【玉鬘 04】肥後の土豪大夫監、玉鬘に求婚 乳母ら玉鬘を連れて筑紫を逃れる

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原文

むすめどもも男子《をのこ》どもも、所につけたるよすがども出で来て、住みつきにたり。心の中《うち》にこそ急ぎ思へど、京のことはいや遠ざかるやうに隔たり行く。もの思し知るままに、世をいとうきものに思して、年三《ねさう》などしたまふ。二十《はたち》ばかりになりたまふままに、生《お》ひととのほりて、いとあたらしくめでたし。この住む所は、肥前国《ひぜんのくに》とぞいひける。そのわたりにもいささかよしある人は、まづこの少弐の孫《むまご》のありさまを聞き伝へて、なほ絶えず訪れ来るも、いといみじう、耳かしがましきまでなむ。

大夫監《たいふのげん》とて、肥後国《ひごのくに》に族《ぞう》ひろくて、かしこにつけてはおぼえあり、勢《いきほ》いかめしき兵《つはもの》ありけり。むくつけき心の中《うち》に、いささか好きたる心まじりて、容貌《かたち》ある女を集めて見むと思ひける。この姫君を聞きつけて、「いみじきかたはありとも、我は見隠して持《も》たらむ」と、いとねむごろに言ひかかるを、いとむくつけく思ひて、「いかで。かかることを聞かで、尼になりなむとす」と言はせたりければ、いよいよ危《あやふ》がりて、おしてこの国に越《こ》え来《き》ぬ。

この男子《をのこ》どもを呼びとりて語らふことは、「思ふさまになりなば、同じ心に勢をかはすべきこと」など語らふに、二人《ふたり》はおもむきにけり。「しばしこそ似げなくあはれと思ひきこえけれ、おのおのわが身のよるべと頼まむに、いと頼もしき人なり。これにあしくせられては、この近き世界にはめぐらひなむや。よき人の御筋といふとも、親に数まへられたてまつらず、世に知られでは何のかひかはあらむ。この人のかくねむごろに思ひきこえたまへるこそ、今は御|幸《さいは》ひなれ。きるべきにてこそは、かかる世界にもおはしけめ。逃げ隠れたまふとも、何のたけきことかはあらむ。負けじ魂《だましひ》に、怒りなば、せぬ事どももしてん」と言ひおどせば、いといみじと聞きて、中の兄《このかみ》なる豊後介《ぶごのすけ》なむ、「なほいとたいだいしくあたらしきことなり。故少弐ののたまひしこともあり。とかく構へて京に上げたてまつりてん」と言ふ。

むすめどもも泣きまどひて、「母君のかひなくてさすらヘたまひて、行《ゆ》く方《へ》をだに知らぬかはりに、人|並《なみ》々にて見たてまつらむ、とこそ思ふに、さるものの中にまじりたまひなむこと」と思ひ嘆くをも知らで、我はいとおぼえ高き身と思ひて、文など書きておこす。手などきたなげなう書きて、唐《から》の色紙《しきし》かうばしき香《かう》に入れしめつつ、をかしく書きたりと思ひたる、言葉ぞいとたみたりける。

みづからも、この家の二郎を語らひとりて、うち連れて来たり。三十《みそぢ》ばかりなる男《ほのこ》の、丈《たけ》高くものものしくふとりて、きたなげなけれど、思ひなしうとましく、荒らかなるふるまひなど、見るもゆゆしくおぼゆ。色あひ心地よげに、声いたう枯れてさへづりゐたり。懸想人《けさうびと》は夜に隠れたるをこそ、よばひとは言ひけれ、さま変へたる春の夕暮なり。秋ならねども、あやしかりけりと見ゆ。心を破らじとて、祖母《おば》おとど出であふ。「故少弐のいと情《なさけ》び、きらきらしくものしたまひしを、いかでかあひ語らひ申さむ、と思ひたまへしかども、さる心ざしをも見せきこえずはべりしほどに、いと悲しくて、隠れたまひにしを。そのかはりに、一向《いかう》に仕うまつるべくなむ、心ざしを励まして、今日は、いとひたぶるに、強《し》ひてさぶらひつる。このおはしますらむ女君、筋ことに承《うけたまは》れば、いとかたじけなし。ただなにがしらが、私《わたくし》の君と思ひ申して、頂になむ捧げたてまつるべき。おとどもしぶしぶにおはしげなることは、よからぬ女どもあまたあひ知りてはべるを、聞こしめしうとむななり。さりとも、すやつばらを、等《ひと》しなみにはしはべりなむや。わが君をば、后《きさき》の位におとしたてまつらじものをや」など、いとよげに言ひつづく。「いかがは。かくのたまふを、いと幸ひありと思ひたまふるを、宿世《すくせ》つたなき人にやはべらむ、思ひ憚ることはべりて、いかでか人に御覧ぜられむと、人知れず嘆きはべるめれば、心苦しう見たまへわづらひぬる」と言ふ。「さらにな思し憚りそ。天下《てんが》に目つぶれ、足折れたまへりとも、なにがしは仕うまつりやめてむ。国の中《うち》の仏神《ほとけがみ》は、おのれになむなびきたまヘる」など誇りゐたり。その日ばかりと言ふに、「この月は季《き》のはてなり」など、田舎びたることを言ひのがる。

