【若菜上 07】太政大臣、兵部卿宮、藤大納言、夕霧、それぞれの思い 東宮、女三の宮の源氏への降嫁に賛成する

太政大臣《おほきおとど》も、「この衛門督《ゑもんのかみ》の、今まで独りのみありて、皇女《みこ》たちならずは得じ、と思へるを、かかる御定めども出で来たなるをりに、さやうにもおもむけたてまつりて、召し寄せられたらん時、いかばかりわがためにも面目《めんぼく》ありてうれしからむ」と思しのたまひて、尚侍《ないしのかむ》の君には、かの姉北の方して、伝へ申したまふなりけり。よろづ限りなき言の葉を尽くして奏せさせ、御気色賜らせたまふ。

兵部卿宮は、左大将の北の方を聞こえはづしたまひて、聞きたまふらんところもあり、かたほならむことは、と選《え》り過ぐしたまふに、いかがは御心の動かざらむ、限りなく思し焦《い》られたり。

藤《とう》大納言は、年ごろ院の別当《べたう》にて、親しく仕うまつりてさぶらひ馴《な》れにたるを、御|山籠《やまごも》りしたまひなむ後、拠《よ》りどころなく心細かるべきに、この宮の御後見に事寄せて、かへりみさせたまふべく、御気色|切《せち》に賜りたまふなるべし。

権中納言も、かかることどもを聞きたまふに、人づてにもあらず、さばかりおもむけさせたまへりし御気色を見たてまつりてしかば、おのづから、便りにつけて、漏《も》らし聞こしめさすることもあらば、よももて離れてはあらじかしと心ときめきもしつべけれど、女君の、今はとうちとけて頼みたまへるを、「年ごろつらきにもことつけつべかりしほどだに、外《ほか》ざまの心もなくて過ぐしてしを、あやにくに、今さらに、たち返り、にはかにものをや思はせきこえむ。なのめならず、やむごとなき方にかかづらひなば、何ごとも思ふままならで、左右《ひだりみぎ》に安からずは、わが身も苦しくこそはあらめ」など、もとよりすきずきしからぬ心なれば、思ひしづめつつうち出でねど、さすがに外《ほか》ざまに定まりはてたまはむも、いかにぞやおぼえて、耳はとまりけり。

春宮《とうぐう》にも、かかる事ども聞こしめして、「さし当たりたるただ今のことよりも、後《のち》の世の例《ためし》ともなるべきことなるを、よく思しめしめぐらすべきことなり。人柄《ひとがら》よろしとても、ただ人は限りあるを、なほ、しか思し立つことならば、かの六条院にこそ、親ざまに譲《ゆづ》りきこえさせたまはめ」となん、わざとの御|消息《せうそこ》とはあらねど、御気色ありけるを、待ち聞かせたまひても、「げにさることなり。いとよく思しのたまはせたり」と、いよいよ御心だたせたまひて、まづかの弁してぞかつがつ案内《あない》伝へきこえさせたまひける。

現代語訳

太政大臣も、「この衛門督(柏木)が、今までずっと独り身であって、皇女でなければ妻にしない、と思っているのを、こうした婿選びの詮議がいろいろ出ているという折に、そのようなこちらからお願い申し上げて、婿として迎えられる時は、どれほど私のためにも面目が立ってうれしいことだろう」とお思いになってまたそうおっしゃって、尚侍の君(朧月夜)には、その人の姉であるご自分の北の方(四の君)を介して、お伝え申されたということであった。万事、限りないことばを尽くして奏上させて、院のご内意をおうかがいになる。

兵部卿宮は、左大将(髭黒)の北の方(玉鬘)を御手に入れそこなわれて、その御方(玉鬘)がお聞きになるだろうということもあり、半端な妻を迎えてはと、選り好みをしていらっしゃるので、この女宮の件では、どうして御心が動かないことがあろう、どこまでも御気持ちをかきたてられていらっしゃる。

藤大納言は、長年院の別当として、親しくお仕え申し上げてきたので、院がいよいよ御山籠りなさって後は、頼れる方がいなくて心細いだろうとて、この宮(女三の宮)の御後見役を買って出ることを口実として、これからもご愛顧こうむるべく、院のご内意をしきりにうかがっていらっしゃるらしい。

