものですが、うれしい御声ですね。『親なしに臥せる旅人』として私をお可愛がりくださいよ」といって、源氏の君が物に寄りかかっていらっしゃるご様子に、尚侍は、たいそう昔を思い出し思い出しして、老人らしくはなりがたく、艶っぽい感じにしなをつくって、ひどくしわくちゃの口つきが思いやられる声づかいで、といってもやはり、何を言っているのかはっきりしないのに、まだ色めいたふるまいをしようと思っている。

(源典侍)「言ひこしほどに」などと声をかけてくるのは、まったく目も当てられない。「今急に年を取ったように…」などと、源氏の君は、自然と微笑がもれてこられるが、ひるがえって考えて見ると、この女も不憫である。

(源氏)「この人の女の盛りの頃に張り合っておられた女御更衣は、ある者はすっかりお亡くなりになり、ある者は心細い御身の上で、はかない世間に落ちぶれていらっしゃる者もあるようだ。入道の宮(藤壺)などの御短命であられたことよ。あまりにも酷いとお思いになる世にあって、年齢から言っても残り少なそうで、お心構えなども、そうご立派でもないと見えた人が、こうして生き残って、ゆっくり仏事の行いをもして過ごしているのは、やはりすべて不定の世の中であることよ」とお思いになって、しみじみと物思いにふけっていらっしゃるご様子をうかがって、源典侍は、心ときめく思いで、若やいでいる。

(源典侍)年ふれど…

(年が経ってもこのご縁は忘れられません。親の親とか私を呼んでくださった、あのひと言を)

と申し上げるので、源氏の君は気味が悪くなって、

(源氏)「身をかへて…

(生まれ変わって来世で待って見ていてください。この世で親を忘れるためしなんてあるものかと)

頼もしいご縁ですね。今にゆっくりお話し申し上げましょう」といって立ち去りなさった。

語句

■宮 故式部卿宮邸。 ■北面 北側の通用門。貴人の出入りには向かない。 ■西なる 西側の門。寝殿造では通常西側に正門がある。 ■今日しも渡りたまはじ まさかこの雪の中おいでになるとは思わなかった。 ■うすすき出で来て 「うすすく」は急いで走り来るさま。 ■三年のあなた 「みそとせ」とする本文も多い。何を基準に「三年」もしくは「三十年」なのか不審。諸説ある。 ■かりそめの宿 現世を仮の宿とする仏教思想。 ■木草の色 四季折々の木や草の色。 ■いつのまに… 「ふる」は「経る」と「古里」をかける。 ■ひこじらひ開けて 「引こづらふ」「引こじらふ」は、何度も強く引っぱる。 ■御耳もおどろかず 源氏は女五の宮のもとは早々に切り上げて朝顔の姫君を訪ねたい。 ■いびきとか、聞き知らぬ音 いびきとずばり言うのは下品なので婉曲に言った。 ■聞こしめしたらむと 自分がこの邸に同居していることを。 ■数まへさせたまはぬになむ 下に「恨めしく存じます」の意を省略。 ■院の上 故桐壺院。 ■祖母殿 「おば」は「おほば」の略。殿は婦人に対する敬称。桐壺院が源典侍を祖母殿と読んだ例は見えないが、源氏がそう読んでいる場面があった(【葵 20】)。 ■源典侍 源氏は若い頃、頭中将とともに戯れに関係を持ったことがある(【紅葉賀 14】【同 15】【同 16】)。当時、源典侍は五十六、七歳なので、現在、七十歳か七十一歳。 ■親なしに臥せる旅人 旅に病んで臥している孤児。源氏のこと。「しなてるや片岡山に飯《いひ》に飢ゑてふせる旅人あはれ親やし」(拾遺・哀傷 聖徳太子)。 ■昔思ひ出でつつ 源氏と逢った昔を。 ■すげみたる 「すげむ」は歯が抜けて口がすぼんでいること。 ■思ひやらるる 源氏と源典侍は御簾を隔てて話しているのでお互いに姿を想像する。 ■舌つき 舌が回らず、何を言ってるのか不明瞭であるようす。 ■言ひこしほどに 出典未詳。『源氏釈』は「身を憂しと言ひこしほどに今はまた人の上ともなげくべきかな」を引くが、歌意は「自分が歳を取ることを嘆いてるうちに、今はまたその老が人の上に来ていることを嘆くことになったものだ」で、意味が逆になる。本来「人の老いを嘆いているうちに自分も年取ってしまった」の意味であるのがふさわしい。 ■今しも来たる老のよやうに 「人ごとと思っていた老が、気づいてみると自分の身にもふりかかっていた」と源典侍が考えているかのような言動だと。気づくもなにも、見るからによぼよぼのばあさんなのにといった意。 ■この盛りに 典侍として勤めた桐壷院時代か。 ■入道の宮 藤壺。三十七歳で崩御(【薄雲 11】)。 ■思さるる世に 源氏の心語なので本来敬語が入るのはおかしいが、筆者の源氏に対する敬意が混入したもの。 ■心ときめきに思ひて 源氏のものあはれなるご様子を見て、源典侍が心をときめかせる。源氏のものはあはれなる様子を、源典侍に心ときめきせていると思って、と取る説も。 ■年ふれど 「この」の「こ」に「子」をかける。 ■身をかへて 「親の親と思はましかばとひてまし我が子の子にはあらぬなるべし」(拾遺・雑下)を引く。

朗読・解説:左大臣光永

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