下《お》りて行く際《きは》に、歌詠ままほしかりければ、やや久しう思ひめぐらして、

「君にもしこころたがはば松浦《まつら》なるかがみの神をかけて誓はむ

この和歌は、仕うまつりたりとなむ思ひたまふる」と、うち笑《ゑ》みたるも、世づかずうひうひしや。我にもあらねば、返しすべくも思はねど、むすめどもに詠ますれど、「まろは、ましてものもおぼえず」とてゐたれば、いと久しきに思ひわづらひて、うち思ひけるままに、

年を経ていのる心のたがひなばかがみの神をつらしとや見む

とわななかし出でたるを、「まてや、こはいかに仰せらるる」と、ゆくりかに寄り来たるけはひに、おびえて、おとど色もなくなりぬ。むすめたち、さは言へど、心強く笑ひて、「この人のさま異《こと》にものしたまふを。ひき違《たが》へはべらば、思はれむを、なほほけほけしき人の、神かけて聞こえひがめたまふなめりや」と解き聞かす。「おい、然《さ》り、然《さ》り」とうなづきて、「をかしき御口つきかな。なにがしら田舎びたりといふ名こそはべれ、口惜《くちを》しき民にははべらず。都の人とても何ばかりかあらむ。みな知りてはべり。な思し侮《あなづ》りそ」とて、また詠まむと思へれども、たヘずやありけむ、往《い》ぬめり。

二郎が語らひとられたるも、いと恐ろしく心憂くて、この豊後介《ぶんごのすけ》をせむれば、「いかがは仕うまつるべからむ。語らひあはすべき人もなし。まれまれの兄弟《はらから》は、この監に《げん》同じ心ならずとて、仲|違《たが》ひにたり。この監にあたまれては、いささかの身じろきせむも、ところせくなむあるべき。なかなかなる目をや見む」と思ひわづらひにたれど、姫君の人知れず思いたるさまのいと心苦しくて、生きたらじ、と思ひ沈みたまへる、ことわりとおぼゆれば、いみじきことを思ひ構へて出で立つ。妹たちも、年ごろ経《へ》ぬるよるべを棄《す》てて、この御供に出で立つ。あてきといひしは、今は兵部《ひやうぶ》の君といふぞ、添ひて夜逃げ出でて舟に乗りける。大夫監は、肥後に帰り行《い》きて、四月|二十日《はつか》のほどに日取りて来むとするほどに、かくて逃ぐるなりけり。

現代語訳

乳母の娘たちも息子たちも、この地に相応の結婚相手があらわれて、この地に住み着いていた。乳母は、心の中でこそ急がねばと思っていたが、京のことはますます遠ざかるように隔たっていく。姫君(玉鬘)は、ものの分別がつくにつれて、世をひどく憂鬱なものにお思いになって、年三《ねそう》などなさる。

二十歳ばかりにおなりになると、美しく成長して、まことにこのままでは勿体ないほどに素晴らしい。この住んでいる所は、肥前国ということだった。そのあたりに多少でも気のきいた人は、まずこの少弐の孫のようすを聞き伝えて、今でもやはり絶えず手紙を送ってくるのだが、それもひどい騒ぎで、耳にうるさいまでである。

大夫監といって、肥後国に一族が多くいて、その土地では名の知れた、権勢さかんな武士がいた。恐ろしい気性の中にも、少し好き心がまじっていて、顔立ちのいい女を集めて世話をしようと思っていた。この姫君のことを聞きつけて、(大夫監)「ひどい不具があっても、私はそれを我慢して、いつまでも大切にしよう」と、たいそう熱心に言ってくるのを、乳母たちはまことに気味悪く思って、「どうしてそんな。こうした話は受け入れないで、尼になってしまおうと思っています」と使いの者に返事をさせたので、監はますます不安になって、強引にこの国に越えて来た。