権中納言(夕霧)も、こうした様々な話をお聞きになるにつけ、(夕霧)「人づけではなく、院が直接そのようにほめのかされた御面持ちを拝見したのだから、自然と何かの機会に、こっちの意向をほのめかして、院のお耳に入るようにすれまいば、まさか婿選びの候補からはずされることはあるまい」と、ご期待なさってもいるにちがいないが、女君(雲居雁)が、今はようやく一安心と権中納言(夕霧)を頼みにしていらっしゃるのを御覧になるにつけ、(夕霧)「太政大臣が、長年私に対して冷淡に当ってきたそのことを口実にして浮気しようと思えばできた時でさえ、私は他の女性になびく気もなく過ごしてきたのに、理不尽にも、今さら昔に立ち返って、にわかに女君(雲居雁)を心配させ申し上げてよいものか。並々でなく高貴な方に関わっては、何ごとも思うままにならず、どちらの女君に対しても気をつかって、わが身としても苦しいことになるだろう」など、もともと浮気なご性分でもないのでお気持ちを鎮めて表に出さぬようにしているが、そうはいってもやはり、この女宮(女三の宮)が、他の方とご結婚することが最終的に決まってしまわれるのも、それはどうだろうかと思って、耳はひきつけられているのだった。

東宮も、こうした数々の事をお聞きになられて、「さし当たっての今すぐのことよりも、後の世の先例となるべき事ですから、よく思いめぐらすべきことです。人柄がまあまあだとしても、臣下の身分では限界があるので、やはり、そのように思い立たれたことであれば、あの六条院にこそ、親がわりにお任せ申し上げなさってください」と、わざわざのご連絡ではないが、ご内意のお伝えがあったのを、院(朱雀院)は待ちかねたとばかりそれをお聞きになられて、(朱雀院)「本当にその通りぬ゛。まことによくお考えになり仰せになられたこと」と、いよいよ乗り気になられて、、まず例の弁に命じて、とりあえず六条院へ、案内を申し上げなさる。

語句

■太政大臣 柏木の父。 ■今まで独りのみありて 前にも「高き心ざし深くて、やもめにて過ぐしつつ」(【若菜上 06】)とあった。 ■かかる御定めども 婿選びの詮議。 ■来たなる 「来たるなる」の音便無表記。「なる」は伝聞。 ■さやうにも 柏木を女三の宮の婿として迎えてもらうように。 ■召し寄せたらむ 柏木が婿として迎えられること。 ■尚侍の君 朧月夜。朱雀院の後宮にいる。元右大臣家の六の君。 ■姉北の方 朧月夜の姉。太政大臣の北の方。元右大臣家の四の君。柏木の母。 ■北の方 螢兵部卿宮は玉鬘を手に入れそこなった。「宮などは、まいていみじう口惜しと思す」(【真木柱 03】)。 ■かたほならむことは 下に、玉鬘に馬鹿にされるだろうの意を補って読む。 ■いかがは御心の動かざらむ 女三の宮の婿選びをしていると聞いて。 ■藤大納言 前に院の話の中に「大納言の朝臣」と言及された人。別当大納言(【若菜上 06】)。 ■院の別当 院の庁の長官。 ■御山籠り 朱雀院が出家隠遁すること。 ■さばかりおもむけさせたまへりし 朱雀院が夕霧に直接女三の宮のことをほのめかしたこと(【若菜上 03】)。 ■今はうちとけて 長年引き離されていたが、今は父太政大臣にも認められ晴れて夫婦となったこと。 ■頼みたまへるを 下に「見給ふに」などを補って読む。 ■つらき 太政大臣が夕霧と雲居雁の関係を認めなかったこと。 ■外ざまの心もなくて 夕霧は惟光の娘と関係を持ったが身分の低い女性なので計算外。 ■左右に安からず 雲居雁と女三の宮の両方に気を遣って、心が休まらないこと。 ■もとよりすきずきしからぬ 前も乳母が夕霧を評して「もとよりいとまめ人」(【若菜上 04】)と。 ■いかにぞや 女三の宮が他の男性と結婚するのは、やはり気になる。 ■東宮 朱雀院の皇子。冷泉帝の次に位につく予定。十三歳。 ■さし当たりたるただ今のこと 当人同士が結婚に乗り気かどうかということ。 ■後の世の例 皇族としての面子の問題をいう。 ■しか 女三の宮に婿を迎えようと。 ■六条院にこそ 「こそ…め」は勧誘。 ■わざとの御消息とはあらねど 特にこのためだけに消息したのではなく、事のついでという体裁で話を切り出したのである。 ■待ち聞かせたまひても 待っていましたというふうに聞く。「も」は強意。

朗読・解説:左大臣光永