監が、この乳母の息子たちを呼びよせて相談することに、(監)「私の思い通りになったら、心わあわせてお互いに力になりあうことになろう」などと語らうので、三人のうち二人は監の味方についてしまった。「最初しばらくの間こそ不釣り合いでお気の毒と存じ上げましたが、おのおのがわが身のよるべと頼むのに、とても頼もしい人です。この人に悪くされては、ここら界隈で生きていけましょうか。高貴な人の御血筋といっても、親にも認めていただけず、世間にも知られないでは何のかいがありましょう。この人がこうして熱心に求婚してくださることこそ、今は姫君にとっての幸いなのです。

そのような前世からの宿縁で、こんな田舎にもいらたしたのでしょう。逃げ隠れなさっても、何の利益がありましょう。あの監が、負けん気を起こして怒ったら、とんでもないこともしでかすでしょうよ」と言っておどすので、まったく酷いことになったと思って聞いたが、三人の長兄である豊後介は、「そうはいってもやはり、それはあってはならぬことで、勿体ないことである。故少弐がご遺言なさったこともある。なんとか工夫して姫君を京へお連れ申し上げよう」と言う。

乳母の娘たちも泣きうろたえて、「母君(夕顔)が情けないことにどこかに行ってしまわれて、行方さえわからないかわりに、姫君を立派にお育て申し上げよう、と思っているのに、あんな者たちとご交際なさるとは」と思って嘆いているのも知らずに、監は、自分はたいそうおぼえ高い身と思って、手紙などを書いてよこす。筆跡などはそうぶざまでもなく書いて、唐の色紙を匂いのよい香でじゅうぶんに焚き染めて、見事に書いたものだと自分では思っているが、その言葉はひどくなまっているのである。

監自身も、この家の二郎を語らって味方につけて、いっしょにやって来たのである。三十ばかりの男で、背は高く大げさに太っており、汚らしくはないが、無骨な田舎者という先入観があるので不快に思われ、荒っぽい挙動などは、見るのも忌まわしく思われる。

顔の色つやは健康そうで、声はたいそうしわがれてわけのわからないことをまくし立てている。懸想する人は夜に隠れているから「夜這い」と言ったものだが、これは風変わりな春の夕暮れである。秋ではなくても「あやしかりけり」と見える。

監の機嫌を損ねまいとして、祖母殿《おばばどの》(乳母)が出て、応対する。(監)「故少弐はたいそう情け深く、ご立派であられましたので、どうにかしてお付き合い申そうと思っておりましたが、そうした気持をお見せ申さずおりましたうちに、ひどく悲しいことに、お亡くなられたことで。その少弐殿のかわりに、ひたすら心をこめてお世話させていただくべく、気持を励まして、今日はひたすら一途に、強いておうかがいいたしました。ここにいらっしゃるという女君ですが、お血筋が格別とおうかがいいたしますにつけ、ひどく畏れ多いです。女君のことは、ひたすら私めの私的な主君とお思い申して、頭上にいただくようにいたしましょう。祖母殿もしぶっておられますようなのは、私がつまらない女たちを多く世話してございますのをお聞きになって、嫌がっておいでなのでしょうな。それはそのとおりですが、あやつらを、女君と同等に扱うものですか。わが君を、后の位にも劣らぬようお扱い申し上げるつもりですから」などと、実に調子よく言いつづける。

(乳母)「どうしてどうして。貴方がそうおっしゃるのを、とても幸いなことだとは存じますが、前世からの宿縁がつたない人なのでございましょうか、心配することがございまして、どうして人と結婚することができるだろうかと、人知れず嘆いているようでございますので、心苦しく、世話するにも困っているのでございます」言う。(監)「少しもそんな遠慮はなさいますな。まことに目がつぶれ、足が折れていらっしゃろうとも、拙者がお世話して治して進ぜよう。国内の仏神は、みな私に従っていらっしゃる」などと自慢している。さっそく何日ごろにと言うので、「今月は季のはてなので」など、田舎じみたことを言ってその場を逃れる。

監は、帰りぎわに歌を詠みたかったので、少し長い間思いめぐらして、

(監)君にもし…

(貴女にもし私が心違いをしたなら…、松浦にいらっしゃる鏡の神にかけて誓いましょう)

この和歌は、大した出来と思いますぞ」と、笑っているのも、こういうことに慣れておらず、初々しいことである。乳母は、生きている心地もしないので、返歌ができるようにも思わないけれど、むすめたちに詠ませてみても、「なおさら私は、何が何やら」と言って座っているので、たいそう時もたつし乳母は困ってしまい、思いつくにまかせて、

(乳母)年を経て…

(長年にわたって祈ってきた願いがかなわないなら、鏡の神をお恨み申しあげるでしょう)

と震えながら口に出したのを、(監)「またれい。これは何と仰せられたか」と、不意に寄ってくる気配に、おびえて、乳母は顔色を失った。

娘たちは、ああは言ったものの、気を強く持って笑って、(娘)「この人(玉鬘)のようすが普通と違ったところがございますから。お言葉に背きましたらきっと後悔の念にさいなまれることになりましょうに。やはりもうろくした人が、神さまを引き合いに出して、言い間違いをなさったようですよ」と説明して聞かせる。

(監)「おお、そうか、そうか」とうなづいて、(監)「面白いお言い回しであるな。拙者、田舎じみているという評判こそございますが、取るに足らぬ百姓ではございませんぞ。都の人だからといってどれほどのものですか。なんでも知ってございます。侮ってはなりませんぞ」といって、もう一首詠もうと思ったが、できなかったのだろうか、そのまま立ち去ったようである。

乳母は、次郎が監の味方についてしまったことも、ひどく恐ろしく情けなくて、そのことについて、この豊後介(長男)をせめるので、(豊後介)「どう取り計らうのがよいのだろう。ほかに相談できる人もなし。少ない兄弟は、この監に同意しないといって、仲違いしてしまった。この監に敵対されては、すこし身じろぎしようにも、窮屈なことになろう。かえってひどい目にあうかもしれない」と思い悩んでいたが、姫君(玉鬘)が人知れず物思いに沈んでいらっしゃるようすがひどく気の毒で、監の妻になるくらいなら生きていたくない、と意気消沈していらっしゃるのも、当然だと思われるので、とんでもないことを計画して、出発する。妹たちも、長年共にすごしてきた身内を捨てて、この姫君の御供についていく。あてきといった次女は、今は兵部の君というのだが、それが一緒に夜に逃げ出して、舟に乗ったのだ。

大夫監は、肥後に帰っていって、四月二十日ごろに日を選んで迎えに来ようとするので、その間に、こうして逃げるのであった。

語句

■娘どもも男子どもも 乳母には女子がニ人、男子が三人いる。 ■所につけたる 筑紫という場所なりの配偶者。 ■住みつきにけり 「住む」は妻の家に住む。結婚する。 ■年三 正月・五月・九月の前半の十五日間、精進して極楽往生を祈ること。この時期は帝釈天が衆生の善悪を観察するといわれていた。そのためよい行いをアピールするのである。 ■肥前国 佐賀・長崎県。乳母は少弐の死後、肥前に移住したのだろう。 ■いささかよしある人 地方の権勢家のこと。 ■大夫監 監は大宰府の判官。大監・少監各ニ名。 ■かしこ 九州一円。 ■兵士 武士。勇者。 ■いかで 下に「承らりはべらん」を補う。 ■かかること 縁談。 ■いよいよ危がりて 監は玉鬘が本当に尼になってしまうと心配する。 ■さるべきこと 玉鬘は大夫監の妻になるべく前世から定められていたというのである。 ■かかる世界 筑紫の田舎。「世界」は京に対する地方。 ■たけきこと なしうる最善。何もできないと言って射る。■せぬ事 ふだんしないこと。暴力。 ■中の兄 三人の中の長兄。 ■豊後介 豊後国の国司の次官。 ■たいだいしく 「怠々《たいだい》し」は、怠慢であるまじきこと。 ■あらたしき 「あらたし」は勿体ない。玉鬘は大夫監のような田舎者と結婚させるには勿体ないというのである。 ■故少弐ののたまひしこと 故少弐の遺言(【玉鬘 03】)。 ■娘ども 故大夫の二人の娘。 ■人並々に 貴族の娘としてふさわしく立派に。 ■さるもの 大夫監のような田舎者。 ■唐の色紙 当時貴重であったが筑紫の中国貿易で手に入れやすかったか。監はせいいっぱい都風にふるまおうとする。 ■たみたりける 「訛《た》む」は言葉に訛りがある。参考「あづまにて養はれたる人の子は舌たみてこそものは言ひけれ」(拾遺・物名したたみ 読人しらず)。 ■思ひなし 無骨な田舎者という先入観。 ■さへづりゐたり 「さへづる」は身分卑しき者や田舎者がわけのわからない言葉をまくしたてるさま。「そこはかとなくさへづるも…」(【須磨 21】)。 ■懸想人は 以下「あやしかりけりと見ゆ」まで草子文。参考「夜は安きいも寝ず、闇の夜にいでても、穴をくじり、垣間見、惑ひあえり。さる時よりなむ、「よばひ」とはいひける」(竹取物語)。 ■春の夕暮れ 懸想人は夜に隠れるべきところ春の夕暮れに訪ねてきたこと、元来人恋しさは秋に抱くものなのに春の夕暮れに人恋しく思っていることが「さま変へたる(風変わりだ)」というのである。 ■あやしかりけり 「いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べはあやしかりけり」(古今・恋一 読人しらず)。引歌の「あやし」は格別に風情があるといつた意味だが、本文では「奇想天外だ、ありえない」といった意味で使っている。 ■叔母おとど 乳母のこと。対外的には祖母と名乗っているから。 ■きらきらしく 「きらきらし」は立派であること。 ■そのかはりに 少弐とお付き合いできなかったかわりに女君(玉鬘)を世話しようというのである。 ■筋ことに 監は少弐の息子たちから玉鬘の血筋についてきいたのだろう。 ■なにがしら 謙遜した自称。 ■私の君 公的な主君に対して個人的な主君。 ■おとど 乳母に対する敬称。「おとど」は男女関係なく用いる。 ■よからぬ女ども 監の愛妾たち。 ■ななり 「なるなり」の音便形無表記。 ■すやつばら 「すやつ」は「そやつ(其奴)」の転。田舎者らしい乱暴な言葉。 ■いかがは 下に「しぶしぶに思はむ」を補って読む。 ■思ひ憚ること 玉鬘がかたわであること。 ■御覧ぜられむ 人の妻になること。 ■天下に 監の言葉は大げさで時代がかっている。 ■目つぶれ、足折れたまへりとも 無神経な物言いである。 ■やめてむ 私が姫君の不具を治してやろうの意。 ■仏神 肥後国内の仏神。 ■その日ばかり 何日に結婚しようと具体的な日取りまで指定してきたのである。 ■季のはて 四季の終わりに結婚を避ける風習があったか。 ■下りて行く 屋敷から下がること。 ■歌詠ままほし 監は都人らしく歌を詠みたく思うがすらすらと出てこない。 ■君にもし… 「たがはば」の次に「命を取られてもかまいません」といった意を省略したらしいが接続がまずくぎこちない。「松浦」は佐賀県と長崎県にまたがる玄界灘に面した地域。「かがみの神」は佐賀県唐津市鏡にある鏡神社の祭神。 ■和歌 歌と言わず和歌というのが田舎めいている。 ■世づかず 「世」は男女の仲。 ■我にもあらねば 自分が自分でないような心地。気が動転している。 ■いと久しきに 歌を詠まれたら早めに返歌をするのが礼儀。 ■年を経て… 姫君を都にお連れしたいと思っていたのに、監のような田舎者の妻にされるなんて心外なこと、の意をこめる。 ■ゆくりかに 「ゆくりか」は思いがけないさま。にわかなさま。 ■さは言へど 「さ」は「まろは、ましてものもおぼえず」をさす。 ■笑ひて 監をなだめようと必死に笑顔を作っている。 ■この人のさま異に 玉鬘の不具について言う。 ■ひき違へ 監との縁談がだめになりでもしたら。乳母の歌の「年を経て祈る」の内容を、「監との結婚」と故意に取り違えて監の機嫌を取ろうとしている。 ■はべらば 底本「いつらは」より改め。 ■ほけほけしき人 もうろくした人。乳母のこと。 ■神かけて 「かがみの神を…」と乳母が詠んだこと。 ■おい、然り、然り 「おい」は納得した時の言葉。「さり」は「しかり」。そうだなの意。 ■みな知りてはべり 歌の詠み方を知っている。 ■いかがは… 以下「なかなかなる目をや見」まで豊後介(長男)の独白。 ■あたまれては 「あたむ」は敵視する。 ■なかなかなる 玉鬘のために行動すれば、かえって。 ■生きたらじ 監と結婚するくらいなら。 ■いみじきこと 玉鬘をつれて夜逃げ・上京すること。 ■妹たち 実際に夜逃げに付き添ったのは妹の兵部の君のみ。姉については家から松浦港まで見送ったことを言うか。 ■あてきといひし 「あてき」は女童としての名。これ以前に兵部の君が「あてき」と呼ばれている箇所はない。 ■兵部の君 兄豊後介の旧官職名「兵藤太(兵部省勤務の藤原氏の長男)」による(【玉鬘 07】)。 ■日取りて 季の果を避けた日取り。

朗読・解説:左大臣光永

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